心臓周りはデリケートな部分ゆえに遠隔医療においても特に慎重を期す必要のある領域だが、そこに果敢に挑んで急成長を遂げているのが株式会社リモハブ(2017年設立)。クラウドを使用した遠隔操作での心臓リハビリプラットフォーム開発を進めるベンチャー企業だ。
日本では新規株式上場をゴールにするスタートアップが多い中、米国でメジャーなイグジット(投資回収)といえばⅯ&Aだろう。リモハブは大手企業のエア・ウォーターにM&Aの形でグループインし、DTx領域では国内で初めてのイグジット成功例をつくった。現在は、その大企業のインフラやリソースを活用することで、ビジョンの実現に向けてさらにドライブがかかった状態だ。
現役で診療しながら指揮を執る、代表取締役社長の谷口達典氏がどのような考えをもった人物か、会社のビジョンとともに人物像に迫った。
これまでにない医療技術で「健幸」を提供するミッション
ーー事業のビジョンについてお聞かせください。
谷口達典:
弊社はオンラインの遠隔医療を通じて、世界のヘルスケアを前進させることをミッションとして活動しています。
人生100年時代のいま、長生きして自分の口で食べて自分の足で歩き、トイレに行くという生活ができ、身体的にも健康、精神的にもハッピーでいたいと誰しもが願うはずです。
世界の人に健康と幸せ、つまり「健幸」をお届けするのが私たちの目指すビジョンです。
具体的には「今までになかった医療をつくる」というコンセプトの中で、医療機関と患者の自宅をつなぎ、遠隔で心臓リハビリが行えるプラットフォームを社会に実装しようと考えています。
現在のところ、植え込み型の人工心臓やペースメーカーなどの医療機器はほとんどが海外製なんですね。「日本製のものがもっとあったらいいのに」と、日本人のものづくり技術を医療機器にも活かしたいと思ったのもきっかけの1つです。
ーー起業するほど高いモチベーションの根底には何があるのでしょう?
谷口達典:
やはり多くの患者さんを救いたい、という気持ちが根本にあります。ただ、それを実現するためには、推進力になるスピリットが欠かせないと考えます。
たとえば、何かものをつくるときに熱意だけではつくれませんし、スキルや知識はあっても熱意がなければ形だけのものしかできない。熱意×スキル・知識を実現してこそプロフェッショナルだと思っています。
そして謙虚さも大事だと思っています。謙虚でいることによって、周りの人たちの意見に真摯に向き合うことができたり、「自分はまだまだだ」と感じることでもっと成長したい気持ちが生まれるからです。
現場のニーズから生まれたアイディアを、治験を通して医療機器の形にし、社会に届ける
ーースタートアップする前に経験したことをお聞かせください。
谷口達典:
スタンフォード大学発の医療機器開発人材育成プログラムに参加しました。
ここでは医療機器の開発のために必要な項目を1つ1つ学びます。例えばビジネスモデルについて、薬事戦略や法的規制、資金調達面などバリエーションは豊富です。
医療機器特有のニーズがあり、それを言語化してみんなが分かるようにして、ソリューションをチームで考え課題を解決する。こうした流れで学習したことは、起業する上でも非常に役立つ経験になりました。
ーー貴社の強みはどんなところでしょうか?
谷口達典:
私たちの強みは全国の医療機関のご協力をいただきながら医療機器として求められる有効性や安全性を治験を通してしっかり確認しようとしていることです。これにはお金もかかるし、時間もかかるため企業側としてはできる限り避けたいと考えているところですが、私たちは新規性の高い製品でも医療者や患者の方々に品質が担保されたものを安心して使っていただくため遠回りしてでも治験を確実に行っています。
また、親会社であるエアウォーターとの連携も大きな強みです。リスクテイクの重要性も理解しながらサポートしてもらえていますので、実験的な試みにもトライしやすい環境が与えられています。
そしてディスカッションを重ねながら機器の使いやすさはもちろんのこと、何よりも高い安全性を確保できるように開発を進めています。
同じヘルスケアといっても、医療を根拠に取り組んでいるのが他社と差別化できるポイントです。医療はエビデンスをつくったり、医療機器を製造販売するための体制をつくって、その許可をとるにも手間と時間がかかりますから、異業種から簡単に参入できるものではありません。
医療をバックボーンにしたヘルスケアを提供できるのは、弊社ならではのものです。
ーー今後の展望をお聞かせください。
谷口達典:
現在進めている遠隔心臓リハビリを軸に、二つの方向性で進化させていきたいと考えています。まずはこのシステムでできることを増やしていき、運動だけでなく栄養指導、服薬指導、生活指導といったものを組み合わせて、遠隔であっても在宅患者に包括的な疾病管理が行えるようにしていきたいです。
また、心不全だけではなく、心疾患、生活習慣病、認知症予防、慢性腎臓病、がん、COPD(慢性閉塞性肺疾患)といった、運動療法が有効といわれる他の疾患にも対象を拡大し、より多くの方の生活の質向上に貢献できるプラットフォームにしていきたいと思っています。
ーー最後に、人事採用面で求める人物像を教えてください。
谷口達典:
人材は優秀な方が続々と集まってきてくれていてありがたい状況ではありますが、弊社では特に開発に力を入れているので、エンジニアはさらに補強したい職種ですね。
職場はお互いリスペクトしながら助け合えるいい環境だと思います。
弊社の理念に共感し、たくさんの人の役に立つプロダクトをつくりたい方、その証を世に残したい方にはぜひ扉を叩いていただきたいですね。
編集後記
谷口社長は父親も心臓専門の医師であり、「現在の道に進んでいなければ、そのまま循環器の道を突き進んでいた」と話すように、生粋の心臓スペシャリストだ。
循環器内科の若手医師たちが集まるU-40心不全ネットワークの代表幹事を務めた経験を持ち、現在でも循環器内科の医師として診療を続けている。
土台がしっかり築かれている同氏だけに、新機軸の普及にかける熱意と伸びしろに期待が募るばかりだ。
谷口達典(たにぐち・たつのり)/1981年大阪府生まれ、2006年大阪大学医学部卒。循環器専門医として臨床・研究に従事。大学院在学中にスタンフォード大学発プログラムであるジャパン・バイオデザイン第一期フェローとして活動。2017年に同プログラムからの第一号企業となる株式会社リモハブを創業。オンライン管理型心臓リハビリプラットフォームの開発に取り組む。リハビリ領域の遠隔医療として日本初となる医師主導治験を進め、2022年DTx領域では日本初となるM&Aによるイグジットを果たした。