※本ページ内の情報は2024年1月時点のものです。

2023年に鶏卵業界に激震が走ったのは記憶に新しい。業界関係者だけでなく一般消費者も、店舗でインパクト大の卵価格高騰を目の当たりにしたばかりだ。

大正時代に創業した株式会社籠谷(1921年創業、兵庫県高砂市)は、卵の専門会社として自社養鶏場と工場を持ちながら、量販店向けを中心に業容を拡大してきた一社だ。

直営事業にも手を広げ、近年オープンした地元密着型の小売店舗「たまごとジェラートのお店 yellow」は大盛況。週末は行列が絶えないほどの人気店となっている。

相次ぐ試練を乗り越えながら、創業100周年に代表取締役社長に就任した小畑成久氏に、会社の昨日・今日・明日について取材を行った。

会社の歩みとともに一般社員から社長まで大出世

ーー小畑社長が見た会社の成長プロセスをお聞かせください。

小畑成久:
私が入社した時の年商は約40億円でしたが、現在は近隣に2つ工場を増設し、会社の規模は当時の3倍にまで拡大しています。

大手量販店を顧客に持っていたため、多店舗展開の流れに乗り、売上もスケールも拡大したのが大きな要因です。

それとともに、卵を割って中身だけを原料として供給する事業を行ってきました。
兵庫県の高砂市は、全国的にも有名な洋菓子の文化を持つ神戸市にほど近いためお客様も多く、スイーツブームにも後を押され伸びていった経緯があります。

ーーどういった経緯で社長に就任されたのか、また今後の経営方針についておうかがいします。

小畑成久:
私自身は創業家との血縁関係はなく、一般入社から社長に就任しました。前社長までは籠谷家の一族が経営を担当していました。
これまで同家の親戚関係者が社長を務め、一定期間で交代した方が時代の流れに逆らわないだろうと、10年ぐらいの周期で社長交代してきました。

以前は強いリーダーシップを発揮するスタイルで会社もしっかり成長してきましたが、取り巻く状況も時代とともに刻一刻と様変わりしています。

これからの時流を踏まえて、私は皆の意見を吸収し協力して会社を盛り上げていきたいと思っています。
営業面にしても生産面にしても、社員がそれぞれの仕事に責任を持ちながら、全員参加型の会社運営を目指していく方針です。

業界を襲った鳥インフルエンザ 未曾有の大被害

ーー最近経験した一番のご苦労は何でしょうか?

小畑成久:
2004年に、日本で79年ぶりに鳥インフルエンザが発生し、当時は30キロ圏内の鶏卵関係者は商品の移動を禁止されていました。
その規模が広範囲に及んだため、仕入れがほとんどできず、風評被害により売上も大幅に落ち込み、最大の危機を迎えました。

現在では、移動制限が30キロから3キロへと大幅に縮小され、幸いなことに、弊社の工場周辺3キロ圏内に養鶏場が存在しないため、仕入れの継続が可能であったことは大変助かりました。

しかしながら状況は難しく、全国で史上最大となる1700万羽の鶏が処分された以上、影響がまったくないわけではありませんでした。さらには、それ以前から始まったロシアのウクライナ侵攻に代表される世界情勢の変化により、輸入餌となるとうもろこしや大豆の価格が急騰、その上円安の進行が追い打ちとなってコストがさらにひっ迫し、業界全体が複数の困難に同時に直面することとなりました。

一時は市場から卵が2割以上も消える事態となり、パン屋や惣菜メーカーなども原料を調達できず、市場は大混乱となっていました。

その中で私たちは量販店様に特売の制限等をお願いし、製菓・製パンのお客様や卵を原料とした加工食品会社様が困らないように対応していきました。その代わり、適正価格に転嫁させていただき、ようやく市場は安定してきた状況です。

地域の人に会社を知ってもらおうと直営店をオープン

ーー今後の経営方針についてお聞かせください。

小畑成久:
販売戦略としては、スーパー向けの量販だけでは収益確保が難しくなりますから、プラスカステラやジェラートを一例に、これまで以上に付加価値をつけた加工商品の開発・販売に力を入れていきます。

また、社内体制の再構築も進めています。現職にあずかって3年目にあたり、幹部育成を目的として中堅社員による『ジュニアボード制度』を導入しました。
柔軟で斬新な発想を取り入れ、従業員全員が働きやすい環境を目指しています。

ーー人事面に関する方針を教えてください。

小畑成久:
社員はほとんど地元出身で、明石市から姫路市までの居住者で占められています。弊社は自社工場も養鶏場も抱えていますから、もとより地域社会との結びつきも大きく、共存共栄も大切な経営テーマです。

高砂と神戸にある直営店舗は、地域の方に会社を知ってもらう目的でオープンした経緯があります。料理教室も行っていますから、今では皆さん「籠谷」という社名を知らなくても「yellow」はよく知っていますよ。

大都市に出て大きな会社で働いても、転勤続きで辞めていくようなあり方は理想的とは思いません。その点、私たちのような地方の会社でも、風通し良く働きやすい会社があるのを知ってほしいですね。

そのためにも、それぞれのライフスタイルに合わせてサポート体制を整え、いっそう働き方改革を進めていきたいと思います。

編集後記

同社は今年になってアスリート向けのカステラ『+CASTELLA』というユニークな商品を発売するなど、新商品の開発にも余念がない。

インタビューで「楽しくて毎日通いたいと思う会社にしたい」と話した小畑社長。
豊かで自由な発想は、社員を委縮させずに率直な意見を引き出そうとする、柔軟な経営スタイルから生まれるのではないかと感じた。

これからの時代にマッチした経営手腕に、多くの期待がかかっている。

小畑成久(こばた・なるひさ)/1965年兵庫県生まれ。社高校卒業。スポーツ専門学校卒業後、スポーツクラブへの勤務を経て27歳で1991年に籠谷入社。3年間工場勤務の後、営業に従事。2004年執行役員本部長、2009年取締役、2014年常務取締役、2021年代表取締役社長に就任。