
保育園児を持つ親にとって、おむつや食事用エプロンなど、通園のために必要な荷物を毎朝準備するのは一苦労だ。慌ただしく子どもを送り出した後も、体調や園での様子などが気になる親は多いだろう。
一方で、子どもたちを受け入れる側の保育士には、保護者に代わり園児たちを守る責務がある。そのため、プレッシャーを感じやすい環境にあるといえるだろう。そうした中、デジタル技術を使いこなして、保護者と保育士がそれぞれ抱えるプレッシャーから解放し、子どもと向き合うことに専念できる保育園づくりに邁進しているのが株式会社ハイフライヤーズだ。同社が運営する保育園キートスに託す思いを同社取締役社長の日向美奈子氏にうかがった。
荷物のいらない保育園の運用で子どもと向き合う時間を増やす
ーー貴社が運営している保育園の特色を教えてください。
日向美奈子:
弊園の最大の特色であり、保護者から支持をいただいているのは、「荷物のいらない保育園」です。園児に必要なおむつ、歯ブラシ、昼寝布団、食事用エプロン、洋服などを全て園が用意し、追加で費用をいただくこともしていません。
通園には、毎朝さまざまな荷物を準備する必要があり、保護者は大忙しです。子どもと話をする余裕はなく、荷物が多いために、登園中に抱っこどころか手をつないで歩くこともできない、というケースは珍しくありません。
こうした毎朝の負担を取り除くだけでも、親が子どもと向き合う時間を増やすことができます。弊園には持って行く荷物がないため、お子さんと手をつないでお話したり、お父さんに肩車されて通園する様子が毎朝見られます。
サービス導入後にアンケートを実施したところ、95%の保護者がお子さんと向き合う時間が増えたと評価してくださっていることが判明しました。なお、残りの5%はサービス導入後に入園した方たちです。
ーー子育てをする親御さんの朝は忙しいので、このようなサービスがあると非常に助かりますね。
日向美奈子:
通園に荷物がないということは、保護者だけでなく保育園の負担軽減にもつながっています。たとえば保育士の場合、園児一人ひとりについて、朝持ってきたものを確認し、帰るときにそれが全部そろっているかをチェックするという作業が不要となりました。手間のかかる作業がなくなった分、保育士が子どもと接触する時間を増やすことができたのです。
私たちは、子どもと向き合う時間を確保することと、その時間を充実させることこそが、良い保育の基本であると考えています。
スマホアプリの活用で保育士の事務的業務の負担を軽減しサービスの質を着実に上げる

ーー園児の荷物を追加の費用をいただかずに保育園が用意する、ということが実現できているのはなぜでしょうか。
日向美奈子:
経費を捻出するため、採用費を削減しました。その分の予算は、園児たちに必要なものに充てています。もともと、園の魅力を伝えるためにSNSで情報発信を行っていましたが、この投稿をご覧いただいた全国の方々が弊社の保育園の運営理念に共感し、「ここで働きたい!」と応募してくれるようになったのです。
結果として、SNSで保育園の様子を発信すること自体が採用活動の役割を果たすようになっています。
ーーSNSによる思いがけない効果ですね。運営にあたり、アプリは活用されているのでしょうか?
日向美奈子:
はい。保護者や保育士も、負担感がなく気軽に使える仕組みにするため、パソコンではなくスマートフォンをメインにし、アプリを活用しています。たとえば、弊園が管理などに使用しているのはSalesforceです。保護者と保育園をつなぐ連絡帳の作成や保育士同士の情報交換、保護者情報の管理などを行っています。現在10園を運営していますが、全ての園を一元化したうえで運用しています。
また、海外から来ている保護者にもきちんと情報を伝えられるように翻訳機能を搭載したり、園児の保育園での様子を的確に文字化するためにchatGPTを取り入れる予定であったりといった工夫もしていますね。
ーースマホアプリの活用はどんな効果を上げていますか?
日向美奈子:
簡単な操作で多岐にわたる情報を保護者に伝えることができるので、保育士の負担が大幅に軽減されています。結果的に、園児や保護者に対するサービスのクオリティがかなり向上しました。
園児の安心・安全を守るといった面でもアプリは有効です。たとえば、登園やお休みの確認がスマートフォンで対応できます。登園するはずなのに登園していない(来ていない)ときにはアラートが鳴り、保護者と連絡を取るなどの対応も手際良く行うことができています。
また、保護者のお誕生日にメッセージを送ったり、それを受けて保護者から保育士にお礼の言葉が届くといった、親密なコミュニケーションも盛んです。保護者からの「ありがとう」を直接受け取ることが、保育士にとってはモチベーションアップにつながり、自分の仕事に対する誇りが高まっていくのも大きな成果といえるでしょう。
テクノロジーの活用によるサービスの充実をはかることで選ばれる保育園づくりを実現
ーー新たに進めている取り組みはありますか?
日向美奈子:
園児や保育士の脈拍数、転倒回数あるいはストレス値を測る腕時計型の装置を2024年6月5日に導入しました。園児に異変があったときに、経験や人間の感覚だけに頼らず、テクノロジーも活用することで見逃さずに対応できます。異変を迅速に察知することで、園児の健康を守っていきたいです。
また、こちらの装置は、保育士のストレスを可視化することも可能です。保育園や介護施設で起こる事件の中には、保育士のメンタル面での疲労が原因と思われるケースが多々あります。こうしたことを防ぐためにも、保育士の心身の健康状態をチェックすることが必要です。
ーー先進的な取り組みはまだまだ続きますね。
日向美奈子:
そうですね。私たちは時代のニーズに沿った取り組みをしていると思いますが、それは弊園に関わる人が全員幸せになるために必要だと考えるからです。園児だけでなく、保護者も保育士も幸せになれる保育園づくりを進めるためには、テクノロジーを活用しながら子どもたちと向き合う時間を増やすべきだと思います。
少子化の進行が止まらないため、今後、保護者が保育園を選ぶ時代がやってくるでしょう。弊園は保護者の皆さまから選ばれ、「選んで良かった!」と実感していただける保育園を目指していきます。
編集後記
保育士の事務的な業務の量を軽減するため、多くの報告書がICTの活用を提案している。しかし、導入はなかなか進んでいないようだ。そうした中、日向社長が統括園長を務める保育園キートスでは、事務的業務の軽減だけでなく、園児や保育士の心身の健康チェックにもITを活用しているという。保育士が子どもと向き合う時間を十分確保できる保育園づくりをけん引するキートスの取り組みを応援したい。

日向美奈子/株式会社ハイフライヤーズ取締役社長 兼 保育運営本部キートス統括園長。幼稚園・保育園勤務を経て2010年に同社設立に参画。2014年に「キートス」を開園後、千葉県内に認可保育園10園を展開。現在は児童学博士号取得を目指し、「子育て中の親の育児不安」について研究中。一般社団法人日本保育連盟千葉支部長として認定保育士制度の創設を目指す。