新型コロナウイルスの感染拡大は、日本のみならず世界経済にも大きな影響を及ぼした。企業活動も制限され、日本のモノづくりの現場が受けたダメージは深刻だ。

感染拡大の峠は越えたとされ、経済活動が再開されるなど明るい兆しも見えている中、「アフターコロナ」を見越した、新しい変化に対応できる力が求められている。

セキセイ株式会社は、創業88年を迎える老舗文房具メーカーであり、こだわったモノづくりを続けてきた。

2代目経営者である西川雅夫会長は柔軟な発想を活かし、少し前まで売れ筋であった商品が突如売れなくなるという特殊な業界の中で、『シスボックス』や『スマタテペン』など、数々のヒット商品を世に送り出してきた。

どんな状況でも決してあきらめず、「なんでやねん」と常に思い、新しい道を切り拓く西川会長。「アフターコロナ」の時代の流れを掴むためにはどのようなスタンスで望むべきなのか、話を伺った。

※本ページ内の情報は2020年6月12日時点のものです。

設立70周年を迎え、先代の思いを形にリスタート

―令和元(2019)年、愛くるしいセキセイインコのペアが入った社章バッジに一新されました。その経緯をお聞かせいただけますか。

西川 雅夫:
セキセイ株式会社は、父である先代が文具卸として修行を重ねて独立、立ち上げた「西川誠一郎商店」からスタートしました。その西川誠一郎商店が法人化し、当社の礎を築いてからちょうど70年の節目を迎えたのが令和元年だったのです。

そこで当社のシンボルでもあるセキセイインコのペアにファイリング用品を中心としたメインブランドの「sedia(セディア)」を入れた新しい社章バッジをつくることにしました。

当社が「セキセイ」の名を社名に冠して法人化した当時は、戦後の混乱が続く時期。傷ついた人々の心をいやす存在として、愛くるしい小鳥たちが人気を集めていました。

先代は、そんな小鳥たちのように、「誰からも愛される文具メーカーでありたい」という思いを社名に託しました。設立70周年を迎え、セキセイインコを全面に打ち出し、あらためて先代の思いを形に、新たなスタートとしたいと考えたのがきっかけです。


―御社からは数々のヒット商品が生まれていますが、特に印象深い商品はございますか。

西川 雅夫:
『シスボックス』のヒットは忘れられませんね。

『シスボックス』は書類や資料をただ入れるだけで、簡単にファイリングできる商品で当社の主力商品の1つです。発売は1980年代の半ばで、ちょうど社長に就任した時期と重なります。

今でこそ「縦」の収納は珍しくありませんが、当時はとにかく入れておくだけで整理ができる『シスボックス』のような商品は珍しかったのです。輸入品など同様の商品もなくはありませんでしたが、必ずしも使いやすいものとはいえませんでした。

そこで、デザインも含め、使い勝手にこだわったセキセイならではのファイリングボックスとして、新たな商品を『シスボックス』として発売しました。

価格を従来品よりかなりリーズナブルに設定したのも手伝い、1年で10万個を売り上げました。発売当時からほとんど返品がないほど飛ぶように売れた経験は、本当に忘れられないものになりましたね。

現在、『シスボックス』は色や形など豊富なバリエーションを取り揃えており、 セキセイの主力商品としての地位を不動のものにしている。

売れなかった商品はもちろんですが、これを機にヒットした商品の「売れた理由」を追求するようになりました。売れない理由は誰もが考えますが、案外「売れた」理由についてはそこまで追求しません。

私は売れた時こそ、「この商品はどうして売れたのだろう?」と分析する必要性があると思っています。「なんでやねん」と常に考え続けることは欠かしません。

ヒット商品やアイデアを生み出した「なんでやねん」誕生秘話

―会長の「なんでやねん」が御社のモノづくりの原点になっているように感じます。疑問をつきつめ、解消しようとアイデアを練るスタンスは、いつ頃に生まれたのでしょうか。

西川 雅夫:
幼少時から図画工作が好きで、モノづくりは得意としていました。加えて、小学校から高校まで通った大阪教育大学附属天王寺小学校でのスタンスが影響しているかもしれません。

学校では子どもの「なぜ?」をとことん大切にする教育方針を採用していました。潮の満ち引きや月の満ち欠けといった身近な不思議を子どもたちに考えさせ、自分なりの答えを出させることで、豊かな発想へと導くのです。

ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥氏も同窓ですし、独創性を育む風土のある学校で学べたことは、今の「なんでやねん」にもつながっているのかもしれません。

「なんでやねん」の発想で、会長となった今でも、商品開発には参加していますよ。

テレワーク需要を掴み、新たに誕生した人気商品

―今回の新型コロナウイルスの感染拡大の影響は経済にも暗い影を落とし、モノづくりの現場も試練を迎えています。これまで幾多のピンチを切り抜けて来られた西川会長は、今回のコロナショックをどのように捉えていらっしゃいますか。

西川 雅夫:
2008年のリーマン・ショック後に円高から円安に振れた時は、当社も厳しい状況が続きました。製品の半分は海外で生産しており、円安になると仕入れのコストが増加、利益が完全に飛んでしまうケースもあったからです。

ただどんな時も、「なんでやねん」と考えるのをやめなければ、自ずとアイデアは浮かんでくるものです。若い頃ほど体力がなくなっても、お酒を飲んでいても、ピンチであっても同じで、逆に良い発想を見い出すチャンスでもあるということです。

新型コロナウイルスの感染拡大で自粛やテレワークが進んだことにより、「不要不急」な事柄の多さに気づかされました。会議や会合を行ってさまざまな議題を話し合ってきましたが、なくなっても何の不都合もないからです。

もちろん物流などリモートが難しい分野もありますが、8割近くをテレワークにしても会社は回っていきます。全員が出社しなくても、自宅で十分にパフォーマンスを発揮できるという事実に気づくことができたのは、ある種の収穫でもありました。


―テレワークを採用する企業が増えたため、注目を集めている商品があると伺いました。

西川 雅夫:
1本で3役を兼ねる、『スマタテペン』です。

ボールペンとしての役割以外に、スマートフォンやタブレットのタッチペンとしても使え、さらにスマートフォンを立てるスタンドにもなるのが特徴です。

テレワークの際の便利なアイテムとして、複数のメディアにも取り上げられました。イタリア語で扉を意味し、スタイリッシュな文具が揃うブランド『Laporta(ラポルタ)』からのラインナップです。

そのため『スマタテペン』は、便利な機能とデザイン性を兼ねていると好評で、今とても売れています。テレワークを行う方々の需要にはまったのだと思いますね。

『スマタテペン』のカラーラインナップと実際の利用例

今必要なものが今後も必要とは限らない

―御社は紙の書類や資料をファイリングする『シスボックス』からデジタル周りの文房具『スマタテペン』まで、時代に合った文房具を誕生させてきました。『シスボックス』から『スマタテペン』に至るまでのユーザーニーズの変化についてどのように感じていらっしゃいますか。

西川 雅夫:
私たちは書類や情報の整理・保管をお手伝いするファイリング・カンパニーとしてさまざまな文房具をご提案してきました。メインブランドの「sedia(セディア)」は、セキセイ株式会社の「se(セ)」とメディアの「dia(ディア)」にちなんだ名前です。

もともとは学校や役所など、業務上常に書類で溢れかえっているデスクを、何とか整理整頓し、効率よく仕事をこなせるようにしたいと考えたのが『シスボックス』を販売したゆえんです。こんなに散らかるのは「なんでやねん」と。

例えばバターナイフは立てて収納できるのだから、書類や資料だって縦に立てればいいのではないかと閃いたのです。

書類や資料も電子化が進み、ファイリングの需要は減り始めてきました。次に目をつけたのがアルバムです。

それまでは特殊接着剤を塗った台紙に写真を置き、上から透明のフィルムでおおうタイプのアルバムが主流でした。しかしこれはとても時間がかかり、一度貼り付けてしまうとなかなか剥がれません。

皆、もっと簡単なアルバムを求めているはずだと考案したのが、ポケット式アルバムでした。

その時代時代において、求められているものは何か、もっと便利なものは何かと常にアイデアを練る、その方針は変わりません。

しかしスマートフォンの出現によって、写真をプリントする文化も廃れました。「これまで必要であったものが今後はいらなくなるかもしれない」、そういう視点を持ち続けることが大事です。

挑戦を結実させるための3つの信条

―新型コロナウイルスの感染拡大で、状況やニーズは変化しました。時代が目まぐるしく動く中、老舗文房具メーカーとしての御社の未来像をお聞かせください。

西川 雅夫:
パソコンの出現で書類や資料も電子化が進み、スマートフォンの登場で写真はプリントしなくなりました。今後はAIが普及し、また何かが不要になる可能性があります。そんな未来の中でも、私たちは時代に乗っていかなくてはなりません。

新しい流行にすぐに乗れる「身軽さ」、乗った後で違うと思ったら、すぐに軌道修正や方向転換を試みギアを「チェンジ」する、そして将来性がない、「あかん」と判断したらすぐに「撤退する」。

この3つを信条に、アプリと連動した文房具の開発など、新しいことに果敢にチャレンジし続けるのが目標です。時代によって、求められる役割は確かに変わります。

しかし老若男女、皆さんにとって身近で常に喜んでいただける商品を提供し続けていく姿勢は創業からずっと変わらずに続けていきます。

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編集後記

記事以外にもたくさんのアイデアや構想について語ってくれた西川会長。新型コロナウイルスの感染防止対策のグッズのアイデアも温めているそうで、商品化が楽しみだ。

同社の象徴でもあるセキセイインコにちなんだ「いいインコの日」の11月15日記念日登録はSNSを中心に話題となり、若いユーザーからも注目を集めることになった。

2020年6月1日に社長に就任したご子息の西川 智也氏と共に、老舗としての矜持と若いユーザーも魅了する大胆な発想力の両輪で、今後もあっと驚く商品を発表してくれるに違いない。

西川 雅夫(にしかわ まさお)/1948年大阪生まれ。甲南大学経営学部卒業後、大阪リコーを経て、1972年セキセイ株式会社に入社、1985年に社長就任。2013年から代表取締役会長を務める。全日本文具協会理事、大阪紙製品工業会副会長、大阪ファイル・バインダー協会会長、関西・日本フィンランド協会理事、大阪デザインセンター理事、DAS総合デザイナー協会会員、日本の伝統を守る会会員、芦屋大学客員教授などを歴任。2009年春には黄綬褒章受章。2007年著書『なんでやねん』、2011年『新なんでやねん』、2017年『超なんでやねん』も出版。趣味はヨット、絵画など。

※本ページ内の情報は2020年6月12日時点のものです。