※本ページ内の情報は2023年12月時点のものです。

作業用ヘルメットの販売数は労働者数減少の影響で大きな伸びは期待しづらい状況だが、高い安全性や快適性を求めて付加価値の高い製品の需要は衰えていない。

鉱山労働で使用するヘルメットの製造販売で事業をスタートした株式会社谷沢製作所(東京都中央区)。

創業から90年以上の業歴におごることなく時代に合わせていち早く新しい技術を取り入れ、軽量化や通気性の向上など開発に余念がない有力メーカーだ。

1999年から長きにわたって総指揮を執る代表取締役社長の谷澤和彦氏に、これまでの歩みや今後の経営方針について聞いた。

アイデアの卵になったクレーム処理の経験

ーー社長就任までにどのような経験や学びがありましたか?

谷澤和彦:
家業の入社前に東邦金属工業株式会社に勤めていましたが、現場力というものがいかに重要かを学びました。金属の加工方法を学ぶだけでなく、「現場との接点」が製品メーカーとしての運営に大事な役割を担っていることを実感しました。
それから弊社に入社してずいぶん経ち、技術部長になる前でしたが、クレーム対応を担当する部署に配属されたんです。ここでの経験はとてもいい勉強になりました。私が理系出身だから営業の経験を積ませたかったのでしょう。前の経営者には感謝しかないですね。

「ヘルメットは規格を満たせばいい」と言われていた時代に、軽量化に成功して重さを40グラムも落とせたんです。するとお客さんからは「たった40グラムで違いがあるのか?材料が少ないなら安くしてもいいのでは」と言われました。

しかし、実際に軽いものを被って1日作業していただき、従来の重い方をもう一度被ってもらうととても重く感じるものです。首に負担がかかりますからね。もう重い方には戻れなくなるんです。

顧客の要望や製品の欠けている部分についてクレームを聞いているうちに、顧客対応だけでなく、開発のアイデアにつながることもあり、ずいぶんいい勉強になりました。

市場がどう動いても「安全屋」としての信念はぶれない

ーー数多くの種類のヘルメットを製造されていますが、メーカーとしてどのような点を重要視していますか?

谷澤和彦:
現在は遠隔操作で作業ができる時代になり、これからますます産業向けの需要は限られ、撤退する企業も出てくるでしょう。しかし誰かがこの仕事を守らなければなりません。

産業用ヘルメットは、価格競争ではなく安全性を高めるという付加価値を上げていくべきだと思います。

その意味で私たちはヘルメット屋ではなく「安全屋」だと思っています。

ある時、全国から消防士・レスキュー隊が集まって行う訓練を見る機会がありました。その訓練は、車両事故を想定して救出訓練を行うものでしたが、関係者の多くは自費で参加していたことに驚きました。

そこまでする理由を尋ねると「過去にレスキューで救えなかった命があったので、スキルを上げるために」と聞いて感動しました。

「私たちは命を救う人を守る仕事をしているんだ。ならば一流のものをつくって、しっかりとその方々の命を守りたい。」と、メーカーとしての使命感を改めて痛感しました。

今後のテーマはマーケティングと生産の効率化

ーーこれから取り組まれる注力テーマについてお聞かせください。

谷澤和彦:
市場調査と分析を徹底的に行って、マーケットを開拓しなければならないと考えます。

私たちの業界の中にも魚釣りでいう「ポイント」が存在するに違いありません。今後経済がどのように変わっていくのか、どの業界でヘルメットの需要が伸びていくのか、それを探ったうえでどんな商品にするのか戦略を立てていくことが求められます。

また製造工場は各方面で効率化に取り組んでいきます。手作業は続けながらもロボットの導入を増やし、工場内物流にも気を配っていきます。これからの時代にフィットする省力化と持続化を意識した生産を推し進めていきます。

ーー人事採用に関しまして、求める人物像について教えてください。

谷澤和彦:
商売や営業の感覚はある程度必要だとしても、それよりも大事なのは人柄ですね。月並みな表現かもしれませんが誠実な方を求めます。

頭が良いことの利点は否定しませんが、現場に何度も通って、悩みやニーズに耳を傾け続けることは泥臭くはありますが、非常に重要な要素なのです。

お客さんにかわいがられ信頼されるタイプでないと、人に安全を提供する企業にはマッチしないと思います。

決して派手さのある業界ではないですが、長い人生で働くなら人の命と安全を守って感謝されるこの仕事は、きっとやりがいがあると思いますよ。

編集後記

谷澤社長は優しいトーンでありながら熱を持ってこんな持論を語った。
「頭が特別大きい人がいれば、採算性がいくら落ちてもその人のために特大ヘルメットをつくる」。
会社の利益を度外視しても安全を優先するというメーカーとしての強い責任感が感じられるコメントだった。

豊富な経験と技術力を携える同社のさらなる発展を期待したい。

谷澤和彦(たにざわ・かずひこ)/1956年生まれ、東京都出身。1979年東京理科大学理工学部卒業後、東邦金属株式会社を経て株式会社谷沢製作所へ入社。埼玉工場長、技術部長を経て、1999年11月に代表取締役社長に就任。