新型コロナウイルスの感染拡大が続いています。世界の感染者数は前回お伝えした4月24日正午時点の260万人から増加を続け、現在290万人以上(※)、国内の感染者数は1万3,000人(※)を超えました。
※いずれも日本時間の4月27日正午12時時点

4月16日には、安倍首相がウイルス感染防止対策として発令された緊急事態宣言を全国に拡大することを表明しました。

先に発令されていた東京や大阪など7都府県に加え、40道府県の知事にもこれまでより強い権限が認められたこととなり、都市部だけにとどまらず、地域にも経済的ダメージを与えることが懸念されます。

本企画の初回では、バブル崩壊やリーマン・ショックを逆手に取り、危機をチャンスと捉えて、後の成長へつなげた株式会社ニトリホールディングスの似鳥昭雄会長が「危機に直面した時に、どんなことを考え、行動したのか」」についてご紹介しました。

<ニトリホールディングス 似鳥会長の危機を乗り越えたエピソードを紹介した記事はこちら>


今回は、現在のコロナ大恐慌と同じように未曽有の危機であったリーマン・ショック後に宇宙関連事業を新規事業として立ち上げ、見事軌道に乗せた経営者をご紹介します。

「自発」「自覚」「自治」の三自の精神を指針とするキヤノングループ

キヤノングループは、カメラ用のユニット、プリンター・ドキュメントスキャナーなどの開発、生産及び販売を手がける精密機械メーカーです。

その連結子会社であるキヤノン電子株式会社(以下、キヤノン電子)は、キヤノングループに向けた電子機器製品の他、独自にITサービス事業も行っています。

出典元:宇宙事業は「成功を信じてやるしかない」―酒巻久(キヤノン電子社長) | 経済界

キヤノン電子を率いる代表取締役社長、酒巻久氏は、1967年にキヤノンに入社。VTRの基礎研究を始め、複写機やファックス、ワープロ、パソコンなどさまざまな製品の開発、研究に携わりました。技術者として多くのアイデアを生み出し、700件近くの特許も取得しています。

その功績が認められ、1999年3月、業績が低迷していたキヤノン電子の社長を拝命し、同社の再建を託されました。

酒巻社長はキヤノングループの行動指針の原点であり、創業期から脈脈と息づく『三自の精神』に立ち返ります。

何事にも自ら積極的に取り組みルールを課し、そして自分の置かれている立場や役割を自覚すること、「自発・自治・自覚」の3つの「自」を強く意識したといいます。

チャレンジしたことが成功するかどうかよりも、チャレンジできるかどうかを重視するのがキヤノン電子、キヤノングループの社風であり、失敗したとしても、それを次に生かせるかどうかが重要だと、酒巻社長は言います。

酒巻社長が行った生産性向上施策とは

酒巻社長は、キヤノン電子を立て直すために、積極的に無駄をなくし、生産性の向上を目指します。

まず取り組んだのは、業務で使用しているパソコンの使い方でした。パソコンのログから、使用状況を把握し、ロスのある使い方になっていないかを分かるようにしました。

さらに、会議は「立って」行うことを決め、立ち会議専用の机を配置。場所を選ばす、最低限の人間で行う立ち会議で時間の短縮を図るとともに、業務も可能な限り立って行うことを推奨しました。

その結果、無駄な残業を減らしつつ、社員の効率を上げることに成功。これは、人や物、場所の間隔を狭め、業務効率改善につなげる「間締め」の取り組みの一つです。

工場では、目標とする生産性達成のための最適な動き、早さを体感させる試みも行いました。

社員がアイデアを出し、最適な速度から遅れ、緩慢な動きをしていたらベートーベンの『運命』がアラームとなる装置を導入し、作業スピードを体感できるようにしました。

これらの施策により、形骸化しつつあった『三自の精神』を再度醸成させ、キヤノン電子の復調へとつながっていきます。

経費削減と生産性向上を徹底した結果、キヤノン電子の売上高は450億円(1999年度)から1060億円(2007年度)と約1.4倍増、売上高経常利益率は1.5%から14.1%と9倍以上の成長を遂げ、キヤノン電子を高収益企業に導くことに成功しました。

宇宙ビジネス参入の経緯と成功の理由

2009年、リーマン・ショック後でありながらも、キヤノン電子は新たな領域である人工衛星事業、宇宙ビジネスに参入します。

酒巻社長は宇宙ビジネス参入の理由について、次のように述べています。

今のままでは日本は負けてしまう。だから日本に恩返しするためにも、日本で宇宙産業の基礎を作っておきたい。それで、キヤノン電子の利益の3割でもいいから、継続的に宇宙に投資したいと考えたんです。そんな“バカ”な経営者はあまりいないけどね(笑)。
引用元:宇宙事業は「成功を信じてやるしかない」―酒巻久(キヤノン電子社長) | 経済界

その後、本格的に人工衛星の開発に着手。人工衛星に搭載する部品はすべて内製化し、部品発注の工数とコスト削減を実現させ、2017年6月、設立から8年で小型人工衛星の打ち上げに、なんと1回で成功させました。

酒巻社長はある人から「なぜキヤノン電子は1回で成功したのか?」と問われ、こう答えたそうです。

「それで「全部自分たちのお金でやっているからでしょう。緊張感が違うんじゃないですか」と答えたんです。自分たちのお金だから、私たちは本気なんです。」
宇宙事業は「成功を信じてやるしかない」―酒巻久(キヤノン電子社長) | 経済界

酒巻社長の覚悟と信念が、キヤノン電子初の宇宙ビジネスを成就させたといえるでしょう。

また、2019年11月には、キヤノン電子が出資を行う宇宙ベンチャー企業「スペースワン株式会社」が建設を手掛ける、国内で初めて民間が建設したロケット発射場「スペースポート紀伊」の起工式が執り行われました。

発射場は2021年夏の完成予定で、2020年代半ばには、年間20回打ち上げる計画を立てており、酒巻社長の挑戦は、まだまだ始まったばかりです。

まとめ

新型コロナウイルス感染症の影響が、国内外に暗い影を落とす中、現状を悲観して嘆いているだけでは何も変わりません。

今だからこそ、前向きな自発・自治・自覚を指す「三自の精神」を見習った行動を起こすことが、現状を打破するきっかけとなり得るかもしれません。

【記事掲載日 2020.4.27】

▼参考サイト
新型コロナウイルス感染症について-厚生労働省
政府、7都府県からの流入阻止 全国に緊急事態宣言、安倍首相押し切る:時事ドットコム
首相、緊急事態宣言 全国に対象拡大と表明:日本経済新聞
「成功につながる失敗」とは?三自の精神から始まるクリエイティブな革命たち- (page 2) -賢者の選択(株式会社矢動丸プロジェクト)
燃える目標で育つ現場 宇宙事業に挑むキヤノン電子:日本経済新聞
不況期だからこそできることがある (1/3) - ITmedia エグゼクティブ
「やさしさ」こそが人を育て、企業を伸ばす~キヤノン電子を高収益企業に革新したマネジメント術~(株式会社 日本能率協会コンサルティング)
酒巻久の経歴と人柄について:Simple Life Technique
キヤノン電子・酒巻社長直伝「本物の時短」とは:日経ビジネス電子版
高収益企業を実現する体質改善と構造改革 2013年11月20日キヤノン電子株式会社 代表取締役社長
キヤノングループで異彩を放つ酒巻流「リーダーのあり方、育て方」――酒巻 久(キヤノン電子社長)| 経済界
宇宙事業は「成功を信じてやるしかない」―酒巻久(キヤノン電子社長)| 経済界
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