
印刷機械メーカーとして130年の伝統を持つコダック。その日本法人であるコダック合同会社は、高品質な印刷技術と独自のコーティング技術を強みに、ラベルや看板など細分化された日本の印刷市場に新たな可能性を見出そうとしている。APAC(アジア太平洋)の統括責任者として、2023年に職務執行者へ就任した小泉正典氏に話をうかがった。
誠実な対話で乗り越えた原材料高騰の危機
ーー貴社に入社するまでのご経歴を教えてください。
小泉正典:
大学卒業後は株式会社リコーに入社し、マーケット分析や商品企画支援を行う部署に配属され、マーケティングと国内営業の仕事に4年ずつ携わりました。その後、株式会社セイコーエプソンに入社して、22年の在職期間のうち14年間を海外駐在し、マーケティングや商品開発部門との新規事業開発、販路開拓などに従事しました。それぞれ違う会社ですが、「印刷」という領域において、市場性や目指している方向性などが近いです。
ーーその後、どのような経緯で貴社に入社したのですか?
小泉正典:
「日本と韓国の責任者として迎えたい」とお声がけをいただき、2022年に入社しました。入社から1年経過すると、今度は「アジア、パシフィック地域全体の責任者に」という話になり、現職に就任しました。担当範囲が拡大したのは、アメリカの本社が私に期待してくれた結果だと思います。
ーー現職に就任した後は、どのようなことに苦労しましたか?
小泉正典:
これは印刷機械の製造、販売業に限ったことではないと思いますが、材料費の高騰に悩まされました。「版」という、印刷機に使うプレートの原材料であるアルミニウムが値上がりしたのです。アルミニウムはロシアや中国が主な原産国なのですが、加工する際に大量のエネルギーを消費します。昨今の社会情勢によって、ロシア国内での加工ができず、生産コストの高いアメリカや日本でプレートを生産しなければならなくなり、弊社も値上げを余儀なくされてしまいました。
エンドユーザーである印刷会社さんは、印刷機がなければ業務に支障をきたします。弊社としても断腸の思いでしたが、「弊社がどのような社内努力をしているのか」などをお客様に丁寧に説明し、合意形成をした上でビジネスを続けることができました。印刷業界と互いに共存していこうという合意を得ることができ、非常に嬉しかったです。これは弊社の強みにも含まれますが、営業スタッフが日ごろからお客様の立場で考え、難しい交渉の中でも誠実に対応してきたからこそ、ご理解いただけたのではないかと思います。
伝統的な技術を新たなチャレンジに活かす

ーー貴社の事業の変遷を教えてください。
小泉正典:
コダックは、創業者であるジョージ・イーストマンが、世界で初めて持ち歩きができる「フィルム用コーティング装置」を発明したところから始まりました。現在では、フィルム写真機からデジタルカメラに技術が移行していますが、芸術などの特定分野だけでなく、一般大衆に写真文化を普及させることに大いに貢献した会社です。
なお、コダックは1975年に世界初のデジタルカメラを開発しましたが、のちに弊社がChapter 11(※)を経験するきっかけとなりました。新しい技術の開発によって、これまでの主力商品であるフィルムカメラが淘汰されてしまったのです。これは他社ではあまり聞かない、珍しい出来事と言えるでしょう。
現在は、商業・新聞印刷向け印刷用プレートをはじめ、サーマルCTPソリューションやワークフローシステムなどプリプレス関連製品の製造・販売、デジタル印刷機・ハイブリッドデジタル印刷向けインプリンティングシステムの製造・販売を行っています。伝統的なコアな技術を活かして、ベンチャー企業のようなチャレンジ精神を持ち、攻めと守りのどちらもとれる体制をとっています。
(※)Chapter 11(米連邦破産法11条):再建型の企業倒産処理を規定した米連邦破産法の第11条のこと。日本の民事再生法に類似し、旧経営陣が引き続き経営しながら負債の削減など企業再建を行うことができる。
ーートップとして、どのようなことを意識していますか?
小泉正典:
入社したときに、「みんなの力が必要なので、知恵を貸してほしい」というお願いをしました。私は、いわゆる「社長」のイメージとして一般的に思い浮かぶような、「強いリーダー」ではありません。自分のことを「弱いリーダー」として位置づけているため、どうすれば社員の総力を結集できるかを考えてきました。
私は、社員を信頼して仕事を任せるようにしています。お客様のことは、やはり現場の人が一番詳しいと思うのです。そして、任されたことに対して、一生懸命働いてくれる社員を私がサポートするようにしています。社員が責任感をもって仕事に取り組んでくれるのは、あらゆる意味で「強い」人が集まる企業文化が、私の前任者の時代から醸成されているためでしょう。その文化に馴染む人が、弊社に入社してくれているのだと思います。
グローバルな視点で目指す日本市場の変革
ーー今後のビジョンをお聞かせください。
小泉正典:
他国に比べて閉鎖的な日本の市場を、世界に向けて開かれたものにしたいという思いがありますね。日本の商業印刷は、ラベルの印刷やノベルティの印刷、公共の場にある看板や標識の印刷が、それぞれの業界に細分化されています。このような日本のマーケットスタイルは、アメリカやアジアの一部の国からは柔軟性がないように見えるので、そこを変えていきたいです。
この目標を実現するためには、パートナー企業と一緒に新しい製品やサービスを展開していく必要があると考えています。日本という小さな国の中の、印刷業界という特定の業界でシェアを奪い合っていても、大きな成果は望めません。私は前職で、国際的な競争力が高まる印刷業界のあり方を学びました。その知見を、弊社の事業を通じて、取引先に提供していきたいですね。
現在、新しい技術を活用した商品のプロトタイプを開発しているので、これをグローバル市場での成功事例にしたいと考えています。世界の市場で成功事例をつくり、それを日本に持ち込めるように、あるいは、日本から世界に成功事例を発信できるようにしたいと思います。
編集後記
グローバル企業の日本法人トップでありながら、現場への深い信頼を持ち、社員一人ひとりの力を引き出そうとする小泉氏の姿勢が印象的だった。130年を超える歴史の中で幾度もの技術革新を起こしてきたコダック。そのDNAは、社員の自主性と創造性を重んじる風土として、今も息づいているのだと実感した。

小泉正典/1966年、東京都生まれ。明治大学卒業後、株式会社リコーに入社し、8年の在職中、新機種マーケティングと国内営業に4年ずつ携わる。その後、セイコーエプソン株式会社へ入社。22年間の在職中、欧米に14年間駐在。2022年、コダック合同会社へ入社、2023年より現職。