
株式会社鎌倉ハム富岡商会は、1900年の創業以来、歴史と伝統を守りながら、主力製品である「伝統の熟成布巻きロースハム」「熟成ロースハム」をはじめとした各種ハム・ソーセージの製造・販売を続ける老舗企業だ。1993年には日本ハムグループの一員となり、2024年には「伝統と現代の融合」をコンセプトに、鎌倉小町本店をリニューアルして「KAMAHAM PLUS+」をオープン。顧客のニーズや流行に対応した新たな価値や体験を発信している。同社の代表取締役社長である髙梨正広氏に、これまでの経緯や今後の展望などについてお話をうかがった。
日本ハムの社員としてお客様の声を聞く現場体験が今に活きる
ーー鎌倉ハム富岡商会の代表取締役社長に就任した経緯を教えてください。
髙梨正広:
私は横浜で生まれ育ち、1983年日本ハム株式会社に入社しました。入社後まずは店頭で試食販売を行いながら、お客様の声をキャッチし、各部署に伝えるというデモンストレーションセールスを経験しました。その後は量販企画室という部署で営業政策を担当した後、中部圏エリアの販売部門責任者、2019年グループ会社の日本ハムカスタマー・コミュニケーション株式会社の代表取締役社長を経て、2022年に弊社の代表取締役社長に就任したという流れです。
ーー会社を経営するうえで大切にしている考え方は何ですか。
髙梨正広:
やはり、「お客様の声を聞くこと」です。良い商品をつくるためにはお客様の声をしっかり聞くことが大切だと実感しています。価格競争をするのではなく、原料や製法にしっかりとこだわることで「お客様に高品質な美味しい商品をお届けしたい」という考えを持っています。
見えた課題は「社内の一体感不足」。ビジョンを策定して同じ方向を目指す

ーー社長就任後、特に取り組んだことについて教えてください。
髙梨正広:
歴史と伝統のある会社だということは分かっていましたが、実際に内側に入ってみると、技術力は高いのですが、社員全体の一体感というものが薄いように感じました。そのため、私はまず「社員の声を吸い上げよう」と決めて、小さなチームをつくり、各現場での議論を実施していただき、社員の声を吸い上げるところから始めました。そこでできたのが「お客様から共感される企業」というビジョンであり、いつも意識するように社内に掲示しています。
ーー新たなビジョンを打ち出した結果、社内にはどのような影響がありましたか。
髙梨正広:
職人気質の社員が多く、個人の力を重視する雰囲気のある弊社でしたが、「お客様に喜んでいただける商品をつくりたい」という思いは全員にありました。そこで、改めてビジョンとして打ち出し、社内に掲示することで、社員全員に共通認識として常に意識してもらい、少しずつ一体感を醸成することができました。そうした変化の結果、モチベーションを持って仕事に取り組む社員が増えたと実感しています。お客様に喜んでいただくためには、まずは社員の気持ちを一つにすることが大切だと感じましたね。
ーー現在の取り組みについて教えてください。
髙梨正広:
顧客層の拡大のために、さまざまな取り組みを始めました。新たな顧客層の開拓に目を向け、アイデアを形にしているところです。
具体的には、工場直売所の中にブースをつくり、年に一度、展示会イベントを行っています。代表的な商品である「熟成布巻きハム」はもちろん、さまざまな商品を実際に手に取っていただくことで、法人・個人のお客様への認知度を高める狙いです。そこで得られたお客様の声などを元にニーズの分析を行い、新商品開発などにも活かしています。
ーー個人のお客様向けにも新たな取り組みをされていますね。
髙梨正広:
弊社の強みをひもとくと、「品質にこだわったハムソーセージを販売する」という点に行き着きます。しかし、こだわっているだけでは業績は伸びていきません。そのために「体験」という新たな側面にもスポットライトを当て、2024年には弊社商品を気軽に楽しんでいただけるように、鎌倉小町本店をリニューアルして「KAMAHAM PLUS+」をオープンしました。
鎌倉駅の小町通りにあるこの店舗では、社員の発案を元に、食べ歩きに適した商品を観光客向けに販売したり、大きな塊からハムを切り出してご提供するスライスパフォーマンスなども行い、ご好評いただいています。お客様の生の声を多く集めることが、弊社の今後の発展にもつながると信じて、店舗でのお客様とのコミュニケーションを大切にしていく考えです。
伝統を守るだけでなく、会社の認知度を上げる取り組みも推進
ーー今後の事業展開について教えてください。
髙梨正広:
「KAMAHAM PLUS+」の店舗もその一環ですが、長い伝統を守りながら、さらに当社のことをより多くの方に知っていただく新しい取り組みも進めていきたいと考えています。「KAMAHAM PLUS+」は、鎌倉観光の方の目につきやすい立地にありますが、ここを目的地として来店される方は多くはないのが現状です。そのため、今後は情報発信などにも力を入れていきたいと思います。
そうしたさまざまな取り組みを行うためには、新たな人材の採用が必要不可欠です。特に、営業職の採用・育成を重点的に行いたいと考えています。入社後のOJTだけでなく、階層別研修なども取り入れ、営業職としてスキルアップできる仕組みを整えていく計画です。
さらに、弊社の代表的な商品である熟成布巻きハムを生産するためには、技術職の育成も必要です。ハムを布で巻くのには高い技術が必要で、経験が必要です。職人というと、コツコツ仕事に取り組む、地味なイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。しかし弊社では、歴史ある商品を受け継ぐポジションとして重要な役割を担っています。将来的には社外からも「あの熟成布巻きハムをつくってるのはすごいね」「鎌倉ハム富岡商会の職人はかっこいいね」と言われるような存在になればと思っています。
これまではあまり中途採用を行ってきませんでしたが、さまざまな知見を持つ方の意見も取り入れていきたいと思っていますので、幅広い分野のスペシャリストの採用なども行っていく考えです。
お客様からは「鎌倉ハム富岡商会には魅力的な商品がたくさんある」と思っていただきたいですし、共に働く社員には、イキイキと仕事に取り組んでほしいと考えています。新たなチャレンジをしながら、社内の人材採用・育成も推進していき、弊社の存在感を全国に示していきたいと思います。
編集後記
創業125年を迎える同社は、歴史ある「熟成布巻きハム」を大切にしながらも、新商品開発や新たな顧客層の開拓などのチャレンジを行っている。「お客様から共感される企業」というビジョンを実現するために、大切にしている3原則は「共感」「挑戦」「ホスピタリティ」だという。今後は、知名度の向上や新規顧客の獲得も目指しながら、伝統の味を広め、さらに存在感を増していくことだろう。

髙梨正広/1963年、横浜市生まれ。1983年、日本ハム株式会社入社、2007年DS部長、2012年量販企画室長、2015年中部圏量販部長、2019年日本ハム カスタマー・コミュニケーション株式会社の代表取締役社長を経て、2022年に株式会社鎌倉ハム富岡商会の代表取締役社長に就任し、現在に至る。