※本ページ内の情報は2024年3月時点のものです。

調剤薬局は、医師が医療に専念するための考えである「医薬分業」に欠かせない存在だ。医療のプロフェッショナルである医師と、薬のプロフェッショナルである薬剤師が両輪となっているからこそ、私たちは質の高い医療と薬剤のサービスを受けることができる。

福岡県に本社を置く株式会社ニックは、地域の調剤薬局として頼りにされている企業だが、代表の吉川氏に話をうかがうと、企業経営よりはるかに大きい枠組みの視点を持っていることに驚かされた。

吉川氏が代表を務める調剤薬局企業の数はじつに50社だという。なぜそれほど大きな組織になったのか、調剤薬局業界の未来を守るために何が必要なのか、吉川氏が長いキャリアの中で貫いている「価値観」に迫る。

家業を引き継ぎ、50社を束ねる代表へ

ーー吉川社長はニック以外にも多くの調剤薬局企業を束ねています。なぜこれほど多くの企業をお持ちなのでしょうか?

吉川正男:
そもそも私のキャリアは、父が営んでいた菓子の製造卸事業を引き継いだところからスタートしています。当初は菓子事業にのみ取り組んでいたのですが、あるとき友人から調剤薬局事業の話を持ちかけられました。

それから菓子事業と調剤薬局事業に並行して取り組むようになり、途中から調剤薬局のウェイトが大きくなりました。調剤薬局の数が多くなったのは、後継者不足に悩む調剤薬局から事業承継の相談をいただき、M&Aを繰り返したことが主な要因です。

2022年には、それらの調剤薬局会社を束ねる存在として、YGホールディングスという持株会社を立ち上げました。調剤薬局は地域医療を支える大切な存在ですから、それぞれM&A以前の特徴を保持したまま、より良いサービスを提供できるように運営しています。

多くの企業を束ねるために欠かせない「柔軟性」

ーー50社を経営することは簡単ではないと思います。

吉川正男:
私の価値観のひとつに、楽しそうだと感じたら、「やってみよう」と思う姿勢があります。じつは、調剤薬局以外にも車関連事業やホテル運営などにも取り組んでいるのですが、基本的には「やってみて楽しそうだな」と思うものにトライしてきました。

人からいただいた機会を大事にしたいということもありますし、どんな事業でも目の前の課題に全力で取り組めば、意外と道は開けるものです。たとえば、ある病院の経営を任されたときは、初めての業界でしたが、1年で収支がトントンになり、2年目で黒字に持っていくことができました。

私を支えているのが、そういったさまざまな経験や、そこから得た高い柔軟性です。M&Aの話を多くいただくのも、それを見込まれてのことだと思います。

事業継続の秘訣は、明確な目標よりもスタンスの維持

ーーさまざまな事業に取り組んでいく中で、最終的な目標は何ですか?

吉川正男:
じつは私は、目標というものを定めていません。なぜなら、明確な目標を定めてしまうと、目標達成に対する意識が強くなりすぎて、自分が見えなくなる恐れがあるためです。

私は、いつでも自分を客観視していたいと思っています。複数の事業に取り組むうえで、この視点は大切ですし、自分の中でのバランスをとるためにも欠かせないと思っています。

事業とは意外なところでバランスがとれるものです。ある事業で大きく利益を出したら、別の事業で身を切ってでも社会貢献をする。そうして自分の中のバランスを保つことで、事業全体がうまく回ることがあります。

自分をつねに客観視して、自分の中のバランスを保ちながら、できることに取り組んでいく。そして、その過程で起こる変化を許容し、仲間たちと一緒に化学反応を起こしていく。こういったポジティブな変化を繰り返せば、自然と結果がついてくるのではないでしょうか。

変化を受け容れるポジティブな柔軟性

ーー「変化」を大切にしているのはなぜですか?

吉川正男:
変化を大切にする理由のひとつに、柔軟性の確保があります。

変化とは、自社が求めていなくても、外部から求められることがあります。調剤薬局業界は行政主導の業界なので、サービスの差別化が難しい一方で、行政からの変化を求められることが多々あります。

変化を求められると、今までと同じ手法では事業を継続できなくなる可能性があります。安定した業態に思える調剤薬局にも思わぬ変化はある。その変化を許容し、ポジティブに取り組むことこそが、柔軟性につながると考えています。

変化を楽しめる組織づくりを

ーー会社の特徴や活躍している従業員の傾向を教えてください。

吉川正男:
私の考えと同じように、ニックにも変化を許容してポジティブに取り組む社風があります。変化は課題のように語られることが多いのですが、弊社では変化は楽しむもので、皆で成長するチャンスと捉えています。

また、YGホールディングスという後ろ盾がありますので、外部からの変化に対応できる体力があるのも特徴です。調剤薬局という行政主導の業態であっても、自社を守れるだけの体力を持っているのはひとつの強みといえるでしょう。

従業員にも、一緒に事業に取り組む自主性を

ーーニックが求める人材像を教えてください。

吉川正男:
変化をポジティブに捉えられる人材を求めています。変化の必要性を認識して、社員同士で高め合う意識を養ってもらえると嬉しいですね、

私たち経営陣の役目は、個々の特性を持つ人材を適材適所に配置し、より良い結果を出すことです。弊社は人材教育についても自主性を応援する姿勢を打ち出しているので、自主性を持って、一緒に事業に取り組んでくれる方が輝けると思います。

編集後記

父の事業承継から始まり、今では50社の調剤薬局を束ねるに至った吉川社長。その根底には、自らの客観性やバランスを維持しながら変化にも対応するという、経営者ならではの価値観があった。

「変化を楽しめる人と仕事がしたい」と語る吉川社長の考えは、一見、普遍的な調剤薬局という業界に、一石を投じるのではないだろうか。

吉川正男/1956年福岡県生まれ、福岡大学卒業。1978年日産サニー福岡販売株式会社(現・株式会社日産サティオ福岡)に入社、1980年家業である吉川製菓株式会社(現:株式会社ワイス)を承継。1989年、有限会社奈多松原薬局(現:株式会社ニック)の代表取締役に就任。2013年、リーファーマグループ傘下の近畿調剤株式会社の代表取締役を兼任。2011年、更生保護法人鶴舞会飛鳥病院理事長を兼任、2023年株式会社YGホールディングス代表取締役を兼任。