
1875年の創業から150年以上の歴史を持ち、日本の近代化を支えてきた古河機械金属株式会社。銅の鉱山開発から始まり、金属、機械、電子材料、化成品など多岐にわたる事業へ変革を遂げてきた同社は、次なる飛躍のフェーズを迎えている。その舵取りを担うのが、2021年に代表取締役社長に就任した中戸川稔氏だ。現場で「ものづくり」の真髄に触れた同氏は、グループが推し進める「マーケティング経営」を陣頭指揮し、組織のアップデートを図っている。いかにして歴史ある組織を変革に導き未来を描くのか。その原動力となる独自の経営信念について話をうかがった。
管理部門での経験と現場に寄り添う姿勢から生まれた全社的なつながり
ーーまずは、これまでのキャリアや経験についてお聞かせいただけますか。
中戸川稔:
私は新卒で入社して以来、現在の法務部にあたる部署を皮切りに、広報など管理部門を中心に長くキャリアを積んできました。法律やコンプライアンスを扱う部署というと、どうしても「固い」イメージを持たれがちです。しかし、ただ規則を盾にするだけでは何の仕事も前に進みません。
ですから私は、現場がいかに動きやすくなるかを一緒になって考え、より良い解決の手助けをすることを常に心がけていました。そうした姿勢を貫くうちに、さまざまな部署から気軽に相談を受ける関係性が構築されていきました。結果として全社的に人と人とのつながりができ、その付き合いをベースに仕事を進められたことは、私自身のキャリアにおいて非常に大きな財産になったと感じています。
ーーそうした関係性を築けた背景には、貴社ならではの社風や組織文化もあるのでしょうか。
中戸川稔:
そうだと思います。弊社は人と人とのつながりを大事にする会社で、私自身もその温かさに支えられながら歩んできたと実感しています。私も現場の相談に乗りながら、社員とのつながりを大事にしてきました。コロナ禍を経てリモートワークが普及し、対面でのコミュニケーションが減った時期もありましたが、やはり「人と人とのつながりが大事だ」という原点に立ち返り、現在は対面での関わりを再び重視するようになっています。そうした温かさや人を大切にする文化は、弊社の良い面だと思っていますし、私も上司からそのように教えを受けてきました。
ーー長らく管理部門で活躍された後のキャリアにおける転機はどこにあったのでしょうか。
中戸川稔:
2010年、弊社グループの中核事業会社である古河ユニックへ異動し、後に社長を務めた経験が次の大きな学びにつながりました。親会社である弊社の管理部門から現場の最前線に出たことで、製造と営業の間に起こる意見の対立に直面したのです。私はその間に立ち、まずは双方の主張を聞き出して意見を調整することに注力しました。
この現場での対話と調整の経験は、その後の経営におけるかけがえのない財産です。その後、弊社の管理部門に戻り、人事を9ヶ月担当し、特命で「経営幹部を育てる仕組み」をゼロから企画したことも大きな財産です。全国の拠点を飛び回って社員と面談を重ね、外部とも連携しながら研修プログラムを構築しました。指示がない中で自ら考え、仕事をつくり出すプロセスを経験できたことは、非常に大きな糧となりました。
愚直な努力と「運・鈍・根」 至誠の精神で掴んだ最高益

ーーグループ全体の社長としてどのような思いで経営に向き合ってこられましたか。
中戸川稔:
私は営業のエースだったわけでも、画期的な技術を発明した技術者だったわけでもありません。ただ、与えられたその場その場で、誠心誠意仕事に取り組んできただけです。創業者・古河市兵衛の言葉に「運・鈍・根」があります。さまざまな解釈がありますが、私は「自分は凡才であると自覚し、根気よく学びながら愚直に努力を続けていれば、いずれ運が巡ってくる」という意味で捉えています。人生には運もありますが、まずは根気よくしっかりと仕事をすることが大前提です。実際に古河ユニックで社長を務めていた際、従業員との日々の愚直な仕事への取り組みが実を結び、ちょうど運も味方して会社として過去最高益を達成することができました。根気強く頑張ることで運を掴んだのだと思っています。そして、2021年に弊社グループの社長に就任しました。
また、私が座右の銘としているのが「至誠無息」という言葉です。これは、中国の「中庸」に由来する言葉で、「誠心誠意、まことを尽くすことは止まることがない」という意味です。どんな場面でも、どんな相手に対しても、決して手を抜かず誠実に向き合う。新入社員にも、自分の仕事に正面から取り組み、周囲の同僚やお客様に対して常に敬意を持って接することを毎年伝えていますが、この心構えを経営者となった今でも最も重んじています。
ーー改めて、貴社の歴史や事業の強みについてお聞かせください。
中戸川稔:
弊社は今年、創業151年を迎えます。もともとは銅の鉱山開発から始まり、そこから派生して製錬や機械事業へと手を広げました。現在は鉱山事業からは撤退していますが、そこで培った技術力を磨き、変革を繰り返してきた結果が、現在の機械、金属、電子材料、化成品といった事業ポートフォリオに結実しています。時代に合わせて自らを変化させる「変革の遺伝子」と長きにわたる歴史が、弊社の基盤です。
中でも特に強みとしているのが機械事業です。現在、産業機械事業、ロックドリル事業、ユニック事業、そしてこの4月からは株式会社アーステクニカを連結子会社としましたので、4つの事業があります。それぞれがその領域において圧倒的なトップブランドを築いています。たとえば、ロックドリル事業において、トンネル工事で使用される「トンネルドリルジャンボ」は国内シェアの約80%を占めています。トンネル工事の最前線は、過酷な環境で危険と隣り合わせの作業を伴いますが、弊社は現場の声を聞きながら自動化技術を高めた全自動のドリルジャンボなどの機械を提供することで、現場の安全性向上と省人化に大きく貢献し、ユーザーの希望に応える製品を供給し続けてきました。
また、土木・建築工事では多量の土砂の搬送が必要になりますが、ダンプトラックの利用では粉じんや振動、CO₂の排出が問題となります。産業機械事業のベルトコンベヤはこれらの問題を解決するだけでなく、工期を大幅に短縮することができます。更に、現場に合わせて省スペース化が図れる密閉式吊下げ型コンベヤ「SICON」は、静粛性にも優れ、環境に優しい技術として高い評価をいただいています。
ーー顧客の期待に応え続ける上で、どのような視点を大切にされていますか。
中戸川稔:
弊社グループでは現在「マーケティング経営」を強く推進しています。これは単に製品を売るための手法ではなく、「お客様が何に困っているのか」「社会課題をどうすれば解決できるのか」という本質的な問いに対し、技術と製品でしっかりと応えていく経営姿勢のことです。
たとえば、近年は豪雨などによる自然災害が激甚化しており、「国土強靭化」「防災・減災」が急務となっています。弊社の提供する機械やエンジニアリング、サービスは、そうしたインフラ整備の課題解決に直結しているのです。生活の根底を支える「なくてはならないもの」を世に送り出しているという自負があります。
また、素材分野でも社会課題の解決に挑んでいます。私たちが手がける「窒化アルミセラミックス」は、非常に高い熱伝導性と絶縁性を併せ持つ素材です。現在、AIの急激な進展やEV(電気自動車)の普及により、パワー半導体の高性能化が進んでいますが、それに伴う「発熱」をどう逃がすかが大きな課題となっています。弊社の「窒化アルミセラミックス」は、この熱問題を解決する素材として不可欠であり、今後さらに半導体材料としての用途拡大にも力を入れていきたいと考えています。
「もの売り」からの脱却 DXが切り拓く継続的カスタマーサポートと海外戦略

ーー今後の事業展開において特に力を入れていく領域はどこでしょうか。
中戸川稔:
一つは、製品を販売した後のカスタマーサポートの徹底的な強化です。「機械を販売して終わり」ではなく、そこからいかにお客様をサポートできるかが勝負です。現在、IoTを活用して機械の稼働状況を見える化する取り組みを進めており、機械にセンサーを取り付けて部品交換時期を事前にお知らせしたり、稼働データをもとに「こういう使い方をすれば、より燃費が良くなり効率が上がりますよ」といった提案を行っています。これによりお客様の作業効率が上がり、喜ばれています。弊社としても、部品の提供やメンテナンスといった質の高いカスタマーサポートを強みにしていくことで、収益性の向上と安定化を図っています。
ーー海外市場についてはどのような展望をお持ちですか。
中戸川稔:
海外展開は弊社グループ成長の重要な課題です。現在、ロックドリル事業の売上高の6割以上は海外が占めており、特に重要視しているのが北米市場です。アメリカ経済は安定して成長しており、データセンターの建設といった大規模な土地開発など、非常に旺盛な需要があります。丘陵地帯を平らに整地する工事に使用する機械(油圧クローラドリルなど)の需要が急速に拡大しており、北米市場の伸びしろはまだまだ大きいと考えています。
一方で、東南アジア市場の開拓も重要です。現在は価格の安い空圧のさく岩機が多く使用されていますが、いずれさく岩効率のよい油圧化が進むはずで、その先陣機として油圧ショベルに取り付けるアタッチメントドリルを市場投入しています。空圧から油圧化への市場創造に取り組み、古河ブランドを確立することで、将来の成長市場である東南アジアでも確固たる地位を築いていきたいと考えています。
ーー最後に、今後のビジョンをお話いただけますか。
中戸川稔:
昨年、創業150年という大きな節目に、現在の大きく変動する社会環境の下、弊社グループが未来に向けてどのような価値を提供し、どのような姿勢で事業を展開していくのかを明確にする新しい企業理念体系を制定しました。使命(ミッション)としては「環境と調和した豊かな社会の実現」を掲げています。これは、弊社グループの存在意義を明確にし、持続可能な社会の構築に向けた企業としての基本的な姿勢を示すものです。
そして、この使命の実現に向けて10年後の目指す姿として、2035年に向けた長期ビジョン「Vision F 2035」を策定しました。
このビジョンを実現するための最大の鍵が人材強化です。採用難の時代ではありますが、新卒採用だけでなく即戦力となるキャリア採用にも力を入れています。入社後の育成投資を惜しまず、採用と育成の制度を拡充して早期戦力化を図るとともに、次代を担う経営人材育成にも注力しています。さらにDX教育や社内での戦略的なジョブローテーションを組み合わせることで、強靭な組織づくりを進めているところです。
私たちが目指すのは、お客様、取引先、株主、従業員そして地域社会といったすべてのステークホルダーに貢献する会社です。しっかりとした事業を通じて適正な利益を生み出し、それをお客様への価値提供や、株主への還元、そして従業員の働きがいへと循環させていく。「至誠無息」の精神のもと、これからも誠実な経営を貫き、次の時代へと襷をつないでいきます。
編集後記
創業150年という圧倒的な歴史を持つ企業のトップでありながら中戸川氏の言葉の端々には現場への深い敬意と決して奢らない、「凡事徹底」の姿勢が滲み出ていた。若き日の人とのつながりや、人事でゼロから仕組みをつくり上げ、事業会社で現場の泥臭い対話に身を投じた経験が、同氏の言う「運・鈍・根」の信念を力強く裏付けている。「マーケティング経営」という新たな武器を手に、インフラを支える機械から最先端の半導体材料まで社会の課題に静かに、しかし確実に応え続ける古河機械金属株式会社。デジタル化による徹底した顧客サポートとグローバル市場への果敢な挑戦はこの老舗企業が依然として「変革の只中」にあることを強く印象付けた。

中戸川稔/1959年8月生まれ、神奈川県出身。1983年、早稲田大学法学部卒業後、古河機械金属株式会社に入社。2017年6月、同社執行役員、古河ユニック株式会社の取締役副社長に就任。2018年6月に執行役員、古河ユニック株式会社の代表取締役社長に就任。2019年6月に取締役・上級執行役員、2020年6月、取締役・常務執行役員、2021年6月に代表取締役社長に就任(現任)。