
「ものづくりのまち」として知られる兵庫県尼崎市で1986年に創業した株式会社ヤマシタワークス。金型の製造と金属研磨を得意とする同社は、国内では地元に密着して工場を増築してきたが、2005年にタイで現地法人を設立し、海外進出を果たしている。
卓越した開発力が持ち味の同社は、2017年に「ひょうごNo.1ものづくり大賞」、2022年に「近畿地方発明表彰」の発明奨励賞受賞など、高い技術力が評価され、優良企業としてのステイタスを築いてきた。「無借金経営で赤字を計上した年度もほぼ皆無」と話す創業者の代表取締役社長・山下健治氏に、個性的なプロフィールや経営ビジョンについて聞いた。
根っからのアイデアマン気質と悔しい気持ちをバネにした創業時代
ーー起業前にはどのような経験をしましたか?
山下健治:
工業高校を卒業後、大手菓子メーカーに就職し、工場で生産に携わっていました。当時から人に言われたことをそのまま行うのでなく、自分なりに工夫を凝らして働くことが好きだったので、工場内の機械設備などの改善案を次々に出すようになったのです。これが評価され、年に1回の社長表彰で「改善提案累積賞」などの賞を18歳から24歳までの間に3回受賞した経験があります。
ーー起業の経緯を教えてください。
山下健治:
会社を立ち上げる前から、誰かに指示をされて動くよりも、自分で考えて行動することが好きだったこともあり、どんな業種でもいいから人の上に立つような、親方や社長になる願望を強く持っていました。
そんな思いを抱きながら、菓子メーカーの次に取り組んだのが、バフ磨き(金属の表面を研磨すること)の下請けの仕事です。チタンコーティングなどの金属コーティングの会社に納品していたちょうどその頃、大卒で自分よりも年下の担当者からあれこれクレームをつけられて悔しい思いをたくさんしました。
見返したい気持ちもあったので、当時、新築マンションが買える2,000万円の借金を抱え、思い切ってNC旋盤1台、研磨機1台に測定器1台の3つをそろえて会社を立ち上げたのが経営の発端です。
営業スタッフ不要の開発&アピール力が大きな強み

ーー起業時からの事業内容を改めてご紹介ください。
山下健治:
1986年に創業し、研磨作業の下請けを行っていました。法人化したのは1989年です。創業から数年後に金型の製造に着手しましたが、その際に戸惑ったのが、関西、名古屋、東京など地域によってつくり方が違うことです。しかし、各地方向けに研究を重ねてアレンジした結果、どんな製品ニーズにも対応できるような開発能力を身につけることができました。
機械で生産するときに金型や部品の凹凸を究極までなくすべく自社で開発したのが、バフ磨きを進化させた鏡面加工装置やAERO LAP(エアロラップ)です。これら自慢の商品は、弊社の開発力に対して周囲からの評価が各段にあがった功労者にもなっています。
ーー貴社は営業部門を置いていないそうですが、なぜでしょうか。
山下健治:
ありがたいことに営業スタッフがいなくても注文をいただけるからです。かつて、日刊の工業系新聞に取り上げられる会社に憧れたことから、記事に載るためにはどうすればいいかと考え、技術を磨いて賞をとることを思いつきました。
技術力を活かすだけでなく、世の中に役立つものを開発すれば、より注目が集まるようになります。地道な努力を続けた結果、独自のテクノロジーが認められ、日本発明振興協会や文部科学省といった権威ある機関の賞をとることができました。そのおかげで最近は1年のうちに何度もメディアに取り上げられるようになり、M&Aの誘いもしばしば受けるほどになりました。
自然と人が見に来てくれるようになったことも追い風です。会社見学を積極的に受け入れたり、展示会でお披露目したりすることで、私たちがどんな会社でどんな能力を持っているのか知ってもらえます。こうした活動が良いセールスアピールとなり、営業部門がなくても次の仕事の成約につながるのです。
タイでの成功例をもとに海外での販路拡大を計画
ーータイに進出したきっかけと今後の海外展望をお聞かせください。
山下健治:
知り合いの商社が仕入れていた商品が、たまたま弊社でつくっていたものと同種のものであったことがきっかけです。弊社のほうが安く提供できるので、先方から依頼を受けて出荷し始めたのです。
数百万円という物量を輸出しているうちに、「いっそのことタイに出てきてほしい」と求められ、現地法人を立ち上げ拠点を構えることになりました。おかげさまで、中小企業ながら無借金で自社工場を建て、約20年経った今でも順調に運営を続けています。
私たちが製造する金型のクオリティは世界でも高い水準にあります。タイでの成功を足がかりにして、アジア全体に進出したいと考えています。その際は、日本からというより、拠点化したタイを中心とした展開を考えています。タイを拠点にインド、中国、インドネシアなど、アジア各国で積極的に拡販する方針です。

ーー人事方針や求める人物像をおうかがいします。
山下健治:
人材育成には理論的で高度な手法がいろいろとありますが、要はいかにモチベーションを上げて人に動いてもらうかにかかっていると思います。
私の場合はまず、3Kと言われる仕事をできるだけ楽にするべく工夫を凝らし、働く環境を整えてきました。また、互いのコミュニケーションを深めるために「飲みニケーション」も欠かせません。これはさり気なく社員を褒める機会でもあるからです。
私は、外部から招聘する人に対して、際立った経営スキルを求めるわけではありません。それよりも社員を大事にして、やる気を引き出せる人物であることが重要です。そのような人に、ぜひ経営陣に加わっていただき、これから会社の指揮をとってほしいと考えています。
編集後記
インタビュー中、山下社長が少年時代から自立していた自身の過去を振り返る場面があった。「中学1年生から夏はジュース製造会社、冬はお餅店などのアルバイトを始めたので、それ以降一度も親から小遣いをもらったことがない」(本人談)。
持って生まれた才能に加え、早くから一本立ちして試行錯誤を繰り返したことで、多くのアイデアが生まれたのではないだろうか。アイデアで事業をを大きくしていった起業家としてのエネルギーを強く感じた今回のインタビューだった。

山下健治/1957年、兵庫県尼崎市生まれ。1976年、兵庫県立尼崎工業高等学校卒業。同年、森永製菓株式会社に入社。1986年、ヤマシタワークスを創業。1989年、株式会社ヤマシタワークスに法人改組し、代表取締役社長に就任。2005年、タイに現地法人を設立。2008年、財団法人日本発明大賞 本賞受賞。2009年、文部科学大臣賞科学技術賞受賞。2016年、春の叙勲 黄綬褒章受賞。尼崎商工会議所常議員、日本発明振興協会の評議員などを務める。