「多様なニーズに応える世界のパイプ役」をキャッチフレーズに、兵庫県で85年以上活躍する株式会社水登社。1938年創業の同社は、ショベルカーなどに取り付けられるパイプ(油圧配管)の製造販売を中心に、機械販売や航空機リース、さらには農業分野にまで、幅広い事業への挑戦を続けている。代表取締役社長の平井大介氏に、事業内容や異業種への取り組み、社内改革について、お話をうかがった。
商社マンからものづくりへ、改善活動で得た信頼と学び
ーー貴社に入社するまでの経緯と、入社後の苦労について教えてください。
平井大介:
祖父の代から続く会社なので、私は幼いときから家業を継ぐものだと考えていました。しかし、就職活動時には、外の世界も見たいと思い、一旦他の企業を経験することにしました。海外で仕事がしたかったため、総合商社の伊藤忠商事に入社しました。7年は勤めるつもりでしたが、先代である父からの誘いがあり、6年後に、弊社に入社しました。
ただ、当初はものづくりの経験がないことで苦労しました。あるとき、取引先のOBの方から「ものづくりというものを知らないといけない」と指摘を受け、アドバイスをいただきながら、改善指導に取り組みました。
具体的には、5日分の工程を1日ごとに管理し、効率を高めました。これにより作業時間を短縮し在庫も減らすことができましたが、現場からは、従来のやり方を変えることや、納期遅延リスクへの懸念から反発がありました。
そこでレゴブロックを使って製品製作のシミュレーションをし、現場を説得。1年かけて実作業に落とし込むことで、製造がスムーズに進むようになったのです。この経験は、現場との共通言語を学ぶ良い機会となりました。
「機械の血管」であるパイプ製造への挑戦 グローバル展開と「全天候型経営」
ーー貴社の事業内容を教えてください。
平井大介:
弊社では、ショベルカーなどの建設機械や消防車に使用される重要なパイプを製造しています。機械におけるパイプは、人間の血管にあたります。機械の「血液」である油を運び、機械全体を支える重要な役割を担っています。
最新テクノロジーを駆使した設計から加工に至るまで、技術の積み重ねにより、世界の大手メーカーとの強固な信頼関係を構築し、中国やフィリピンにも生産拠点を設けて取引を拡大しています。3代目のミッションとして、海外展開を進めています。また、2015年からは航空機リース事業にも参入しました。
グループ会社の株式会社セックでは、重工業メーカーのプラント設備、発電所や宇宙航空関連分野の機械装置など、世界で1つしかない設備の開発設計から製作、据付までを行っています。さらに、グループ会社の株式会社NEO DAISEIは、高速道路や一般道路におけるメンテナンス業務を中心に、設備管理や交通管理業務など、インフラ維持のためのさまざまな事業を展開しています。
こうした全天候型経営の戦略は、前職である伊藤忠商事で学んだ経験が活かされています。たとえ一つの業種の景気が悪くなっても、グループ全体で他の事業を支えていける体制を常に意識しながら経営に取り組んでいます。
ーー稲作事業も始めたそうですが、これも全天候型経営の一環ですか?
平井大介:
きっかけは、コロナ禍でワクチンの争奪が起きる場面を目にしたことでした。世界人口の増加にともない、食糧危機が訪れたとき、ワクチン争奪戦と同様のことが起こるのではないか、従業員とその家族の口に入るくらいの米をつくりたいと思い、米農家出身の従業員の家で、何度か手伝いをさせてもらいました。
米づくりの大変さは、想像以上でした。酷暑と雑草との戦いを通じて、担い手が少なくなり、離農や高齢化による担い手不足の深刻さを改めて感じました。最初は食料確保のための取り組みでしたが、現在では製造業の経験から、いかに効率よく稲作を行えるかに挑戦しています。現在は農家から7万平米の農地を借りて、農業の自動化を目指したモデルケースを構築し、将来的に農業の担い手を増やすことを目指しています。
「頭脳に汗をかく仕事」へシフト 自動化による変革
ーー自動化システムを積極的に導入しているとお聞きしました。
平井大介:
自動化システムを導入し、数字で現場を管理しています。これまでは、発注から納品までを全て現場に任せていましたが、システムを導入したことで、事務方でも各作業の進捗を正確に把握できるようになりました。今後、工場の品質改善にも自動化を導入していきます。
自動化が進むと、働く人が減ると考えられがちですが、私は必ずしもそうとは思いません。人は本来、身体に汗をかく仕事よりも、頭脳に汗をかく仕事に専念すべきです。もちろん、工場の全工程を自動化できるわけではありませんが、現状の生産技術部門と製造部門の人員割合を1:9から5:5に近づけたいと考えています。
そうすることで、知的作業が増え、さらに自動化が加速すると見込んでいます。この手法が成功すれば、同様に自動化に悩む中小企業にモデルケースを提供し、人口減少が進む中でも効率的な経営を実現できる企業が増えていくと確信しています。
多様性を尊重した人材戦略と自動化による新しい評価基準
ーー人材登用や人事評価についての考えをお聞かせください。
平井大介:
弊社では、十数年前から外国人や障がいのある方などさまざまな人材の採用を積極的に進めています。しかし、文化や経験が異なることで自然と歪みも生まれてきました。そこで昨年、性別や国籍問わず織り交ぜた選抜社員11名で、弊社社員たるものが持っておくべきバリューを6つ定めました。
感謝・チャレンジ・ルール・モラル・責任感・コミュニケーションという「6つのバリュー」こそが、弊社が求める人物像であり、社員のあるべき姿です。今後も多様な個性や価値観、ライフスタイルを認め合い、すべての人にチャレンジする機会を提供する公正で開かれた共同体を目指します。
社員の評価については、人が人を評価することは難しいため、数値化可能な自動評価システムを導入したいと考えています。将来的にはこのデータを基に、技術力とともに毎月のインセンティブに反映させることを目指しています。実際、弊社の中国工場ではすでにこの取り組みを実施しており、成果を上げています。
また、自動化はもちろん重要ですが、最終的には従業員の働く環境や福利厚生を、たとえ中小企業であっても大企業に引けを取らないレベルまで引き上げて充実させたいと考えています。そのために、現時点でできることは積極的に挑戦していきます。
編集後記
平井社長が従業員を心から大切にしていることが伝わってきた。社長からのトップダウンのみならず、社員からも意見を求めるボトムアップも取り入れて、それを実行に移していく平井社長率いる株式会社水登社。日本の人口減少や農家の高齢化などの社会問題にも積極的にアプローチし、ものづくりの企業として、今後も他社の追随を許さない斬新で柔軟な解決策を生み出していくに違いない。
平井大介/1978年、兵庫県生まれ。2001年、大阪大学卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。2007年、株式会社水登社に入社。2019年に代表取締役社長に就任。