※本ページ内の情報は2025年9月時点のものです。

クローダはイギリスに拠点を置く、創業100年の化学メーカーである。ヨーロッパや中東、アジア、米国など約30カ国、92カ所に展開するグローバル企業だ。その日本法人であるクローダジャパン株式会社は、独自の高度な精製技術で天然由来の油脂などを製造している。今回、代表取締役社長のリュー・ヨンチュアン氏に、国内に研究・生産拠点を置くメリットや日本市場での戦略をうかがった。

決断力と共感力で統合後の組織構築に貢献

ーーまずはクローダに入社してからのご経歴をお聞かせください。

リュー・ヨンチュアン:
15年前に入社して以来、アジア全域での事業部門の統括や、事業買収後の統合計画などに取り組んできました。なかでも強く印象に残っているのが、スペインの香料メーカー「Iberchem(イベルケム)」との統合です。

異なる文化や事業背景を持つメンバーが新たに仲間に加わる中で、弊社のブランド価値を守りつつ信頼関係を築くことは容易ではありませんでした。特に、移籍してきた社員たちの葛藤や不満を和らげることには心を砕きました。会社の事情によって働く環境が一変した彼らに、どうすれば前向きに働いてもらえるかを真剣に考えたのです。

そこで私が選んだのは、相手の強みを尊重しつつ弊社の良さも取り入れる「ハイブリッド戦略」でした。一方的にやり方を押しつけるのではなく、双方の利点を融合させ、より良い働き方を模索。個々の意見に耳を傾け、オープンなコミュニケーションを重ねるうちに、組織は同じ目標へとまとまり始めました。

この経験を通じて、リーダーシップにおいて最も大切なのは、仲間を信じ、一人ひとりの能力を最大限に引き出すことなのだと確信しています。

ーー経営者としてのご自身の強みを教えていただけますか。

リュー・ヨンチュアン:
私の強みは、スピード感のある決断力に加え、高い共感力も持ち合わせている点です。ビジネスの現場では、戦略を描き、組織をつくり、計画を実行する。この一連のプロセスを踏みますが、その中心にあるべきは「人」だと考えています。この信念は、アジア各国を巡り、組織を統括してきた経験から培われたものです。

各国の文化的な背景を理解し、相手を尊重して接する。そして一人ひとりの価値観を大切にしながら、私自身の価値観も率直に共有することで、信頼関係を築いてきました。気になることがあれば、必ず直接担当者のもとへ足を運び、本人の言葉に耳を傾けます。一方で、組織のトップとして重要な局面では、迷わずトップダウンで大きな決断を下します。

「仲間の意見を尊重すること」と「責任を持って決断すること」。この二つのバランスを柔軟に取りながら行動できることこそ、私の最大の強みだと自負しています。

医薬品・化粧品の原料開発に不可欠な独自技術

ーー改めて貴社の事業内容と独自技術についてお聞かせください。

リュー・ヨンチュアン:
クローダジャパン株式会社は、化粧品や医薬品の原料および工業向け特殊化学品を製造・販売する化学メーカーです。事業は大きく三つに分かれています。パーソナルケア分野では化粧品原料を、ファーマ分野では医薬品原料を供給します。さらに、アグリカルチャー分野では農薬アジュバント・界面活性剤等を取り扱い、各分野で最先端のサービスを提供しております。

滋賀県に自社工場を構え、原料開発を支える高度精製技術を誇ります。医薬品分野の「Super Refined™(スーパーリファインド)テクノロジー」、化粧品分野の「UltimoPure®(アルティモピュア)テクノロジー」など、独自の高度精製技術を背景に、高純度の精製油脂やエステルなどを世界各国へ供給しています。

ーー貴社の強みを教えていただけますか。

リュー・ヨンチュアン:
第一の強みは、高い技術力です。この技術力が評価され、COVID-19ワクチンとして世界的に実用化されたmRNAワクチンでは、LNP構成脂質に弊社の脂質製品が採用されるなど、大きな役割を担って参りました。

第二の強みは、国内に製造拠点を構えている点です。これにより、日本市場に即した製品をスピーディーに開発・提供することで、お客様との関係をより強固なものにしています。多くの外資系企業が本国生産・輸入という形をとる中、販売拠点に加え、研究開発・製造機能を併せ持つ弊社の体制は極めてユニークです。

グローバル化学メーカーが指摘する日本産業の欠点

ーー日本市場についてどのような印象を持っていますか。

リュー・ヨンチュアン:
日本市場は一見成熟しているように見えますが、細かく見れば、まだ開拓の余地があります。国内の売上は堅調に推移しており、今後はグローバル企業ならではの強みを活かし、さらなる成長を目指しています。

私が感じる日本産業の特徴は三つあります。一つ目は、他国に比べて製品の品質が高く、独自のアイデアをもっていることです。二つ目は、保守的な傾向が強く、慎重に物事を進めるため、プロジェクトが完了するまでに時間を要することです。三つ目は、既存のものをより良くすることに注力する点です。改善はもちろん大切ですが、ゼロから新しいものを生み出す文化は、まだ十分には根付いていないと感じます。だからこそ、私たちはグローバルな知見を活かし、日本市場においてダイナミックなイノベーションを引き起こしていきたいと考えています。

長期視点・多様なニーズの取り込みでさらなる事業拡大を目指す

ーー今後の販路開拓戦略を教えていただけますか。

リュー・ヨンチュアン:
弊社はグローバルカンパニーとして事業規模が大きく、全体の売上構成で見ると、大手企業様との取引が中心です。しかし、日本市場に限ってみると、中小企業様との取引による売上が着実に伸びています。

その背景には、私たちがマーケットトレンドを的確に捉え、お客様との対話を通じて消費者のニーズを汲み取ってきたことがあります。特に化粧品分野では消費者の悩みを解決することが何より重要ですので、企業と密に連携しながら、スピード感のある研究開発を進めています。

今後は、長期的な視野で開発を行う大手企業様、そして消費者の細かなニーズに応える中小企業様、この二つの軸で事業拡大を図っていきます。

ーー最後に今後の展望をお聞かせください。

リュー・ヨンチュアン:
現在、多様化するお客様のニーズに応えるため、滋賀工場では精製専用小ロットプラントの設置を進めています。また、最先端のライフサイエンス研究施設が集まる「湘南ヘルスイノベーションパーク(略称:湘南アイパーク)」内の研究拠点「Pharma Innovative Communication Center(PICC)」への投資も強化しています。製品の安定性・安全性を一層高めるとともに、新規医薬品原料や製剤技術の開発を加速させ、お客様における製薬やワクチン分野の研究開発に幅広く貢献し続けます。

今後も、国内に研究開発と製造の拠点がある強みを活かし、日本のお客様や消費者の需要に迅速かつ的確にお応えしていきます。

編集後記

社員の声に耳を傾ける優しさと、瞬時に決断する判断力を持ち合わせているリュー氏。この二つの相反する能力を兼ね備えているからこそ、これまで数々の組織統合を円滑に進めてこられたのだろう。同氏が率いるクローダジャパンが、これから新たな市場を開拓していく姿を見届けたい。

リュー・ヨンチュアン/シンガポール国立大学にて化学学士号を取得後、アライアンス・マンチェスター・ビジネス・スクールでMBAを取得。クローダに入社後、ホームケア事業のグローバルディレクター、アジア地域のフレグランス&フレーバー事業のディレクターなどを経て、2025年クローダジャパン株式会社の代表取締役社長に就任。