2024年の日本貿易復興機構(JETRO:ジェトロ)の発表によると、ベトナムでは日本食品への関心が高まっており、特に新型コロナウイルス感染拡大後の経済回復や所得の増加を背景に、高品質で健康的な点から注目を集めている。
そのような中、2023年にベトナムに現地法人を設立し、誰でも気軽に日本食を提供できる和食店を開業し、自社製品のアンテナショップにして行こうと試みる製造業のメーカーがある。それが株式会社精和工業所であり、今回代表取締役社長の原克彦氏に、経緯や思いをうかがった。
コンサルティング業界から製造業へ
ーー社長になるまでの歩みをお聞かせください。
原克彦:
弊社の創業者は私の母の父で、私は本家ではなかったため、事業を継ぐことは考えていませんでした。そのため就職活動の際、文系だったこともあり、監査法人系のシステムコンサルティング会社に入社しました。
入社5年目ごろ、コンサルティング業界で充実した日々を送る一方で、将来的にこの会社でマネージャーや経営に携わる自分の姿が想像できず、悩むようになりました。当時の私は、お客様の話を聞き、一緒に問題を解決していくような仕事に強く惹かれていたのです。
ちょうどその頃、創業者である祖父が体調を崩し、自宅で過ごす時間が増えていました。帰省するたびに祖父と話を重ねる中で自然と製造業の話を聞く機会が増え、次第に製造業の仕事に興味を持つようになりました。結果、これまでのように外部からではなく、内部からものづくりを見てみたいという気持ちが芽生え、当時の社長である伯父に相談して入社を決めたのです。
ーーコンサルティング業から製造業という、まったく異なる業界への転身では、どのような苦労がありましたか?
原克彦:
苦労した点は2つあります。
1つ目は専門的な知識です。コンサルティング会社時代、私は製造業のお客様を担当していましたが、その業務は主に業務改善などの管理面に限られていました。私は溶接が何かすら知らない状態で、精和工業所に入社したのです。専門的な内容はわかりませんでしたが、幸いにも社員は温かく教えてくれました。
入社してから社長になるまでの14年間で、すべての部署を経験したおかげで、業務全般について一通り理解できるようになったと思います。それでも、この道で長くやってきた社員にはかないません。彼らに業務を依頼する際の伝え方には、今も悩むことがあります。
2つ目は、相手の気持ちに配慮することです。前職がコンサルタントだったこともあり、私は相手の話が途中でもある程度結論が予想できていたので、話を遮ってしまうことが多々ありました。ある上司から、「話を聞いているのも理解しているのもわかる。ただ、人の話は最後まで聞いてほしい」と言われ、ハッとしました。
たとえ自分の意見が正論だとしても、企業にはそれぞれの文化や背景があります。自分の経験だけで結論を出すのではなく、相手の話を最後まで聞くことが重要だと気づかされたのです。仕事とは人と人との関わりで成り立っていることを改めて実感しました。
60年以上のデータの蓄積が生み出す独自技術で、お客様のニーズに応える
ーー現在の精和工業所での事業について、改めて教えていただけますか?
原克彦:
弊社は、溶接製品の製造をコア・コンピタンス(会社の軸となる事業)としています。特に厚さ1mm以下のステンレスの薄板材料を加工・溶接し、製品や部品をつくることが得意です。薄い板の溶接や、特殊な機能を持つステンレスの溶接が弊社の強みですね。
特殊なステンレスを使用する際は、溶接の方法が製品の性能に大きく影響します。そのため、熱の加え方や冷やし方、空気の遮断技術については、常にデータを収集し、研究を重ねています。この取り組みにより、高い品質を維持しているのです。
他社では膨大な時間とコストがかかる溶接も、弊社では豊富なデータを活用して最適な方法を導き出すので、効率的に製品を提供できます。また、溶接後の強度、耐食性、精密性を備えた製品を製造することにおいても、卓越した技術力を誇っています。
ーー従業員との関係において、意識していることは何でしょうか?
原克彦:
縁の下の力持ちのような役割の製造業は、一般的にはあまり知られることのない事業だと思います。だからこそ、従業員が家族や友人に「どんな仕事をしているの?」と聞かれたときに簡単に伝わるように、陽のあたる仕事をつくっていきたいと考えています。
その一環として、新規事業としてベトナムでの飲食事業を検討しています。この事業は従業員のアイデアから生まれたものです。中堅社員の研修でベトナムを訪れた際、日本食好きの多いベトナム市場で自社製品が売れるのではないかという提案がありました。
それを経営層と共に検討した結果、どうせなら製品を供給するのではなく、自社で実際に飲食業も手がけようということになりました。アンテナショップのように自社製品をPRできる場所をつくったほうが、広がりが見込めるのではないかと判断し、弊社にとって新たな道が開かれつつあります。
居心地の良い職場環境を目指し、採用時のマッチングを重視
ーー採用においては何を重視していますか?
原克彦:
新卒・中途ともに採用していますが、中途採用者には専門的な知識を持っているかどうかを問うだけでなく、会社を見学していただき、その人の夢や技術がどのように活かせるか検討してもらいます。マッチングがうまくいけば、長く勤めていただけることが多いですね。
一方、新卒採用では人柄や価値観を重視しています。新卒者はまだ具体的な夢を持っていないことが多く、見極めが難しいのですが、弊社と相性や価値観が合えば、長期的に活躍してもらえると考えています。
私は、会社と従業員の間で起こるハラスメントなどのトラブルは、労使間の信頼関係が築かれていないことが根本的な原因だと思っています。そのため、採用時のマッチングを重視し、居心地の良い職場環境を整えることで、社員が長く安心して働けるように努めています。
編集後記
コンサルティング業を通じて多くの企業経営者と対話し、課題解決に取り組んできた原氏だからこそ、従業員に長く勤めてもらえる働きやすい職場づくりを常に意識するのだろう。また、ベトナム進出に関しては、異業種への挑戦というよりも、自社商品のアンテナショップを海外にも開設するという斬新な発想に驚かされた。原氏と精和工業所の従業員が、日本の製造業を新しい視点で引っ張っていくことが期待される。
原克彦/1975年、兵庫県生まれ。1998年、関西学院大学商学部を卒業後、監査法人系システムコンサルティング会社に入社。上場企業の業務改革(BPR)コンサルティングに従事し、経営ノウハウや各社の理念を学ぶ。2004年に株式会社精和工業所に入社し、社内の主要部門をすべて経験したのち、2018年に代表取締役社長に就任。