※本ページ内の情報は2024年10月時点のものです。

欧米諸国と比べて、経口避妊薬(ピル)の普及率が低いと言われている日本。そのような中、医師の診察によるオンライン・ピル処方サービス「smaluna(スマルナ)」を提供しているのが、株式会社ネクイノだ。

当サービスを始めたきっかけや、ピルの服用に対する考え方、今後のビジョンなどについて、代表取締役の石井健一氏にうかがった。

婦人科領域へのアクセシビリティの改善や新しい受療体験の構築を目指し、オンライン・ピル処方サービスを開始

ーーオンライン・ピル処方サービス「smaluna」のサービス内容を教えてください。

石井健一:
1つ目は、医師によるオンライン診察や医療相談、ピルの処方です。

2つ目は、ピルの服用前後や服用中の相談をはじめ生理、避妊に関する疑問や悩みを、助産師や薬剤師に無料で相談できるサービスを提供しています。

また、医学的に正しい情報を伝えるだけではカバーできない、“感情”の部分を共有しあえる場所として、ユーザー同士で身体や性の悩みなどを気軽に相談することができるオンラインコミュニティもローンチしました。

ーーなぜピル処方に特化したオンライン診療サービスを始めたのですか。

石井健一:
日本では健康保険証を持って病院に行けば、ほとんどの健康問題が解決できます。そのため、一般的な疾患に対して、すでに医療機関に通院できている患者さんを無理にオンラインに切り替える必要はありません。オンライン診察は、通院が難しい方や何らかの理由があって対面での診察が負担となっている方にこそ有効であり、既存の医療機関との補完的な役割を果たすことが重要です。

そこで、オンライン診療サービスとの親和性が高く、今後も需要が期待されるピル処方に着目しました。当時(2010年代)はヨーロッパにおけるピルの普及率が対象人口の20〜30%であるのに対し、日本はわずか3%程度でした。

この差の主な要因は、日本はピルの承認が遅かったこと(アメリカでは1960年に承認)や、文化的背景の影響、また、諸外国では薬局などでピルを入手できる国もあるが、日本ではピルは医療用医薬品に該当し処方薬として扱われるため、婦人科へのアクセスの課題もある。こうした背景から、女性の健康課題の解決に向けて、より多くの方が適切に医療へアクセスできる環境を提供したいと考え、この事業をスタートしました。

医療現場の課題解消のため、オンライン診療サービス事業をスタート

ーー起業を考え始めたのはいつ頃からですか。

石井健一:
中学生の頃から起業に興味があったのですが、当時は中高生が会社経営をするという選択肢がありませんでした。その後、薬学部に進学したのですが、卒業後のキャリアは薬剤師になるか、研究職に進むか、製薬会社への就職くらいに絞られていました。

そこで、人とコミュニケーションをとるのが得意だったこともあり、製薬会社の営業職に就きました。実際に医療業界に足を踏み入れてみると、日本の医療体制の充実ぶりに驚きました。

しかし、メディアでは「日本の医療技術は遅れている」というネガティブな面ばかりが取り上げられていました。そこから漠然と世間一般のイメージと医療現場とのギャップを埋める仕事をしたいと考えるようになりました。

ーーそこから起業までの経緯を教えてください。

石井健一:
医療現場の課題を改善するため、テクノロジーを活用したサービスを提供したいと考えたのが始まりです。大学院の研究テーマとして、「なぜ日本の医師は忙しいのか」について調べることにしたのですよ。

そこで知り合いの医師に15時間密着し、4台のストップウォッチを使って1日の業務内容と、それぞれの業務の所要時間を記録しました。その結果、専門性が問われる業務はわずか17%で、残りの83%は専門医や医師でなくてもできる内容でした。

その中で特に大きなウエイトを占めていたのが、患者さんとのやりとりにかかる時間です。その原因について考えたところ、患者自身が医療について学ぶ機会が限られていることが課題だという結論に至りました。

たとえば金融の場合、ファイナンシャルプランナーに自分が保有している商品のリスクなどを相談できます。そのため月に1回会っていれば、1年である程度の金融知識が身に付きますよね。ところが医療の場合、医師が患者さんに「お変わりありませんか」「お薬を出しておきますね」と一方的に伝えるといったコミュニケーションが主となりがちですよね。

それゆえ患者さん側に知識が一向に蓄積されないということが起こり、医師の専門知識が不要な場面でも、医師のリソースを使わざるを得ない状況などから、本来の治療などに注力しづらくなってしまうという課題が生じています。そこで、患者自身が自分の健康状態を知ることができるよう、そして、適切なタイミングで医療にアクセスできるよう、遠隔診療サービスを立ち上げました。

ピルの服用目的は個人の選択であり、その用途は人それぞれ

ーー創業当時と比べて国内のピルの普及は進んでいるのでしょうか。

石井健一:
製薬会社の国内出荷数をもとにした推計によると、ピルの普及率は2018年から4年間で約3%から約6%にまで倍増しています。ピルが解禁されてから19年間は横ばいが続いていたことを考えると、急速に普及が進んだと言えるでしょう。

これはピルに対する世の中の受け入れ方が変わったことが大きいと思っています。ピルの効果は主に「避妊」と「生理痛の軽減」とされていますが、それだけではありません。月経周期の調整やホルモンバランスの改善など、さまざまな効果があると言われています。これまで「生理痛のために使うのはいいけれど、避妊目的で使うのはよろしくない」という風潮がありました。

しかし、私たちは一貫して「必要な人が必要なタイミングでピルや正しい医療情報にアクセスできるように」というメッセージを伝え続けてきました。最近ではインフルエンサーを中心に、自分の体を守るためにピルを服用をするという選択をした、というような発信もされています。

多くの女性が「自分はどうありたいか」を意識するようになったことで、ピルを選択する方が増えているように感じています。

妊活や更年期に対応したサービスを提供し、フェムテック市場の拡充へ

ーー今後の注力テーマについてお聞かせください。

石井健一:
弊社はスタートアップ企業のため、すでに他社が行っている事業をしても意味がありません。つまり、「そうきたか」と驚いていただけるような、まだ世の中にないサービスやプロダクトを提供する必要があると考えています。

現段階ではフェムテック(※)市場において月経や妊娠・不妊領域に関わっており、10代から40歳くらいまでを対象としています。今後は、妊活や更年期の領域にも事業を拡大していく予定です。

この領域をカバーする商品やサービスが出始めてはいるものの、まだ世の中に普及していないのが実情です。妊活や更年期に対応したサービスが社会実装されるよう、私たちも貢献したいと思っています。

※フェムテック(Femtech):女性特有の健康課題をテクノロジーで解決する商品やサービス

ーー最後に10年後、20年後の貴社のビジョンをお聞かせください。

石井健一:
私たちは新薬を開発しているわけでもなく、画期的な治療技術を生み出しているわけでもありません。それでも後世の人たちに「あの会社があったから、日本の医療はこんなに変わったね」と評価される会社にしていきたいですね。

編集後記

医師と患者の架け橋となるため、デジタルを活用したサービスを提供し、医療現場の課題解決に尽力してきた石井代表。オンライン・ピル処方サービスは、婦人科医療へのハードルを下げ、多くの女性たちの頼みの綱となっているはずだ。株式会社ネクイノはこれからも女性の健康課題の解消に貢献し、女性たちが生きやすい世界の実現に向けて奔走することだろう。

石井健一/2001年に帝京大学薬学部を卒業後、外資系製薬会社・アストラゼネカ株式会社に入社。2005年より同じく外資系製薬会社・ノバルティス ファーマ株式会社にて、医療情報担当者として、臓器移植のプロジェクトなどに従事。2013年に関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科院を卒業後、医療系コンサルティングファームを経て、2016年に株式会社ネクイノを創業し、代表取締役に就任。