※本ページ内の情報は2024年10月時点のものです。

日本の医療を支える縁の下の力持ちとして、臨床検査事業や調剤薬局事業、ICTを活用した医療情報システム事業に取り組む株式会社ファルコホールディングス。同社の安田忠史社長は入社以来、経営企画や経理を担い、上場の立役者でもある。就任後には研究所の火災など、大きな困難に見舞われるも、同社を医療業界で存在感を放つ企業へと成長させてきた。ここでは改めて、安田氏の戦略と展望についてうかがった。

上場を見据えた組織づくりに注力

ーーまずは経歴についてお聞かせください。

安田忠史:
弊社には中途で入社しました。当時は上場を目指しているタイミングで、上場をサポートする役割を任されました。以来一貫して、経営企画や経理畑に携わってきたのです。特に、入社した当時は、いかに会社を成長させて社員や顧客、株主に貢献するかを考え続けていました。

ーー2024年6月期で売上高430億円を超える企業に成長しています。社長が入社した1995年当時の売り上げは、どのくらいあったのでしょうか?

安田忠史:
入社当時はまだ未上場だったため、年間の売上高は150億円ほどで、もっと利益を伸ばす必要がありました。企業として次のステージへと成長するためには、売上規模だけでなく組織体制なども含めたレベルアップが必要となったので、体制の整備には力を入れました。

ーー具体的にはどのようなことに注力したのでしょうか?

安田忠史:
組織のルールが曖昧だったので、経営者や現場の判断で物事が決定・実施される点は、変えなければいけないと思いました。

また、未上場企業によくあることですが、経営者の顔色を見て仕事をする風土にも変革が必要でした。上場すれば、投資家に対する情報の適時開示が必要となります。個々の価値観などの転換をはかるのは非常に難しかったのですが、取り組みが必要な課題でした。

研究所の火災で売り上げが大幅ダウン。危機からの起死回生

ーー社長就任後に苦労したことをお聞かせください。

安田忠史:
社長就任2年目となる2019年に、臨床検査機能を担う総合研究所が火災に見舞われました。約半分の設備が失われ、約60%の売り上げが一気になくなってしまったのです。臨床検査事業は、毎日医療機関から検体をお預かりして研究所にて検査し、結果を報告するのが仕事です。これができなくなってしまったことは大きなダメージで、倒産も覚悟しました。

ーー復活の道筋として描いたのは、どのようなことでしたか?

安田忠史:
総合研究所は多方面の協力を得ながら、また社員一丸となって復旧に努めた結果、早期に検査の全面再開に繋げることができました。そして、リスク管理という視点からも必要性を感じて進めたのが、ICT事業です。クリニックなど医療機関のICT化を促進する運営支援事業に注力する方向へ舵を切り、さらにゲノム事業にも注力し始めました。

また、以前はあまり多くなかった病院との取引を増やせたのは、『MSI検査キット(FALCO)』が大きく貢献しています。がん種横断型のコンパニオン診断薬として、各大学病院をはじめとする高度な医療機関との繋がりが大きく伸びました。これは弊社でしか提供できない商品なので、期待を寄せています。

ーーすでにMSI検査キットの経営的なインパクトは大きいのではないでしょうか?

安田忠史:
その通りです。『MSI検査キット(FALCO)』は、抗がん剤であるキイトルーダ®やオプジーボ®が患者に投与してよいか事前に判断するためのコンパニオン診断薬です。一般的に抗がん剤は、すべてのがん患者に効果があるわけではないので、予め効果の予測ができればがん治療に非常に有用です。つまり、患者さまにキイトルーダ®やオプジーボ®による抗がん剤治療ができるかどうかを決定するためにはMSI検査キットが欠かせないのです。

なかでも、キイトルーダ®は2023年のグローバルでの製品売上高がナンバーワンの医薬品です。多くのがん患者さまがキイトルーダ®による治療を開始する前に使うMSI検査キットを、ファルコホールディングスの事業会社が製造販売しているということは、経営的にも大きなプラスに働いています。

ーーゲノム事業はまさに先見の明のある取り組みということですね。

安田忠史:
弊社では日本の遺伝子検査市場がまだ確立されていない段階から、ゲノム事業にいち早く取り組んできました。2000年にアメリカのミリアド・ジェネティクス社と特許の国内独占ライセンス契約を締結し、BRCA1/2という遺伝子検査の独占使用権を獲得しました。現在では新たな収益の柱として、ゲノム事業は弊社の経営的な成長を牽引するという意味合いで大きく貢献してくれています。

独自の製品・サービス・事業の展開で、医療業界に新たな可能性を提供

ーーICT化について、お聞かせください。

安田忠史:
たとえば、弊社が提供している『レセスタ』という商品は、医療機関の診療報酬に関する疑問を解決したり、レセプト請求業務を支援するクラウドサービスです。同様のサービスはたくさんありますが、『レセスタ』が選ばれる理由のひとつが、コンサルティング対応力です。

ICTの仕組みをつくるだけでなく、臨床検査技師や薬剤師などの有資格者が多数在籍している弊社では、コンサルティングも可能なので、それが大きな強みとなっています。

ーー新たな事業へとシフトする施策が、今まさに花開いていますね。

安田忠史:
おかげさまで、ICT事業も2023年に黒字化し、軌道に乗ってきました。医療業界や開業医の世界は、ICT化が非常に遅れています。こうした課題を後押しする役割を今後も担っていくつもりです。

ーー成長を支える戦略をお聞かせください。

安田忠史:
他社と競争しなくても弊社を選んでいただける独自の商品やサービスを提供することです。『レセスタ』や『MSI検査キット(FALCO)』はまさに、その典型例です。

今後は、多くの人を雇用できる時代ではなくなってきます。ですから、いかに少人数で利益率を高められるかを模索し続けます。弊社の従業員数は、ピーク時には1,500人規模でしたが、現在は約1,100人です。それでも業態や売上を維持しています。

ーー今後の展望についてもお聞かせください。

安田忠史:
ひとつは、まだまだ伸び代のあるゲノム事業に注力することです。弊社が得意としているのは、遺伝性のがんの検査です。がんは全体の5~10%が遺伝性と言われています。ですから、ここにスポットライトを当て、将来のがん罹患リスクを検査できる技術の研究開発に力を入れています。

もうひとつがICT事業です。高い専門領域の医療分野にクラウド型サービスを広げることで、事務処理の負担などを軽減し、社会に貢献していきたいですね。特に、開業医が営むクリニックや病院でのシェアを獲得していきたいと考えています。

編集後記

少子高齢化が進む今後、必要性が高まる医療分野のICT化。この分野で唯一無二の技術やサービスを提供し続けている株式会社ファルコホールディングスの成長の裏には、火災などの大きな危機があったことに驚いた。困難を強みに変える安田社長の挑戦は、とどまることを知らない。

安田忠史/1958年生まれ、大阪府出身。1981年、早稲田大学教育学部を卒業。1995年に株式会社ファルコバイオシステムズ(現・株式会社ファルコホールディングス)に入社。2010年、株式会社ファルコビジネスサポート(現・株式会社メディサージュ)の社長に就任。2015年、株式会社ファルコホールディングスの副社長を経て、2017年、代表取締役社長 社長執行役員に就任。