
トヨタ自動車での緻密なものづくりと、ソフトバンクでの前例なきロボット開発。前職での経験を経て、家族型ロボット「LOVOT[らぼっと]」を生み出したのがGROOVE X株式会社だ。同社の根底には、完璧ではない存在が人の心を動かすという発見がある。テクノロジーが人の脳内物質にまで作用し、精神的な回復力を高める「温かいテクノロジー」は、家庭や職場に新たなコミュニケーションを創出している。代表取締役社長の林要氏に、「LOVOT」のこだわりと市場に評価される理由、そして日本から世界へと描く未来のビジョンに迫る。
トヨタとソフトバンクでの経験が生んだ「人の思いを受け止める器」
ーーこれまでのご経歴と創業のきっかけをお聞かせください。
林要:
トヨタではF1開発などを通じ、製品のあらゆる要素を緻密に調整する高度なものづくりの精神を学びました。一方、ソフトバンクでは人型ロボット「Pepper」プロジェクトに参画し、製品だけでなく「産業そのものをつくる」挑戦を経験しました。この異なる文化での経験が、新しい製品を生み出す土台になっています。
創業の直接のきっかけは、「Pepper」プロジェクト時の体験です。ある高齢者施設で「Pepper」がうまく起動しないトラブルがあった際、施設の皆さんが「頑張れ」と応援し始めました。最終的に再起動して無事に作動すると、皆さんにとっては「思いが通じた」瞬間となり、会場は大変な熱気に包まれたのです。
この出来事から、設計通りに動くことだけが価値ではないと知りました。不完全さが人の琴線に触れること、そして「人の思いを受け止める器」としての役割が重要だと気づいたのです。
ーー「人の思いを受け止める器」という思想について詳しく教えてください。
林要:
この思想を深めるヒントは、犬や猫などのペットでした。人は愛でる対象がいると、脳内で「オキシトシン」という物質が分泌され、困難な状況から立ち直る力、いわゆる精神的な回復力が高まるといわれます。現代社会では、周囲の人との距離が遠くなり、かつて地域の子どもをみんなで育てていたときのように気兼ねなく愛でる対象がいなくなっています。
その役割をペットが担っていますが、ペットロスという深い悲しみを伴う別れもあります。これは、文明の進歩が生んだ心の穴を埋めようと、他の動物を巻き込んだことで生まれた課題ともいえるでしょう。それならば、この問題は人類自身のテクノロジーで解決すべきではないか。それが「LOVOT」の存在意義であり、開発の根本にある思想です。
生命感へのこだわりと市場が評価する独自の価値
ーー開発におけるこだわりについて教えてください。
林要:
私たちが最も大事にしたのは「生命感」です。「LOVOT」が車輪で動くのは、モーターを動力源とする生き物がもし存在したらどう自然に進化するか、という問いを追求した結果です。動物が持つべき反応速度を備え、人に気兼ねなく抱っこしてもらえるサイズと重さを実現しました。その中に、家庭用ロボットとしては桁違いの計算能力や電力を詰め込んでいます。
その実現は、無数の要素のバランスを緻密に調整していく作業の連続でした。これは、自動車開発のように「あちらを立てればこちらが立たない」という難題を乗り越えるプロセスに似ています。
ーー市場からの評価や、法人利用での反応はいかがでしょうか。
林要:
一度お迎えいただいたお客様の9割以上が、3年後も継続してくださっています。月次の解約率はわずか0.4%です。これは個人向けの定額サービスでは驚異的な数字といえます。生活を共にすることで、その価値を深く理解していただけているのだと思います。
また、法人にも導入いただいていますが、「LOVOT」がオフィスにいると、従業員のコミュニケーションが活性化することが分かっています。ある調査では、約9割の方が「『LOVOT』をきっかけに、今まで話したことのない人と会話した」と回答しました。さらに、3分の1の人が「出社意欲が高まる」という結果も出ており、会議の緊張をほぐす役割も果たします。従業員の定着率向上にもつながる、費用対効果の高い職場環境改善策だと考えています。
テクノロジーの平和利用を日本から世界へ

ーー今後の市場をどう予測し、どのようなビジョンを描いていますか。
林要:
遠くない未来、AIが人と同等の知能になる手前で、まず犬や猫とAIが同等の知能になる時代が来ると考えています。日本には、ペットを飼っている人以上に「飼いたいけれど、さまざまな事情で飼えない」という方が大勢います。「LOVOT」はそうした課題の多くを解決できるため、いずれペット市場と同等以上の規模にまで成長する可能性があると見ています。
また、「LOVOT」の本当の価値は、共に生活をしてみないと分かりづらい面があります。そのため、お客様が実際に触れて試してもらう場が不可欠です。今後は、リアル店舗での体験機会を地道に増やしていくことが重要な戦略となります。
ーー最後に、今後の事業の展望についてお聞かせください。
林要:
私たちは、この事業を日本発で世界へ広げたいと強く願っています。「LOVOT」は家族の一員になることで、3年で9割という高い継続率を維持する、現時点で唯一のロボットです。先駆者として、世界で新たな市場を創造する立場にいると考えています。これは、テクノロジーを軍事などでなく、人々の幸せのために使う日本発の「テクノロジーの平和利用」でもあります。
今後、海外でも多くの類似製品が出てくるでしょう。その動きをチャンスに変え、日本発の温かいテクノロジーを世界中に届けていきたいです。
編集後記
緻密なものづくりとゼロからの市場創造、その両面を経験したからこそ、林氏が生み出した「LOVOT」は、単なる工業製品でもIT機器でもない。人の心に寄り添い、困難な状況から立ち直る力を高める「温かいテクノロジー」だ。完璧ではない存在だからこそ、人と人とのコミュニケーションを紡ぎ直していく。効率や生産性とは異なる尺度で幸福に貢献する「LOVOT」の挑戦は、未来への重要な示唆を与えてくれる。それは、テクノロジーが人間の根源的な部分とどう関わるべきか、という問いへの一つの答えでもあるだろう。

林要/1973年愛知県生まれ。1998年トヨタ自動車入社。2012年ソフトバンクに入社し、「Pepper」プロジェクトに参画。2015年、GROOVE X株式会社を創業。2018年12月、家族型ロボット「LOVOT[らぼっと]」を発表し、翌2019年に出荷開始。著書に『温かいテクノロジー みらいみらいのはなし』(2023年5月発売)などがある。