※本ページ内の情報は2023年12月時点のものです。

バブル崩壊やコロナ禍などの苦難に見舞われながらも、社会に求められるシステムを開発し続けてきたのが、株式会社クレアンスメアードだ。

人工知能やDX、メタバースなど、最新技術が続々と登場するIT業界。同社は社会をより良くするため、特許を取得したポイント一元管理システムなど、時代の流れを読んだ価値のあるサービスの構築に邁進している。

事業の根本には「良いシステムを開発したい」という思いがあると話す代表取締役社長の菊池一夫氏に、バブル崩壊を乗り越えた方法や同社の強みなどを聞いた。

創業の理由は「良いシステムをつくりたい」という思い

ーー1985年に会社を設立したときは、社員はおらず菊池社長1人だったとうかがいました。当時からすでに会社を大きくしていくイメージを持たれていたのか、創業時の状況や気持ちを教えてください。

菊池一夫:
創業後にまず始めたのが、電機メーカーの二次下請けのような仕事です。当時は大型コンピュータが主流で、たとえばそれを使って金融機関向けにOCRという光学的文字認識の仕組みを提供したり、競馬場向けにオッズを提供する仕組みを構築したりしていました。トラブルなく動いて使えたときは、達成感があって本当に面白かったですね。

従業員については、創業から半年ほど私1人で事業を行い、それから少しずつ人員を増やしていきました。私は「良いシステムをつくりたい」という思いで会社を立ち上げたので、お金については深く考えていなかったのが正直なところです。

バブル崩壊の苦境を乗り越えられた理由

ーーその後バブルが崩壊して、日本中が不況に見舞われたかと思います。やはり、バブル崩壊以前とは大きく状況が変わりましたか。

菊池一夫:
創業時はバブル崩壊前だったので、仕事は永遠に続くものだと思っていました。下請けとして一社ときちんと付き合っていれば、そのなかで仕事はどんどん拡大していくと勘違いしていたのです。それがバブル崩壊により仕事がほとんど無くなり、倒産の危機に陥りました。

また、当時はCOBOLというプログラミング言語と大型コンピュータを使っていましたが、私はこの2つが時代の流れにそぐわないと考えていたのです。

コンピュータが小型化していく時代に合わせるために、プログラミング言語を変えなければいけなかった。このときに、スキルを切り替えられない従業員や、私とは価値観が異なる従業員が辞めていってしまいました。

ーー仕事が減り、従業員も辞めるなど大変な時期だったと思いますが、どのように乗り越えられたのでしょうか。

菊池一夫:
新たに始めたことの一つが、顧客を増やすことです。それまで一社とだけ付き合ってきたので、バブルの影響を受けて急に仕事がなくなってしまいました。ですから、もっと顧客を増やす方向に戦略を切り替えました。あとは、自社で企画ができるようにならないと今後は生き残れないと実感していたので、ゲームソフトの開発も始めました。

そして2000年にはポイント管理システムASPの提供をスタートしました。当時はアメリカで航空会社のマイルシステムが始まって成功していたので、日本にもポイントシステムの波が来るだろうなと考えてポイント一元管理システムを特許申請しました

お堅いけどエンタメ要素があるのが強み

ーーバブル崩壊や従業員の退職などの苦難を乗り越えることができた理由についてお聞きしたいです。貴社の強みは、どういった点にあるとお考えですか。

菊池一夫:
1つは、堅くありながらカジュアルな要素を兼ね備えているところです。弊社では、競馬場や金融機関向けのシステムを作るなどの経験からセキュリティに対する考え方が社内に根付いており、かつ、ゲーム開発もしていたのでエンターテインメント要素のあるサービスのご提案もできました。堅さとエンタメ性という一見すると相反する発想を兼ね備えたサービスは、弊社ならではの面白さだと思っています。

また、弊社のシステムは業種業態を問わない統合型クラウドだという点も強みです。たとえば複数のブランドを保有している大手企業が弊社のシステムを使えば、それぞれのブランド毎のポイントサービスを活かしつつ、クラウド上で統合管理でき、シンプルで管理しやすくなります。また、インターネットと店舗の情報を統合して一元管理することももちろん可能です。また、他社システムとの連携やカスタマイズ性にも優れています。

根底にあるのは「お金は感謝の代わり」という価値観

ーー貴社にどういった人材が来てほしいか、イメージする社員像はありますか。採用について教えてください。

菊池一夫:
採用の際に最も重視しているのは、弊社の経営理念に賛同しているという点です。経営理念に賛同した上で、ある程度のスキルがあると良いですね。私は“お金は感謝の代わり”と思っていて、感謝される仕事をしたから、その報酬としてお金をもらえると考えています。

私自身、創業したときは「良いシステムを開発したい」という思いが根底にあって、お金のことを特に考えていたわけではありませんでした。ですので、相手に感謝される仕事を一緒にしたいと思ってくれる人たちに集まってもらいたいです。

編集後記

菊池社長は今後、コロナ禍を乗り越えてでニーズが高まっている非接触サービスの提供、そしてフィリピンにある関連会社を拠点とした海外進出にも力を入れていきたいと展望を語る。

バブルの崩壊を経験しながらも、時代の流れに合わせたさまざまな挑戦で成長を続けてきた株式会社クレアンスメアード。一体どのような革新的なサービスを生み出すのか、社会を動かし時代を変える、株式会社クレアンスメアードの次の一手が楽しみだ。

菊池一夫(きくち・かずお)/1985年に23歳で日本アプリケーション株式会社を設立。請負・ゲーム開発を中心に事業を拡大し、2000年より共通ポイントシステムASPの提供をスタート。2005年に株式会社クレアンスメアードに社名を変更し、システムの自社開発を進める。