※本ページ内の情報は2023年10月時点のものです。

コロナ禍以降、自宅の滞在時間が増えたことでスマホで気軽に楽しめるサブスクリプションサービスの需要が急拡大した。

そんな中、雑誌の定期購読に特化したオンライン書店「Fujisan.co.jp」を運営しているのが、株式会社富士山マガジンサービスだ。

同社のサイトでは10,000タイトル以上の雑誌を取りそろえ、オンラインで簡単に定期購読の申し込みができる。

雑誌のブランド力や売上低迷が続く中、正確な情報を発信し、出版業界も利益を確保できる配信プラットフォームの構築を目指す神谷社長の思いについて伺った。

富士山マガジンサービスを起業した経緯

--起業された経緯についてお聞かせいただけますでしょうか。

神谷アントニオ:
カリフォルニア大学のバークレー校を卒業後、同じ大学に通っていた友人と1998年にFujisan.com, Inc.を起業したのが始まりでした。

最初のうちはウェブサイトコンテンツの翻訳をするローカライゼーション事業をしていたのですが、当時日本の書籍を取り寄せるのに1ヶ月かかっていた問題に着目した友人
が「在米日本人に書籍を販売するサービスをやろう」と言い出したんです。

そこで事業転換をしたのですが、2001年にアメリカ同時多発テロ事件が起きてから日本企業が相次いで撤退してしまい、需要が一気に減ってしまいました。

そこから会社を立て直すため日本に戻ったときに、国内で雑誌の定期購読が伸び悩んでいることに目を付けました。

その頃は雑誌の中に定期購読の申し込み用ハガキが入っていて、届け先などを記入して送付し、指定の口座へ振込をするというプロセスだったんです。

こうした手続きの煩雑さが読者にとってネックになっていると感じ、インターネットで雑誌の定期購読ができるサービス「Fujisan.co.jp」を立ち上げ、2002年に株式会社ネットエイジ(現ユナイテッド株式会社)の事業として現会長の西野、当時取締役を務めていた友人らと富士山マガジンサービスを創業しました。

日本の出版業界構造の変化

--創業されてからどのような点に苦労されたのでしょうか。

神谷アントニオ:
創業時の出版業界では日本はアメリカに比べて2年遅れていると言われていて、アメリカのビジネスモデルを日本に持ってくる形でタイムマシン経営ができると思っていました。

しかし、日本とアメリカの出版業界の文化や構造が大きく異なり目論見が外れました。
というのも、当時の日本の出版業界は、書店と出版社を繋ぐ販売会社である出版取次が市場を独占し大きな影響力を持っていたんです。

そのため、多くの出版社が直接販売の交渉を受け付けてくれないところが難点でしたね。アメリカでも出版取次はありますが、多くの場合は出版社に直接交渉できた点が大きな違いでした。
そこで私たちは、定期購読のポータルサイトやデジタル雑誌として提供する仕組みなどを新たにつくり、出版社と直接取引ができる状況に変えていきました。

こうした私たちの活動が徐々に実を結び、少しずつ直販ルートも増え始め、出版業界の構造も大きく変わりました。

在宅勤務ならではの社員教育の難しさ

--貴社の直近の課題についてお聞かせください。

神谷アントニオ:
西野と私が会社を引っぱる立場になってから20年が経ったので、そろそろ次の世代の人たちに引き継ぎをする体制を整えていかなければならないと思い、5年ほど前から動き始めました。

これまでは雇用責任者が採用を行っていたのですが、私が社長になってから人事組織を立ち上げ、採用や教育、人事評価制度の構築に力を入れてきました。

その中でも特に苦戦しているのが社員への教育ですね。

社員が自分たちでいい会社を作っていくぞという気持ちで仕事に取り組んでいれば、だれかが会社を去った後でも高いレベルのまま維持できると思うんです。

そのために、どうすればみんなに成長を感じてもらえるかというのが私のテーマですね。

弊社は現在のところ月に1回出社すればいいのですが、在宅勤務をしている彼らをマネジメントするのは難しいなと感じています。

リモートだと彼らが今何をしているかが見えないので、この仕事をやってほしいと任せることは簡単でも、トラブルが起きる前にそれはやらないでと止めることは指示しにくいですね。

ただ、スタートアップ企業として挑戦し続ける姿勢も大切にしたいので、リスク管理をしつつ成長を止めずに運営できる方法について模索しているところです。

新しい出版配信プラットフォームの探索

--今後貴社が注力していきたいポイントについてお聞かせいただけますか。

神谷アントニオ:
私たちが手掛けているサブスクリプション型の雑誌定期購読サービスは、読者にとっては手軽かつお得に利用でき、出版社としてもコストがかからず返品の手間もないので、ユーザーにも出版社にもメリットが大きいプロダクトです。

しかし、ページ単位で読める読み放題サービスが定着したことで、自分が読みたいページだけを読むようになり、読者は雑誌のブランドというのをあまり認識しなくなってしまっているんです。

さらに、読み放題だと広告収入も得られないので、出版社さんの広告に関連するビジネスモデルを悪化させてしまったのではないかと感じる部分もあります。

これにより、真実を伝えるためにファクトチェックをきっちり行い、それに対して対価をもらうという出版業界の構造を崩してしまう可能性すらあると思っています。

匿名性の高いソーシャルメディアは、間違いがあった場合に訂正して再発を防ぐというプロセスがないため、世間では信ぴょう性のない情報を鵜吞みにしてしまう方が増えています。

このような状況を改善するため、データに基づいた情報を伝え、一語一句に対して責任を持つ出版社が生き残れるよう、従来の紙の流通を守りながら利益を最大化するサポートをしていきたいと考えています。

そのためには責任を持って世の中にコンテンツを提供されている方たちにきちんと利益が還元される、新しい出版配信プラットフォームを作っていかなければと思っています。

そしてこのプラットフォームを使ってユーザーのビッグデータを解析し、物販にもつなげていきたいです。

雑誌の読者が好みそうな道具やグルメについて特集記事を組み、紹介した商品を購入できるECサイトを作り、出版社さんの利益構造を複線化できればと思っています。これからもスタートアップの気持ちでチャレンジしていきたいですね。

編集後記

読者にとっては手軽に利用でき、出版社としてもコストや手間を省ける雑誌の定期購読サービスを始めた神谷社長。しかしページ単位で読める読み放題サービスの定着により、出版業界の売上減少やブランド力の低下を招くひとつの原因にもなったと責任を感じ、自らの手で課題を改善しようと奔走している。読者がコンテンツを楽しめ、出版業界も生存できる道を模索し続ける株式会社富士山マガジンサービスのこれからに注目だ。

神谷アントニオ(かみや・あんとにお)/1972年11月27日生まれ。カリフォルニア大学バークレー校在学時の1994年にKamiya Consulting,Inc.を設立。1998年Fujisan.com, Inc.を共同設立。2002年株式会社富士山マガジンサービスを設立しCTOに就任。取締役を歴任し、2022年代表取締役社長に就任。Fujisan Magazine Services USA, Inc. 代表取締役、株式会社magaport 取締役、株式会社しょうわ出版 取締役現任。