国内外の社会情勢や自然環境、食料事情などの目まぐるしい変化に対して、日本の農業は多くの問題を克服してきた。しかし、耕作放棄地や荒廃農地の増加、後継者の減少など、いまだ解決が難しい問題も抱えている。
このような背景の中、株式会社日本農業の代表取締役CEOである内藤祥平氏の取り組みは、日本の農業界における新たな可能性を示唆している。内藤氏は自分たちで新しい会社を立ち上げ、リンゴ産業を起点として日本の農業を大きく変革していくことに情熱を注いでいる。
今回のインタビューでは、内藤氏が会社を立ち上げたきっかけ、株式会社日本農業の事業内容と強み、そして農業の未来に対するビジョンについて深く掘り下げた。さらに、農業における知的財産ライセンス事業の重要性や、青森のリンゴを選んだ理由など、農業の未来を切り拓くための革新的なアプローチについても話をうかがった。
日本の農業を変える鍵は「リンゴ」にある
ーーまず、会社を立ち上げたいと思ったきっかけを教えていただけますか?
内藤祥平:
実は、かねてから「起業したい」という強い動機があったわけではないんです。どちらかといえば、農業に対する興味が先にありました。国内外の農業を深く学び、実際に働いてみる中で、この分野が抱える課題と潜在的なチャンスに気づきました。
そのような中で、既存の組織に就職して働くよりも、自分たちで新しい会社を立ち上げ、産業を大きく変革していく方に興味を惹かれました。
ーーご両親は農業をされていたのですか?
内藤祥平:
両親が直接農家をやっていたわけではないのですが、両親の実家は、新潟の上越のいわゆる「コメどころ」です。地方に行って農業を体験し、おいしいフルーツや野菜をつくり出す過程、そしてその美しい景色に魅了されました。
仕事は毎日の大半を占めるもので、おそらく70歳ごろまで働くことになるわけじゃないですか。だからこそ「こういう業界で一生懸命生きたい」と思いました。高校時代に自転車で日本を旅した経験も、この思いをさらに深めるものでしたね。
ーー事業内容と、内藤社長が考える貴社の強みについて詳しく教えてください。
内藤祥平:
私たちの事業の強みは、輸出を中心としたバリューチェーンの一貫管理をおこなうことにあります。具体的には、リンゴやキウイ、サツマイモなど、多岐にわたる日本の農産物を対象に、生産から販売までのプロセスを自社で一貫して担います。
特に、現在の主力製品であるリンゴにおいては、農園の運営、契約農家からの仕入れ、選別作業をおこなう選果場のオペレーション、そして輸出向けの販売まで、全工程を管理しています。この一気通貫のアプローチにより、輸出を増やし、地域の農業を豊かにしていくことが私たちの目標です。
ーーなぜ主力に青森のリンゴを選んだのですか?
内藤祥平:
主な理由は、海外での競争力です。日本のリンゴは品質が高く、品種の多様性も豊かです。さらに、日本の農地のサイズでも効率的に生産可能で、コスト面でも改善の余地があると考えました。品質とコストのバランスを世界水準にできれば、リンゴは強力な輸出品目になり得ると確信しています。
ーー日本の農業が海外と異なる点について、詳しく教えていただけますか?
内藤祥平:
農業におけるコストの優位性は作物によって異なります。たとえば、麦やトウモロコシのような作物は、アメリカやブラジルのように広大な土地で大規模に生産することで、大型機械をフル稼働させることができ、その結果、コスト競争力が生まれます。
しかし、リンゴのような作物は、どんなに土地が広くても、最終的には人の手による丁寧なケアが必要であり、土地の規模が大きくなっても、ある一定の範囲でコストの効率性が最大化されます。日本の農業は、土地の規模が限られていることが多いのですが、リンゴのように集約化を進めることでコスト効率を高めることが可能な作物もあります。
品種とライセンスにまつわる根深い課題
ーー知財ライセンス事業にも取り組んでいらっしゃいますね。その理由について教えてください。
内藤祥平:
実は、この事業はまだ手探りの段階で、リンゴ輸出をメインとしたバリューチェーン構築と比べると、まだ規模は小さいかもしれません。
他の産業では、発明が特許によって保護され、世界中でビジネスを展開することが一般的ですが、農業分野でも同様に、新品種の開発という形での「発明」があります。しかし、日本ではこれらの品種が海外で適切に保護されず、利益を得ることができていない現状があります。
私たちは、これらの優れた品種を保護しながら、海外での栽培にライセンスを与えることで、日本の農業に新たな収益源を創出しようとしています。日本だけでなく海外の農業者にとっても、正しい方法で最新の品種を利用できるメリットがあるので、両者にとって有益なビジネスモデルになるのではないでしょうか。
目を向けるべきは、ビジネスとしての農業の可能性
ーー5年後、10年後のビジョンについてお聞かせいただけますか?
内藤祥平:
弊社は創業から約7年で、日本で最大級のリンゴの取扱量を誇る会社に成長しました。この成長は、日本のリンゴ産業そのものが大きくなっていくことと同義です。今後5年で、青森県からのリンゴ輸出量を現在の4万トンから倍増させることを目指しています。
特に、リンゴ産業のV字回復を実現し、これを他の品目にも展開していくことが私たちの大きな目標です。農業の産出額は1984年以降、右肩下がりでしたが、輸出を通じてリンゴ産業を成長させたいですね。2022年産のリンゴの輸出量が初の4万トン超を達成したという、この流れを加速させ、5年後にはその成果が明確に現れるよう、日本の農業の新たな歴史をつくりたいと思います。
ーー最後に貴社では、どのような人材を求めているか教えてください。
内藤祥平:
基本的には、誠実で信頼される「いい人」を求めています。私たちの事業は、社内外の多くの人々と協力しながら進めていく必要があります。そのため、単に仕事ができるだけでなく、周囲と調和し、ともに問題を解決できるような人材が必要です。
農業は、「趣味」やシンプルな「なりわい」として認識されることもありますが、ビジネスとしての可能性が非常に高い分野でもあります。農業に興味がある、または農業で何か新しいことを始めたいと考えている人と、ぜひ一緒に頑張っていきたいですね。幅広いポジションで成長できるチャンスがあります。
編集後記
内藤氏のリンゴ産業への情熱的な取り組みは、日本の農業が世界市場での競争力を持つための新たな道を示している。彼のビジョンは、農業を「なりわい」から真の「ビジネス」へと変革し、新世代の農業従事者に魅力的な機会を提供することにある。
若手農業従事者にとって、内藤氏の取り組みで照らし出される農業界の未来は、明るい希望に満ち溢れているだろう。リンゴ産業を核とした日本農業の変革物語は、今後も多くの人々に、「ビジネスとしての農業」のあり方を示していくのではないだろうか。
内藤祥平(ないとう・しょうへい)/1992年生まれ。慶應義塾大学法学部在学中に米国・イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校農学部に留学。その後、鹿児島とブラジルで農業法人の修行を経験する。大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本支社にて農業関連企業の経営戦略の立案・実行などの業務に従事。2016年に株式会社日本農業を設立し、代表取締役CEOに就任。農林水産省「食料・農業・農村政策審議会」委員(2023年10月〜)。