※本ページ内の情報は2024年11月時点のものです。

新井製菓株式会社は、屋号「おせんべいやさん本舗 煎遊」のもと、看板商品「黒胡椒せん」をはじめとするせんべいを販売している。1924年に創業し、100周年を迎えたこの会社を率いるのは代表取締役社長の新井和佳氏だ。どのような理念がこの会社を支えているのか、これまでの歩みと今後の展望についてお話をうかがった。

こだわりの原料で際立つ個性を創出、形のない資産から形あるものの販売にシフト

ーーまずは、新井製菓の社長に就任するまでの経緯をお聞かせください。

新井和佳:
大学卒業後、野村證券に就職し約2年間勤めた後、1979年に弊社グループの株式会社新井機械製作所に入社しました。きっかけは、先代社長の娘婿になったことです。創業者(先々代)が家業として大正13年におせんべいの製造販売を始め、その後先代社長が引き継ぎ、新井製菓へ。同時に、先代社長はそのグループ会社として、おせんべい製造機の製造を行う新井機械製作所を設立したのです。

私は新井製菓で半年ほどおせんべいづくりを学んだ後、株式会社新井機械製作所の製造部門に配属され、製造現場を経て営業を担当しました。株の価値はすぐには分かりませんが、おせんべいは食べればすぐに満足かどうかが分かる。形のある商品を扱う仕事と、形のない資産を扱う証券業務との違いを強く感じましたね。

その後、2008年に私は新井製菓の社長に就任しました。代々引き継がれてきた事業を守り、成長させる責任の重さに身が引き締まる思いでした。

ーーこれまでに苦労したエピソードを教えてください。

新井和佳:
私が社長に就任する約10年前、卸販売は大手小売店が求める価格でないと商品を購入してもらえない状況でした。弊社も卸販売を行っていましたが、価格破壊に対抗するべく製造直売にシフトすることを決定し、社長就任後、最初に不採算店舗の閉店を手がけ、約半数を閉店しました。

しかしその後、看板商品の「発祥処 黒胡椒せん」がヒットしたことで、店舗数は再び同じくらいまで増加し、現在直営店を30店舗以上にまで拡大することができました。閉店の判断も大変でしたが、新たな出店場所や売り場作りの判断も非常に難しいものでしたね。

ーー会社の運営において、特に大切にしていることは何ですか?

新井和佳:
どんな業界でも、事業者の個性を大切にすることが重要だと思います。特におせんべいは、米の銘柄、産地、品質によって食感や味が大きく変わります。弊社では、米の良さを最大限に引き出し、弊社ならではの個性を活かした商品をお客様に楽しんでもらいたいと思っています。だからこそ、原料の米には強いこだわりがあります。弊社が存続する限り、今後も、国産の米を使用して高い品質を保ち続けたいと考えています。

妥協しない価格を貫き、若年層の心も掴む

ーー貴社の看板商品について教えてください。

新井和佳:
看板商品は「発祥処 黒胡椒せん」です。この商品が口コミで広まり、お客様から「通販はないのか」との問い合わせが増えたため、インターネットでの通信販売も開始しました。「黒胡椒せん」は、柔らかい食感が好まれる風潮の中で、薄焼きのおせんべいを採用して、黒胡椒に負けない歯ざわりを追求。そこに最上級グレードのブラックペッパーを使用し、和洋折衷の味わいに仕上げました。この商品のおかげで、若年層にも米菓の魅力が届き、購入していただけるようになったことが、私にとって最も嬉しい成果です。

ーー販売において、特にこだわっている点をお聞かせください。

新井和佳:
弊社は価格設定において2つの軸を持っています。1つは、値下げをしないこと。もう1つは、道徳を遵守することです。自社の商品価値に対して納得していただける価格を設定し、それを社員全員で努力して守り抜いています。

また、通販では、お客様から「他店は何千円以上買えば無料になるサービスがあるのに、新井さんでは買えば買うほど送料が上がる」と言われることもあります。しかし、自社配送ではないため、購入量が増えればどうしても送料は上がってしまいますが、値下げやサービスを乱発すると品質に影響が出るため、価格はしっかり守っています。社員には「送料の件はお客様にご理解いただけるよう、丁寧に説明しなさい」と伝えています。

ーー最近、特に注力するテーマについて教えてください。

新井和佳:
人材育成に力を入れ、中堅人材の育成を進めています。おせんべい製造技術の習得はもちろんですが、新商品開発では、社員に「さまざまなものを食べてみなさい」と促しています。基本的なレシピや原料の米の違いは私が書き起こして残しますが、そこにどのような新しい色を加えるかは感性によるものです。食感や味に対する感性を磨くためには、美味しさを生み出している要素を実体験を通じて感じ取ることが必要です。

ただ、まずは気遣いの心があってこそのスキルアップだと、常に社員に伝えており、あいさつ等にも力を入れています。

また、新製品開発も進めており、その軸としては、やはり原料の米にこだわること、老若男女問わず幅広い人に楽しんでもらえることを重視しています。最近ではおせんべいの燻製を発売しました。

皆が幸福になれる商売を続けたい

ーー社内体制に関して、今後取り組みたいことはありますか?

新井和佳:
弊社は通年採用を実施し、新卒に限定せず、さまざまな年齢や経験を持つ人材を受け入れています。現在包装工場は冷暖房完備で軽いものを扱い、水仕事もないため女性に人気がありますが、さらに女性が働きやすい職場環境の整備に力を入れていきたいと考えています。生地製造や焼成を担う工場では暑熱対策が課題ですが、今後早急に解決していくつもりです。また、高品質な商品を効率的に製造できるように、製造体制の改善にも取り組んでいきます。

ーー今後の展望をお聞かせください。

新井和佳:
米や油の生産者、それを使用する弊社、そして食してくださるお客様の3者がみな幸福になれる商売を続けたいと考えています。生産者に対しては、「弊社はあなたの商売(領域)のプロにはなれませんので、最大限に努力して提示された価格で対応します」という姿勢で取り組んでいます。3者が互いにこの気持ちで商売を続けられることが理想ですね。

編集後記

人に対しては謙虚さを持ち、商品に対しては自信を持てるように努力する。新井和佳社長の言葉から、そんな姿勢が伝わってきた。消費者の希望を叶えるだけでなく、生産者や製造者も幸せになれるようにという考え方があったからこそ、新井製菓株式会社は事業を100年間も続けてこられたのだろう。次の100年にはどのような新たな商品が生まれるのか、新商品開発に取り組む同社の今後の展開が楽しみだ。

新井和佳/1929年、群馬県生まれ。横浜国立大学卒業。野村證券株式会社を経て、1979年、株式会社新井機械製作所に入社。2008年、新井製菓株式会社代表取締役社長に就任。