※本ページ内の情報は2025年7月時点のものです。

1789年創業。清酒「金陵」で知られる酒類事業と、現代産業を支える化学品事業を二本柱とする西野金陵株式会社。360年以上の歴史を誇る老舗でありながら、時代の変化に合わせ絶えず自己変革を続ける企業だ。かつて「仕事の意義を見出せない」時期を経て、社員一人ひとりの主体性と幸福を追求する経営へと舵を切った代表取締役社長、西野寛明氏。「従業員を大切にする」という揺るがぬ軸のもと、社員が輝ける環境づくりに情熱を注ぐ同氏に、その経営哲学と未来への展望を聞いた。

家業継承の宿命と「働く意味」の模索

ーー社長ご自身の経歴と、家業を継ぐことへの当初の思いをお聞かせください。

西野寛明:
幼少期から会社を継ぐことは言われており、物心ついたときから意識していました。その背景もあり、大学卒業後はキリンビール株式会社(以下、キリンビール)に入社しました。キリンビールでは東京で酒販店を回る営業を担当。ちょうどアサヒビール株式会社にシェアで抜かれる厳しい時期で、社内の雰囲気を肌で感じられたことは勉強になりました。

ただ、正直なところ、当時は働く意義ややりがいを見出だせずにいました。「何のために働くのか」という根本的な問いに答えを出せず、生計を立てるという理由だけでは仕事に面白みを感じられませんでした。

「人は命令では動かない」気づきから始まった組織変革

ーー西野金陵株式会社に入社後、社員との関わり方で転機となった出来事は何でしたか。

西野寛明:
入社当初は、役職が上だからという理由で、命令で人を動かそうとしていました。

しかし、2007年に結婚したことが大きな転機となりました。異なる環境で育ってきた人と共同生活をする中で、「これをやってほしい」と頼む、指示をするだけでは動いてもらえないのだと痛感したのです。そこから、どうすれば人は自ら動いてくれるのか、みんなが自発的に働けるようになるのかを真剣に考えるようになりました。

ーー社員の自主性やモチベーションを高めるために、どのような改革を進めてこられましたか。

西野寛明:
歴史が長い分、古いルールや「ムラ社会」のような体質がありました。外部の意見が入りにくく、社員は上の指示を待つばかりで自ら考えることをしない。このままでは社会で通用しないという強い危機感から、指示待ち文化を壊し、社員一人ひとりが自律的に考える組織に変えるため、様々な仕組みの改革に着手しました。

まず、固定的なルールや外部の意見が入りにくい状況を壊すことから始めました。例えば、旧本社ビルを解体し、賃貸オフィスへ移転してフリーアドレスを導入。また、個々が考えて行動する習慣をつけてもらうため、服装をスーツ一辺倒で済ますのではなく、状況に応じた服装を推奨しています。

こうした一つひとつの改革を通じて、「このルールは本当に必要なのか」と社員自身が考え、必要ならば変えていく習慣を育んでいます。また、キャリア採用も積極的に行い、多様な人材を受け入れる体制を整えました。

ーー社員に「やりたいようにやってみて」と任せる真意と、それにかける期待は何ですか。

西野寛明:
基本的に仕事は社員に任せて、やりたいようにやってもらっています。わざと失敗しようとする人はいないし、失敗は成長の糧になります。会社の屋台骨を揺るがすような大きな投資は別ですが、基本的にはやりたいようにやることが良い結果につながると信じています。言い訳ができない状況を作ることで、社員が自ら考えて行動してくれると期待しています。

受け継がれる「従業員第一」と、進化する老舗の姿

ーー経営において大切にされている教えは何ですか。

西野寛明:
先代である父とは、互いに否定から入るライバルのような関係でした。歴代社長も同様だったようです。ただ、唯一共通して言われ続けてきたのは「従業員を大事にしなさい」ということです。父も祖父も従業員を大事にしていましたし、私もそこは同じです。それさえ守れば、あとは時代に合わせて変えていけばよい、という考え方が根底にあると感じます。

ーー伝統ある企業を率いる上で、変革を進めることの難しさとやりがいは何でしょうか。

西野寛明:
老舗の歴史を履き違えている従業員もいました。「今まで通り同じことをするのが歴史だ」と考える人がいましたが、それは本人が何も考えずに楽をしたいだけです。時代に合わせて変化してきたからこそ存続できているわけで、これからも変わり続けなければ会社は潰れてしまいます。そういった意識を変えていくことには難しさを感じますが、同時にそこに大きなやりがいもあります。

会社を支える二つの柱と、社員と共に描く未来

ーー改めて貴社の事業内容と、それぞれの強みや今後の展望についてお聞かせください。

西野寛明:
事業は大きく分けて酒類部と化学品事業本部の二つです。酒類部では、1789年から続く清酒「金陵」をはじめ、焼酎やリキュールなどの製造と卸売業を行っています。化学品事業本部は、機能化学品、樹脂、化成品などを扱っており、現在では売上の約6割を占める主力事業です。清酒事業に関しては、今後は量よりも質を重視し、お客様に「本当に良い」と思っていただけるものづくりにこだわっていきたいと考えています。

ーー社員の能力向上や営業力強化のために、どのような支援をされていますか。

西野寛明:
個人の能力を上げていくことが重要だと考えています。そのため、仕事に関連する資格取得や勉強にかかる費用は、会社が全額負担する制度を設けています。社員が「この試験を受けたい」と手を挙げれば、全面的にサポートします。社員の能力が高まれば、会社に依存しない自立した人材が増え、それが結果として会社の力になると考えています。

ーー経営者として特に意識されている取り組みを教えて下さい。

西野寛明:
さまざまな経営者の方々と話をし、新しい情報や世の中の先進的な事例を社内に持ち帰るのが私の役目です。ただし、それを「やれ」と命令するわけではありません。「こういう新しいことがあるけれど、どうだろうか」と提案し、最終的な決定は現場に委ねるようにしています。時には後押しすることも必要ですが、最終的には社員が納得して進めることが大切だと考えています。

ーー最後に、社長が目指す「社員の幸せ」とは、具体的にどのような状態でしょうか。

西野寛明:
会社の規模を大きくしたいという思いはあまりありません。それよりも、「この会社に入って良かった」「働いていて楽しい」と心から感じてくれる社員を一人でも多く増やすことが私の目標です。そうした仲間たちと一緒に、これからも会社を発展させていきたいです。

編集後記

「従業員を大切にする」という、代々受け継がれてきた確固たる信念。その上で、時代の変化を恐れず、むしろ楽しむかのように次々と改革を進める西野社長の姿が印象的だった。社員一人ひとりの自主性と成長を心から願い、そのための環境づくりに知恵を絞る。そんなリーダーのもとであれば、社員は自ずと輝きを増し、会社もまた未来へと力強く歩みを進めていくのだろう。西野金陵株式会社の今後の展開から目が離せない。

西野寛明/1974年香川県高松市生まれ。大阪工業大学卒業後、1997年にキリンビール株式会社に入社。5年間の修業期間を経て、2002年に西野金陵株式会社へ入社。2015年に同社代表取締役社長に就任。伝統を重んじながらも、社員の主体性と幸福を追求する組織改革を推進している。