
日本酒の可能性を追求し、酒蔵から観光の拠点づくりへと事業を進化させている株式会社飯沼本家。同社は純米酒や純米大吟醸酒などの特定名称酒の製造はもとより、蔵内のカフェや飲食店の運営、さらにはキャンプ場やブルーベリー農園まで手がけ、体験型の事業も展開している。
伝統と革新が共存する「和モダン」をコンセプトに、インバウンド誘致にも力を入れ、年間20万人の集客を目指す同社。300年以上の歴史を持つ老舗企業の新たな挑戦について、代表取締役社長の飯沼一喜氏に話をうかがった。
「うまくいく方を選べ」という信念
ーーまずは社長のご経歴を教えてください。
飯沼一喜:
私は大学卒業後、医薬事業会社のMR(営業職)として働いていました。現在と同じBtoBの営業だったので、このとき身につけた営業スタイルは今も活かされています。
30代を目前にすると、「そろそろ家の事業を継がなければ」と考え始めました。弊社は江戸時代から続く老舗の酒造会社なので、もともと中学生ぐらいのころから「いずれ自分が家業を継ぐだろう」という気持ちはあったのです。ただ、あと5年もすれば管理職になれるタイミングだったので、どちらのキャリアを選ぶか非常に悩みましたね。
そんな時、上司から「もし転職せずに営業職を続けたら、今後は大きい得意先やチームリーダーの仕事をすることになるだろう」という話を聞きました。そこで、「これ以上いたら辞めづらくなるかもしれない」と考え、会社を継ぐ道を選んだのです。
2012年に弊社に入社した後は、国税庁の酒類鑑定官室の研修を受けたり、佐賀県の天吹酒造という蔵元で蔵人の修業をしました。本格的に弊社の仕事に入ったのは2014年のことです。その後は主に営業などの仕事に携わり、2024年に社長に就任しました。
ーー会社を経営する上でどのような考えを大切にしていますか?
飯沼一喜:
私が仕事を進める上で大切にしているのは、「choose what works(うまくいく方を選ぶ)」という姿勢です。この言葉には、闇雲に取り組むのではなく、数ある選択肢の中から成功への可能性が高い方法を見極め、それをさらに磨き上げるという考えが込められています。このアプローチを常に念頭に置きながら、効率的かつ効果的な成果を追求してきました。
私は自分の性格上、時折「やらなければならない」という義務感に固執してしまうことがあります。そのような時には、「自分で選んだ道が最終的に成果につながれば良い」というスタンスで前進してきました。仮に期待通りの成果が出なかったとしても、「なんとなくうまくいきそうだ」と直感的に感じた方向に進むようにしています。
この姿勢に基づいて、後ろ髪を引かれるような違和感や、何となくしっくりこない習慣、業務プロセス、あるいは取引先業者などについて定期的に見直すようにしてきました。このように過去の行動や考えを振り返ることで、より良い選択肢を選び続けられるのではないかと考えています。
酒蔵から始まる地域活性化への挑戦

ーー貴社の事業内容について教えてください。
飯沼一喜:
弊社は創業300年を超える酒蔵として、日本酒づくりを手掛けています。弊社のような中小規模の酒造会社ではいわゆる特定名称酒(※1)をつくることが多いので、私の入社後はその流れに沿って、純米酒や純米大吟醸などの特定名称酒をつくるようにしてきました。
飛躍的な成長を遂げたというわけではありませんが、2014年以降ゆるやかに成長を続け、当時に比べると売上や利益が上がっています。
また、弊社は日本酒の魅力を多くの人に知ってもらうため、「開かれた観光蔵」というコンセプトを提唱しています。弊社の酒蔵がある酒々井地域を観光地にするため、カフェやキャンプ場、飲食店などの運営にも携わり、インバウンドの誘致に努めてきました。ボトルや酒票(ラベル)なども、モダンなイメージを大切にしています。
日本酒という伝統的な製法でつくられた商品を取り扱う一方で、チャレンジ精神旺盛で新しいものを積極的に吸収し、新規事業の開拓にも意欲的に取り組んできました。
(※1)特定名称酒:原材料として使用されている精米の割合や醸造方法などが、特定の規準を満たしている清酒のこと。吟醸酒、本醸造酒、純米酒など。
ーー貴社の強みや他社にはない魅力はどのようなところですか?
飯沼一喜:
日本酒という製品に真摯に向き合い、製法、味わい、見た目にもこだわっており、他社とはひと味違う魅力を醸し出しているところです。弊社の日本酒は、生酒を瓶詰め・打栓してからシャワーによる熱殺菌処理を行っています。そのため、発酵時に生じる二酸化炭素ガスのガス感がそのまま残っており、普通の日本酒よりもシャンパンに近いフレッシュな飲み口なのです。
また、前述のようにボトルや酒票のデザインにもこだわっているので、ワインボトルのようなおしゃれでスタイリッシュな印象を与えます。商品パッケージを見ただけでも、「他の日本酒とは違うな」と感じていただけると思います。
味と体験の価値を高め、クオリティカンパニーを目指す

ーー今後の展望をお聞かせください。
飯沼一喜:
「和モダン」をコンセプトにした美味しいお酒を、これまで以上にたくさんつくっていく予定です。集客目標も現在の5万人から、20万人に引き上げたいと考えています。さまざまな弊社のビジネスを磨き上げながら、イベントによる集客を図りたいですね。
弊社のサービスや社名を知らない人に弊社のことを知ってもらうための取り組みも、試行錯誤しながら続けていくつもりです。新規集客は永遠の課題なので、基本的にはそのための取り組みをこれから先もずっと続けていきたいと思います。
数字としては、営業利益5千万円を目標にして会社全体の規模を大きく強くしていきたいと考えています。高い利益水準を出せる体質をつくり、クオリティカンパニー(※2)を目指したいです。
(※2)クオリティカンパニー:高業績と良好な人間関係の両立の実現を目指す企業のこと。
ーー最後に、貴社が求める人材について教えてください。
飯沼一喜:
幹部候補になれるような人材を採用したいですね。現在、私の次の世代や、その次の時代を担える人材を採用したいと考えています。酒造りの作業をするというよりも、弊社を経営面で牽引してくれる人材を募集中です。日本酒が好きで、弊社の活動にシンパシーを感じてくれるような人が応募してくれるのを、楽しみにしています。
編集後記
伝統的な酒造りの技を守りながら、モダンなボトルデザインや新しい味わいへの挑戦、観光事業の展開など、革新的な姿勢を貫いてきた結果が今の同社を形作っている。酒蔵に漂う麹の香り、作り手の真摯な姿勢、そして訪れる人々の笑顔。すべてが調和した空間で、日本酒の新しい可能性を感じた。

飯沼一喜/1984年生まれ、慶應義塾大学商学部卒業。2007年、旭化成株式会社に入社し、医療系の営業職を経験。2012年、株式会社飯沼本家に入社。佐賀県の天吹酒造にて蔵人として修業、アメリカ留学を経て、2014年より本格的に同社の仕事を始める。2024年、代表取締役社長に就任。