※本ページ内の情報は2024年5月時点のものです。

超高齢社会を迎える中でニーズが高まるのが、住み慣れた自宅で医師の診察を受けることができる在宅医療だ。

しかし、24時間365日呼び出しがあれば常に往診対応を求められる主治医の負担が大きいという課題がある。この課題に対応するサービスの中でも特徴的なのが、株式会社当直連携基盤が提供する夜間・休日の往診代行事業だ。

2018年に創業し、2019年以降の約5年間で往診約4万件、7000名超の看取りに対応した実績をもつ。代表取締役の中尾亮太氏に、事業を立ち上げた経緯と思いについてうかがった。

日本初の在宅医療往診代行サービスが誕生

ーー独立のきっかけを教えてください。

中尾亮太:
私は大学院で物理系の研究をしており、最初の就職先はITコンサルティングの会社でした。そこで2年勤めた頃、医師として在宅医療のクリニックを開業することになった姉から、「一緒にやろう」と誘われたのが独立のきっかけです。

それまでの専門と全く違う業界での挑戦でしたが、私の父が地元で50年続く会社を経営していて、その影響を受けて育ったこともあり、独立志向はもともと持っていました。そのため、新しいチャンスだと思い、医療業界に足を踏み入れることに決めました。

ーーなぜ、お姉さんは在宅医療のクリニックを開業したのですか?

中尾亮太:
設備投資が少なく、立地に左右されることなく往診の範囲を広げられるなど、在宅医療のクリニックの開業にはさまざまなメリットがあります。最も大きな決め手となったのは、在宅医療は少子高齢化が進んでいく中で、国内の市場が伸びていくことが見込まれる数少ない分野だと考えたからです。また、国の政策として病院から在宅へと医療の場を移行させることが推進されています。

ーークリニックの経営から往診代行事業に転換するまで、どのような経緯がありましたか?

中尾亮太:
クリニック時代は、寝るときも携帯電話を手放せず、24時間体制で対応する生活でした。若かったこともあり、当初はそれほど苦には感じませんでしたが、3年ほど経つと「これを何年続けるのだろう」と思うようになりました。同時期に姉の出産というライフイベントもあったことから、「個人の働きに依存せず、事業を継続させるにはどうすればよいか」と考えるようになりました。

医療業界の私の役割の1つとして、IT分野の強みを活かして問題を解決する仕組みを構築することを考えていたので、クリニック運営のかたわら、事業の継続性という課題に取り組みました。そして、夜間・休日の往診を同じ地域の在宅クリニックと連携して行う体制をつくり、その枠組みをもとに株式会社当直連携基盤を立ち上げました。

主治医も患者も安心できる、質の高い在宅医療を提供する

ーー往診代行とはどのようなサービスですか?

中尾亮太:
当直医師とメディカルバディという担当者がチームを組み、提携病院の患者さんからの呼び出しに対応します。

在宅医療の現場には独特の雰囲気があり、外来診療しか経験のない医師は患者さんやご家族とのコミュニケーションに戸惑うこともあります。メディカルバディは医師と患者さんのアシストをする役割で、医師免許はなくとも、在宅医療の質を大きく左右する重要なポジションです。

病院で治療を受ける場合とは異なり、在宅の患者さんは医療の知識を得るより、今ある不安を解消して自宅で穏やかに過ごしたいと思っています。医師は知識が豊富なために素人が持つ不安を見過ごしてしまうことがあります。

メディカルバディは患者さんやご家族の思いを理解し、医師が医療的な疑問に的確に答えられる橋渡しをします。このようなコミュニケーションによって往診の満足度が大きく高まり、患者さんに安心して自宅で過ごしていただけるようになります。

「死」をマイナスからプラスのイメージに変えていきたい

ーー将来のビジョンをお聞かせください。

中尾亮太:
大きなビジョンとしては「日本のインフラになる」という目標を持っています。水道をひねれば水が出てくるように当たり前にそこにあるというイメージで、いつでも弊社の往診代行サービスがあるのだと認識してもらいたいですね。

また、医療機関では夜間帯に限らず、人手不足の問題があります。インフラ的な機能を活かして、医療機関向けに、人材紹介も手がけたいと考えています。対応エリアは関東の1都3県と、名古屋、大阪、兵庫、福岡に展開しており、これからも拡大していきます。

ーー大事にしている思いはありますか?

中尾亮太:
弊社のミッションステートメント(企業と従業員が共有すべき価値観や行動指針)として「Realizing memento mori(リアライジング・メメント・モリ)」という言葉を掲げています。

「メメント・モリ」は古代ローマの戦争時代に「いつか自分が死ぬことを忘れるな」という意味で使われていた言葉です。死の直前になって「こうしておけばよかった」と後悔しても取り返しがつきません。「いつか訪れる死を常に意識して日々の選択をしていけば、より充実した人生になる」という思いがこの言葉に込められています。

「看取り」には暗くて重いイメージがありますが、それは現代社会の中で「死」を感じる機会が少ないからだと思います。しかし、それは生物として不自然であり、私は「死」を必要以上にタブー視して考える世の中を変えていきたいと考えています。

実際は、看取りの現場には笑顔があふれていることもあります。そのような看取りに立ち会うと、「自分はどう生きていこうか」と考えさせられます。自分らしい生き方の最期をより多くお手伝いできるように、これからも在宅医療のインフラ化を進めていきます。

編集後記

会社を経営していた父親に影響を受けたという冷静で的確な経営理論。若くして数多くの看取りの現場を経験して培われた温かい死生観。中尾代表が独自にもつ2つの価値観による相乗効果が、現在の事業の成長につながっているのだろう。往診代行サービスが全国でインフラのように整備され、「最期は病院」というイメージに新たな選択肢を加える未来も遠くないのかもしれない。

中尾亮太/2011年慶應義塾大学大学院を卒業。量子論を研究し、修士論文にて優秀修士論文賞を受賞。同年にフューチャーアーキテクト株式会社に入社。2013年医師の姉とともに医療法人社団千葉中央ひかりクリニックを創業。2018年株式会社当直連携基盤を設立。