※本ページ内の情報は2025年11月時点のものです。

長野県に拠点を置き、半導体の製造装置や産業機械の精密部品加工を手がける株式会社牛越製作所。同社は切削加工を主軸とする一方、近年ではロボット開発にも注力。農業や社会インフラが抱える課題解決を目指し、独自の存在感を放っている。先代である父の急逝と、ITバブル崩壊による会社存続の危機。この二度の苦難を乗り越え、会社を新たな成長軌道へと導いたのが、2代目として事業を継承した代表の牛越弘彰氏だ。同氏の原動力となった経営理念策定の秘話。そして、ものづくりの未来を切り拓く挑戦について、詳しく話を聞いた。

父の跡を継ぎ、長男だから、なんとなく社長就任へ

ーーこれまでのご経歴について教えてください。

牛越弘彰:
最初のキャリアとして、オーディオメーカーの購買職を経験しました。協力工場へ部品を発注し、受け入れ管理をする仕事です。現場の声を聞いて製造技術の部署へ改善を促す橋渡し役や、自らラインに入って選別作業も行いました。部品を量産することの難しさ、そのための準備や工程のつくり方を実践で学べたのは、非常に大きな財産です。

弊社は実家が経営する会社ですが、当初から事業を継ぐことは決まっていたわけではありません。ただ、「いずれは自分が継がなければ」とは漠然と思っていました。親もそのように考えていたようです。しかし、すぐに家業を継ぐのは面白くないと考え、一度は他の会社を経験してみたかったため、就職を選びました。

ーーその後、どのような経緯で牛越製作所へ入社されたのですか。

牛越弘彰:
実は、オーディオメーカー勤務時代に、週末は実家の牛越製作所でアルバイトをしていました。当時、導入したばかりのマシニングセンタ(※1)のプログラムを作れるのが私しかおらず、私がいないと機械が止まる状況だったのです。「このままでは機械の借金が返せないから、戻ってこい」と母と会計士に説得され、入社することになりました。その4年後に父が亡くなり、私が社長を継ぐことになりました。

(※1)マシニングセンタ:穴あけやフライス削りをはじめ、複数の切削加工を1台で行える工作機械。

会社存続の危機を救った経営理念の確立

ーー社長に就任された当時、会社はどのような状況だったのでしょうか。

牛越弘彰:
当時はITバブルの時期で会社が非常に忙しく、父が亡くなった悲しみよりも、目の前の仕事に追われる毎日でした。父と同じ世代の社員の方々に助けてもらいながら、徹夜も当たり前、休みもないような状態で働き続けました。

就任後、最大の危機がITバブルの崩壊です。あれだけ多忙だった仕事が、一気に3分の1まで落ち込んでしまいました。当時、弊社は売上の9割を1社に依存していたため、その影響を直接受け、本当に会社が潰れそうになりました。会計事務所からも「この状態が3カ月続けば、会社を畳んだ方がいい」と言われるほどでした。

ーーその危機を、どのように乗り越えられたのでしょうか。

牛越弘彰:
仕事がなくなり、時間ばかりができたことで、「なんで会社を継いでしまったんだ」と否定的なことばかり考えていました。そんな私を救ってくれたのが、別の会計事務所の方から投げかけられた「お前は何がやりたいんだ?」という問いでした。

それまで責任感だけで走ってきて、自分が何をしたいかなど考えたこともありませんでした。その問いをきっかけに、自分が何のためにこの会社をやりたいのか、初めて真剣に目を向けたのです。

先代から創業の動機などを直接聞いたことはありません。しかし、父の仕事仲間の方々の話から、先代の思いが自分なりに見えてきました。そして、当時生まれた長男に「お父さんの会社に入りたい」と思えるような会社をつくりたい。そんな思いも芽生え、社員一丸となって進むための指針として「斬新な直感」「驚嘆の技」「次元を超えた「もの」づくりへの矜持」という経営理念を策定しました。

この理念を社員に発表したところ、「考え、思いをやっと示してくれたか」と温かく受け入れてくれ、以来20年以上、毎朝の朝礼で唱和してくれています。この理念が、会社の進むべき道を示し、私自身を支える大きな力となりました。

そしてもう一つ、危機を乗り越える支えとなったのが、オーディオメーカー時代のつながりです。購買担当として他部署とも連携して仕事を進めていた経験から、「牛越製作所ならものづくりを任せられる」と信頼していただき、退職後にもかかわらず多くの仕事をいただいたのです。1年しか在籍しなかったにもかかわらず、本当に感謝しかありません。そのときにつながった仕事の関係性が、会社の発展に大きく影響しました。

「相談しやすさ」と挑戦心が育む独自の強み

ーー経営において、最も大切にされている価値観についてお聞かせください。

牛越弘彰:
お客様に頼っていただけることに感謝し、その期待に応え続けることです。ご依頼を断るのではなく、「どうすればできるか」を考え、できるための代替案を提案する姿勢を大切にしています。この良い循環が、お客様との信頼関係を深めると信じています。

社員が親身になって考えるので、お客様に「何とかしてくれる」と思っていただけているなら、それが私たちの強みです。また、自社で対応できなくても助けてくれる仲間が多いことや、難しい加工ほど燃える挑戦心のある社風も強みといえます。

何より、設計者と「これができたらすごいですよね」とワクワクしながらものづくりをすすめること。このプロセス自体を楽しめることこそが、弊社の価値ではないでしょうか。

製造業の未来を拓く新規事業への挑戦

ーー現在注力していることについてお聞かせください。

牛越弘彰:
「世の中の困りごとを、私たちの技術で解決したい」という思いがあります。たとえば、農業が盛んな長野県の課題に応えるラジコン草刈り機があります。また、鉄道インフラの安全な維持管理に貢献する高所作業用ロボットのツールなども共同開発しました。これらは危険な手作業をロボットに置き換え、安全性と効率を上げることが目的です。今、最も力を入れている分野でもあります。

ーー新規事業の現状の課題は何でしょうか。

牛越弘彰:
新規事業の一番の課題は「人」です。現在は、各事業、設計からメンテナンスまでを一人で担っている属人化の状態です。これでは事業を大きくできません。彼らの業務を引き継ぎ、一緒に事業を育ててくれる仲間が本当に必要です。

そしてもう一つは、人を増やし事業をどう回すか計画を立て、積極的に投資すること。これは、私の決断と覚悟が問われていると感じています。

新工場建設と人材育成で描く会社の未来

ーー今後の会社の成長について、どのようなビジョンをお持ちですか。

牛越弘彰:
現在、新工場を建設中です。完成すれば、試作品から量産までを一貫して行える体制が強化されます。この基盤の上で新規事業を本格化させ、将来的にはメーカーになるという目標を掲げています。

新規事業を推進するために、事業の立ち上げを楽しめる人を求めています。設計から組み立て、道具を必要としている方と一緒に実験まで、何でも自分で行うような気概のある方に、まずは一人でも二人でも出会いたいですね。

また、経営幹部の育成も重要です。次世代へスムーズに引き継ぐことは、経営者としての私の覚悟を示す上でも欠かせません。そのため、会社の方向性と個人の成長が一致するような評価制度を3年がかりで構築し、現在試験運用中です。キャリアパス(※2)を明確にすることで、幹部としての自覚を育んでいきたいと考えています。

さらに、M&Aも積極的に行いたいですね。協力会社が減っていく将来を見据え、自社で仕事を完結できる体制をつくる上で、M&Aも重要な選択肢となります。良いご縁あれば、ぜひ前向きに進めていきたいと考えています。

(※2)キャリアパス:目指す職務、職位などの目標に対して、必要なスキルや経験、至るまでの工程を明確化し提示すること。

編集後記

「頼られる存在でありたい」。取材を通して、牛越氏の一貫した姿勢が、幾多の苦難を乗り越える原動力だったのだと感じた。それは社員や顧客との揺るぎない信頼関係の礎でもある。その挑戦は今、精密部品加工という枠を超え、より広い社会が抱える課題の解決へと向かう。ものづくりへの純粋な情熱と、未来を切り拓く強い意志。牛越製作所の挑戦は、これからも多くの人々に期待と感動を届けてくれるに違いない。

牛越弘彰/1971年長野県生まれ、諏訪東京理科大学短期卒。オーディオメーカーに就職後、2年後牛越製作所に入社、4年後に代表取締役に就任。社会の困っていることを牛越製作所の技術で解決したいと、研究開発にも注力している。