
生産年齢人口の減少と人手不足という課題に直面する医療業界。株式会社カワニシバークメドを率いる本山章氏は、これまでの経験を通じて「0を1にする」挑戦を続けてきた人物である。入社面接で「社長になりたい」と宣言した青年は、営業として成果を追求した経験と異例の抜擢を経て、川西医科器機株式会社(現・株式会社カワニシ)の代表取締役に就任。その後、子会社である同社を立ち上げ、率いている。常識にとらわれず、医療現場のDXを力強く推進する本山氏の軌跡と思考に迫る。
「社長になりたい」有言実行で掴んだトップへの道
ーーこれまでの経歴についてお聞かせください。
本山章:
大学で化学の研究をしていましたが、自分は黙々と課題に立ち向かう研究者に向いていないと感じていました。アルバイト経験から、むしろ接客業の方が合っていると考えていたのです。そんな時、たまたま大学の就職課にあった本で当時の川西医科器機を見つけ、直感で応募を決めました。
入社の決め手は、当時の社長にお会いした時のインパクトです。全く動じず、会社のビジョンを自信に満ちあふれて語る姿に強いオーラを感じ、「この人のもとで働きたい」と強く思いました。その社長に憧れを抱いた私は、面接の場で思わず「社長になりたいのですが、なれますか」と質問したほどです。
ーー入社後はどのような仕事に取り組まれたのでしょうか。
本山章:
最初の10年ほどは、広島や姫路などで新規開拓を担当していました。いわゆる飛び込み営業です。地盤が強くないエリアばかりだったので、そこで出した実績は「100%自分の成果だ」と自負できました。そして私は「0を1にする」仕事に面白さとやりがいを感じていたのです。その後、シェアの高い松山でマネジメントを経験し、新規開拓と既存顧客のフォローの両方を学べたことは、大きな財産になりました。
ーー社長に就任されるまでにどのようなターニングポイントがあったのでしょうか。
本山章:
循環器の中でも、まだ大きく注目されていなかった不整脈頻脈治療の分野に挑戦したことです。「この分野は必ず伸びる」と確信し、専門知識と技術をとことん突き詰めた結果、その事業が大きく成長しました。その実績が認められ、当時の会長(入社の決め手となった当時の社長)直轄の「会長補佐会」という、会社経営・戦略を創出していく特任部隊に呼ばれたのが大きな転機となりました。
そして、ある日突然、会長から「お前、カワニシの社長な」と電話で告げられました。私は部長も本部長も経験していませんでしたので、4階級ほど飛び越えた大抜擢でした。
クリニックの課題解決を使命とする自動精算機事業
ーーなぜクリニック向けの事業を始められたのですか。
本山章:
グループの主要顧客は大病院で、私が社長になった時にはすでに多くの顧客を抱えていました。一方で、大きく注力できていなかったのがクリニックでした。クリニックは医療の入り口で全国に十万箇所以上もあります。「この市場にこそ、大きな可能性がある」と考えました。
最初はクリニック向けの予約システム事業から始めましたが、全くうまくいきませんでした。「このままでは会社を畳まざるを得なくなる」と危機感を感じていた時に出会ったのが、美容サロン向けに精算機を手がけていた会社です。彼らは医療分野への進出を、私たちはキャッシュレス決済の展開を模索しており、すぐに意気投合しました。
そして、「自動精算機」という形にすれば現金も扱えるため、クリニックに受け入れられやすいと考えました。そうこうしているうちにコロナ禍となり、「非接触・非対面」という追い風が吹いたのです。最初に導入してくださったクリニックに大変喜んでいただけたことで、「これは絶対に求められている商品だ」と強い手応えを感じました。しかし、従来の人海戦術では採算が合わないため、新しい仕組みで販売したいと考えていたのです。
ーーそこから、どのようにして事業を急成長させたのでしょうか。
本山章:
Webマーケティングへ大胆に舵を切りました。Webマーケティングに長けた人物が入社してくれたことをきっかけに、従来のプッシュ型(※1)営業から、Webサイトなどを活用したプル型(※2)へと完全に切り替えたのです。ランディングページを立ち上げ、リスティング広告やYouTubeインフルエンサーに紹介動画を作成していただいたり、IT導入支援事業者にも採択されるようになったことで、今では月に100件以上の問い合わせが来るまでに成長しています。
(※1)プッシュ型:積極的に営業をかけて成約につなげる顧客獲得手法。
(※2)プル型:顧客側に問い合わせや資料ダウンロードなどの行動をしてもらうことで顧客情報を得て、営業をかける手法。
医療現場のDXで描く未来とさらなる成長戦略

ーー自動精算機事業が軌道に乗った今、その先のビジョンについてお聞かせください。
本山章:
自動精算機は、クリニックの会計部分の課題を解決するツールですが、これは入り口にすぎません。次に狙うのは、受付業務全般のDXです。例えば、受付をアバターにしたり、多言語対応の翻訳機を導入したりすることも考えられます。
私たちの使命は、ICT(※3)を使ってクリニックのお困りごとを解決する「仕組み」を提供することだと考えています。医療の世界は制約が多く、外部の便利なテクノロジーが入りにくいのが現状です。私たちは医療現場の課題を深く理解しているからこそ、外部の優れた技術と医療をつなぐハブの役割を担えると確信しています。究極的には、Web3.0(※4)やメタバース空間での医療サービスの提供も視野に入れており、時間や距離、国籍の壁を越えた医療の実現が理想です。
(※3)ICT:通信技術を活用したコミュニケーション。情報処理だけではなく、インターネットのような通信技術を利用した産業やサービスなどの総称。
(※4)Web3.0:ブロックチェーン技術によって実現される分散型インターネットのこと。分散型インターネットは、特定の企業や管理者に依存せず、データや情報を分散化し、個人で管理できるというメリットがある。
ーービジョンを実現していく上で、どのような組織をつくっていきたいですか。
本山章:
従業員には「『昨日こうだったから今日もこうやる』という発想を捨ててほしい」と伝えています。そして「常に想像力を膨らませてほしい」とも伝えています。常識が通用しない時代だからこそ、違う角度から物事を見ることが新しいビジネスを生むと考えているからです。
弊社は、全ての能力が平均的な人間ではなく、何か一つでも飛び抜けた強みを持つ、いびつな人間を歓迎します。これからも変化を好み、多様な個性が活躍できる会社であり続けたいです。
編集後記
本山氏のキャリアは、前例のない場所に飛び込み、道を拓いてきた歴史そのものである。「0」の領域に価値を見出し「1」に変える喜びを原動力に、倒産の危機さえも乗り越えてきた。その根底には、変化を恐れず、外部の知見を躊躇なく取り入れる柔軟性と決断力がある。変化が起きにくいとされる医療業界において、同氏のような存在がDXを加速させる起爆剤となるのだろう。同社が描く医療の未来図に、期待せずにはいられない。

本山章/1971年佐賀県伊万里市生まれ。岡山大学卒業後、1995年に川西医科器機株式会社(現・株式会社カワニシ)入社。循環器系の医療機器の営業として広島や姫路での新規開拓、松山での拠点マネジメントを経験後、2017年に同社代表取締役社長に就任。2019年にはクリニックの業務省力化を支援するため、子会社である株式会社カワニシバークメドを設立し、自動精算機の導入を推進している。