新型コロナウイルスによる経済への影響は日に日に深刻さを増しています。

日本銀行が発表した4月の主要銀行貸出動向アンケート調査の結果、企業の資金需要が急増、その水準はリーマン・ショック直後の2009年1月以来の高いものとなっています。

感染拡大のペースが鈍化し、収束を迎えるのはいつになるのか、先行きは未だ不透明な状況です。

振り返れば、リーマン・ショック時にも多くの企業において業績が悪化、倒産などの深刻な事態に見舞われました。中小企業のみならず、大手も例外なく打撃を受け、日本経済も急速に悪化していったのは周知の通りです。

そんな折、日本を代表する航空会社が、リーマン・ショック直後に戦後最大の負債を抱えて経営破綻、会社更生法の適用を申請します。

このニュースは国内に衝撃を与え、再生はほぼ不可能との声もありました。しかし後の「再生請負人」となった経営者の手腕により、奇跡的な復活を遂げます。

今回は、その奇跡を生み出した経営者が起こした改革と、同氏の経営哲学についてご紹介します。

戦後最大の負債を抱えた企業の再生へ挑む決断をした「3つの大義」

2010年、日本を代表するフラッグキャリアである日本航空株式会社(以下、JAL)が事業会社としては戦後最大の規模である、2兆3200億円もの負債総額を抱えて経営破綻しました。

国はJALの破綻が交通インフラ及び日本経済に多大な影響を与えると判断し、3500億円もの公的資金を投入して経営再建に臨みます。

JALの破綻は、リーマン・ショックが引き金になったことは間違いありません。しかし以前から「親方日の丸」と揶揄されたその企業体質、経営の認識の甘さが批判の的となっていました。

そこで世界的メーカーである京セラ株式会社と、日本を代表する電機通信事業者であるKDDI株式会社の創業者であり、「新・経営の神様」とも言われている日本屈指の経営者、稲盛和夫氏が2010年、JALの代表取締役会長に就任。

JALの再建と経営体質改善へ向けて取り組みを進めていくことになります。

出典元:稀代の経営者・稲盛和夫氏が語る「あなたの仕事を楽しくする方法」|@DIME アットダイム

実は稲盛氏は当時、航空業界への知見がなく、年齢や周囲の反対もあり、会長職の打診を断り続けていました。

しかし、幾度となく就任を乞われ、JALを再生させることに「3つの大義」を感じ、最終的には無報酬でこれを受諾します。

この「3つの大義」とは、日本経済への悪影響を懸念したことと残されたJALの従業員のためであること、そして利用者を慮ってのことでした。

当時の心境について、2012年8月13日号の「PRESIDENT」で次のように述べています。

就任直後は「JALは2次破綻するだろう」とか「稲盛は晩節を汚すことになる」など、さんざん言われましたが、JAL再建の失敗は、私が創業した京セラやKDDIで働く人の名誉にも関わってくる。

「京セラやKDDIはたまたま成功したかもしれないが、JALはあんなざまではないか」と言われたのでは、京セラ、そしてKDDIを一緒に築いてきた社員にも申し訳ないとの気持ちが強くありました。
稲盛和夫が直言「伸びる人、立派になる人、いらない人」【1】 (2/4) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

並々ならぬ覚悟で臨んだJALの再生。次章ではその成功の要因となった稲盛氏のフィロソフィとアメーバ経営の手法をご紹介します。

「フィロソフィ」と「アメーバ経営」導入の成果

当時のJALは危機感も薄く、倒産したことへの当事者意識にも欠けていました。以前から批判されていた企業体質、経営への認識の甘さが露呈し、経営再建を阻んでいました。

そこで、稲盛氏は自身の経営哲学である「フィロソフィ」を説き、従業員への意識改革に取り組んでいきます。

手帳サイズの「JALフィロソフィ」を作り、「人間として何が正しいのか」を範とした、生き方や仕事への認識・心構えを従業員の共通認識として徹底させます。

さらに京セラでも採用していた部門別採算制度を導入。これは大きな組織を小さな集団に分け、それぞれリーダーを決定し、財務的に自立させるシステムで「アメーバ経営」の考え方に基づいた制度です。

これはそれぞれ小さな部門、つまりアメーバが、リーダーの計画の元にアイデアを出し、努力を続けることで目標達成につなげるというものです。従業員一人が会社の利益について考える全員参加型の経営システムの導入で、従業員のモチベーションをアップさせました。

稲盛氏の手腕が発揮され、2010年3月期には1337億円の営業赤字だったJALは、2012年3月期に2049億円の営業黒字へとV字回復を果たします。

また2017年、海外旅行情報サイトが実施したエアライン満足度調査において、「総合満足度」など3つの部門で首位を獲得しました。これもJALフィロソフィに基づいた従業員の仕事ぶりが評価されてのことだといえるでしょう。

人間として当たり前のあるべき姿を自ら示す

稲盛氏が開発したファインセラミックスの技術を中心にした会社、京都セラミック株式会社(後の京セラ株式会社)を興したのは1959年のことです。

実は、稲盛氏の前職の仲間が7名、共に会社をつくろうと参画していました。この7名が稲盛氏のもとに集ったのは損得勘定からではありません。苦楽を共にした仲間のために「力になりたい」と思い、稲盛氏の人柄に魅かれてのことでした。

会社や経営には「心ありき」というのが、稲盛氏の経営哲学の基礎になっている部分です。経営者として「経営」の本質、何をよりどころにすべきかを考える上でも同様でした。

うつろいやすく不確かなものも人の心なら、ひとたびお互いが信じ合えば、限りなく強固で信頼に足るものも人の心です。このように、「人の心と心の結びつき」が京セラの出発点となったのです。
心をベースとして経営する | 稲盛和夫 OFFICIAL SITE

JALの再生に際しても、まずは従業員の「心」を大切に考えていたという稲盛氏。

アメーバ経営やフィロソフィなど、自らの哲学を伝授するため会長補佐とともに研修や講義を積極的に行いました。そして講義の後には必ず缶ビールを飲みながら、よもやま話に興じることも忘れなかったようです。

そこでは講義での鬼気迫る発信とは一転、聞き手に回ったといいます。反対意見でも率直に話す部下を評価し、本音で語る機会も大事にしました。

稲盛氏は倒産という事態に動揺するJALの従業員たちの気持ちを汲み、自ら「フィロソフィ」、人間としてのあるべき姿を示し、ネガティブな発言は決してしなったそうです。

その人柄と「心」に触れる機会をつくり、信頼を得たからこそ、当時約3万人いたJALの従業員に稲盛氏の考えが浸透していき、奇跡なV字回復へとつながったのかもしれません。

まとめ

日本を代表する企業をつくり、JALの再生をも成功させた稲盛氏。

著名なリーダーであるにもかかわらず、無償でJALの会長職を引き受け、従業員ひとり一人に声をかけるなど、リーダー対従業員というよりは、1人の人間として向き合ってくれる、暖かい「心」を感じました。

何となく沈んだ気持ちにありがちな世相で忘れがちな「人間として何が正しいのか」。それを再考し、前向きに実行することが今あらためて必要なのかもしれません。

【記事掲載日 2020.5.7】

▼参考サイト
稲盛和夫 OFFICIAL SITE
稲盛和夫が直言「伸びる人、立派になる人、いらない人」【1】
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