※本ページ内の情報は2024年4月時点のものです。

1996年に創業した株式会社やますえ。水産加工品の卸売りをスタートに、現在では福岡県糸島市発の明太子製造メーカーとしての立場を築いている。おいしいことはもちろん、安心安全な品質にもこだわった製品には定評があり、多くのユーザーから支持されている。代表取締役社長として活躍中の馬場孝志氏に、株式会社やますえの事業内容や今後の展望についてうかがった。

様々な職を経験し、営業の世界に飛び込む

ーー馬場孝志社長の経歴をお聞かせください。

馬場孝志:
昔から働くことが大好きでした。特に体を動かすのが好きだったので、中学生の頃は新聞配達の手伝いをし、高校生になっても勉強よりもアルバイトに熱中していましたね。

当時は飲食店のウェイターのアルバイトをしていましたが、そこのオーナーさんにかわいがってもらった経験もあり、大人と関わることが「楽しい」と思えるようになっていました。

最初に就職したのは物流倉庫関係の仕事で、次は「トラックに乗ってみたい」と思うようになり、トレーラーの運転手の仕事に就きました。そのときに、株式会社やますえに荷物を運びに行く機会があり、そこで「営業をしてみないか?」と誘われたのをきっかけに、この世界に飛び込みました。実際に取り組んでみると、営業が私の天職だと感じたのです。

明太子業界の挑戦者、その奮闘とこだわり

ーー明太子づくりを始めたいきさつをお聞かせください。

馬場孝志:
会社としては2024年で29期になりますが、明太子をづくりを始めて12年目となります。もともとはノルウェーでとれたサバを日本で販売するサービスを手がけていました。

そのような中、私は加工技術を前社長から学んでいたこともあり、その経験を活かして地元糸島に工場を設け、明太子メーカーとして事業を展開しました。私は生まれも育ちも糸島で愛郷心は誰にも負けません。その地元の素材を活かした明太子の素晴らしさを全国はもちろん世界にも広めることが、私の役目とこれからの目標となります。

ーー福岡の明太子は競合も多い商品ですが、そこで苦労したことはありますか。

馬場孝志:
全国的にすでに複数の福岡の明太子ブランドが知れ渡っているなかで、弊社のような後発の立場で明太子をつくるいうのは、相当の覚悟がないと難しいですね。ただ、明太子の製造販売を始めた当初から「やるしかない」「自分ならやれる」という強い気持ちを持って取り組んできました。

また、InstagramやYouTubeなど自身からSNSを使った情報発信にも力を入れています。旬の食材を通して生産者さんの生きた声をその土地から届けるといったタイムリーな発信により、この10年ほどの間に「やますえ」というブランドを広げることにつながりました。

ーー明太子へのこだわりを教えてください。

馬場孝志:
弊社では、明太子の香りや旨味などを引き立てるために、できる限り自然素材を用い、使用する醤油や酒選びにもこだわっています。また海外で原料買付の際においては、先ず自社に合う良質な卵を基準に厳選し買付することで、より安定した商品づくりに繋がっていきます。

その原料を糸島の素材を活かしてつくりあげた独自の調味料にじっくり漬け込み、まろやかな味わいのある明太子に仕上げています。

地元と共に歩み、さらに糸島から世界へ発信

ーー今後の取り組みについて、どのように考えていますか。

馬場孝志:
糸島で愛される会社になりたいですね。私はもちろん、従業員全員が明るく楽しく仕事をすることが目標です。

糸島には豊富な資源があり、野菜や魚など素晴らしい食材がある。それらの価値を高めて、「地域商社のやますえ」として愛されるよう、長期的に取り組んでいきたいと思っています。最終的な展望として、糸島で手がけた明太子を世界に発信していく仕組みづくりについても、勉強していきたいですね。

編集後記

生まれ育った糸島でつくられた明太子の魅力を広めたいという馬場孝志社長。九州にはさまざまな明太子メーカーが存在しているなか、できる限り自然な素材を使った明太子を生み出すことにこだわっていた。

今後は日本だけではなく、世界的に明太子のおいしさを広めることに力を入れていくとのこと。株式会社やますえのさらなる発展に期待したい。

馬場孝志(ばば・こうじ)/1975年生まれ、福岡県糸島市出身。瓦職人やトレーラー運転手などを経て、1997年に株式会社やますえに入社。営業の経験を積み、2013年に故郷糸島へ本社を移転し、2015年に代表取締役社長に就任。糸島の明太子メーカーとして、独自の味と品質を追究しながら、特産品を活かした商品開発によって自社製品の魅力を国内外に広く伝えることを目指す。