株式会社日本ハウスホールディングス ~倒産の危機を乗り越えた経営者に見る“リーダーの矜持”~

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社長就任直後の経営再建

株式会社日本ハウスホールディングス 代表取締役社長 兼 CEO 成田 和幸 

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―社長就任直後の経営再建―

【成田】

4、5ヵ月くらい前に常務になって、そのあと3月に社長になりましたが、別にありませんでした。前の社長からも引継は3行くらいでしたし。何もなく社長になったのですが、なってからが大変でしたね。まずその時みずほ銀行から出向していた専務から、「会社の内容わかって社長を受けたのか、成田君」なんて言われて。その後1ヵ月くらいしたら監査法人が来て、「会社の内容はご存知ですか?」という話になって。「あれ?何かおかしいな」といううちに諸問題が出てきたという感じ。

別に社長になりたいとも思っていなかったし、もうそろそろ会社辞めて自分で商売やろうと思っていたから、あまり社長というものに執着心がない。そのときも多角経営がほとんど失敗していて、特にホテルとビール(が失敗していた)。海外で農場やったり、タイでは水産加工会社やったり、いろいろな多角経営のほとんど失敗している状況下でした。

私は日本ハウスの方の役員だから、そちらの多角経営の関連の内容は創業者しか知らないというのが現実で、えっというのが大きかったですね。もう受けるしかないし、受けたからにはやるしかないから、一番は多角経営のどれを残してどれをつぶすかという整理を銀行から出向してくれた専務と一緒に考えました。ただ救われたのは、みずほ銀行から来ている専務もやり手だったことと、その銀行がバックアップしてくれたことです。「バックアップしてあげるから、成田君思う存分やってごらん」と。

最初に、海外の農場やフロリダで経営していた競馬場や、タイの水産加工会社などをすべて転売なり損切りしてでも処分しました。次の大型は、当時創業者が仕切っていたビール事業です。今残っているビール工場より大きい工場が、那須と飛騨高山、九州と3ヵ所ありましたからね。それを何とか創業者に、もう強引に2年くらいかけて説得して事業をやめてもらいました。小さいビールと大きいビールの2つのビール会社の大きな方を整理して、創業の地にある10億くらいの小さなビール会社を残しました。

今度はホテルです。本来ホテルも大赤字なので売りたかったのですが、ホテルも売ったら日本ハウスが債務超過になってしまう。それで、小さいビール会社とホテルは経営して黒字にすると腹をくくりました。その時、副社長や専務が立て直しにがんばってくれてホテルとビールは2、3年で黒字になりました。では経営していけばいいだろうと今に至ります。結果的にはハウスもホテルもビールも全部黒字です。

社長プロフィール

President's profile
氏名 成田 和幸
役職 代表取締役社長 兼 CEO

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