日本の農家を再び輝かせる!
有機野菜宅配のパイオニア、一次産業変革への挑戦

株式会社大地を守る会 代表取締役社長 藤田 和芳

※本ページの情報は2017年2月時点のものです。

国産を中心とした安全な食材を届ける『大地を守る会』の発足は1975年。日本で初めて有機農産物宅配サービスを開始したパイオニアだ。現在では食材を日本全国に届ける『宅配事業』だけでなく、スーパーマーケットや専門店への『卸売事業』、無添加惣菜デリを販売する『マルシェ事業』、契約生産者の食材を使った料理を提供する『レストラン事業』、自然素材にこだわった家づくりを実現する『自然住宅事業』等を展開。利用会員は約31万人9,000人(2016年末時点)、生産者会員は約2,500人(2014年3月時点)に上る。

株式会社大地を守る会は、その企業理念に“日本の第一次産業を守り育て、人々の生命と健康を守り、持続可能な社会を創造するソーシャルビジネス(社会的企業)”であると宣言する。今回は、ビジネスによって社会的課題を解決しようとするその手法を、代表取締役社長、藤田 和芳氏に伺った。

藤田 和芳(ふじた かずよし)/1947年岩手県生まれ。1975年に有機農業普及のためのNGO「大地を守る会」を立ち上げる。1977年には株式会社化し有機野菜の販売を手掛ける。現在、株式会社大地を守る会代表取締役社長、ソーシャルビジネス・ネットワーク代表理事など兼務。著書に『有機農業で世界を変える』(工作舎)他 がある。

『大地を守る会』発足の軌跡

-現在のサービスについてお聞かせください。

藤田 和芳:
全国の農家に農薬や化学肥料をなるべく使わないで農産物を作って頂き、その安全な農産物を会員の玄関先までお届けするという宅配サービスをしています。野菜や果物だけでなく、それを原材料とした加工品なども取り扱っています。


-岩手の農家のご出身です。起業に影響がありましたか?

藤田 和芳:
起業したのは偶然だったと思っています。私は代々稲作農家の出身ですが、父は地方公務員で、母がやっている農業を家族として手伝ってはいましたが、次男坊ですし、いつかは外に出るものとみなされて育ちました。


大学時代には学生新聞に力を入れ、就職したのは出版社でした。しかし、世界を変えようと情熱的に取り組んだ学生運動を経て社会人となり、目標を失っている自分に気が付いていました。変わるきっかけは2冊の本との出会いです。シューマッハー著『スモール イズ ビューティフル』と、有吉佐和子のベストセラー『複合汚染』。生産性を追い続けることは人間の幸せにはつながらないという主張や、農薬や化学肥料の使用が社会や人間を蝕んでいるという内容は、自分がなぜ学生運動に参加したのかという動機の整理にも繋がりました。また、再び社会に目を向ける機会ともなりました。そんな時に、農民の農薬中毒を根絶しようと農家に薬の使用をやめるよう説得して回る医師の話を週刊誌で知り、実際に会いに行ったのです。

農家や先生の話を聞き、市場に出せる野菜を作るためには農薬が必要という農家の葛藤を知りました。それならば、曲がったキュウリや虫食いのキャベツでも可能な販路を見つければ、危険な農薬を使う必要はなくなるはずです。農業という社会の原点のような第1次産業からでも、社会に対して働きかけられる道があるのだと気付いたのです。

大地の会の始まりは青空市でした。会社員の傍ら毎週土曜日に団地に赴き、安全でありながら形が悪いとの理由で市場に出せない無農薬の野菜などを消費者に直接販売しました。それが評判となって利用者が増え、事前に注文を受けて定期的に届ける共同購入に変えました。そして私は勤めていた出版社を辞め、独立しました。

農産物宅配サービス誕生秘話

-設立されてからは、どのような困難がおありでしたか?

藤田 和芳:
当初から採算が取れると思っていたわけでもなく、全てが困難の連続でした。最初は全然儲からないし、野菜の扱いもわからないので、どんどん腐るなど大変でした。しかし、人の悪口を言ったり批判したりする仕事ではなく、食べてもらうと「おいしい」と言ってもらえる仕事です。“生きている”という実感があって、楽しかったですね。

しかし、1980年代半ばから組織が伸びなくなりました。原因は、女性の社会進出が活発になり、一括して届けたものを何人かでその場で分け合う共同購入のスタイルが合わなくなったことです。拠点を合併させるなどしましたが、私は最終的な解決策として、共同購入をしている消費者をばらばらにしてしまおうと考えました。それが、1軒1軒に届ける宅配です。

調布の倉庫周辺半径5キロで夜間宅配を始めました。どうすれば1つの箱に何種類もの食物を間違いなく入れられるかを始め、大変なことはたくさんありました。しかし、共働きの方だけでなく、体の不自由な方や高齢者の方にも好評で、宅配を始めてから爆発的に会員数が増えていきました。

キーワードは“地産地消”

2017年に自然派食品販売のオイシックスとの経営統合を予定。地産地消実現に向けて着実に前進している。

-今後はどのようなビジネスモデルを描かれていますか?

藤田 和芳:
以前から三越やローソンと提携させて頂き、無農薬や有機栽培をする農家を増やそう、もっとたくさんの人たちが安全なものを食べられるようにしよう、という取り組みを進めてきました。2017年には自然派食品販売のオイシックスとの経営統合を予定しています。

これからは単純に自分たちの組織だけが大きくなるというビジネスではなく、日本の農業をより良くすることに力を入れていきたいです。そのキーワードは“地産地消”。現在はインターネットで全国から注文がありますが、東京を中心とする組織なので全国から東京に集めた食べ物を、東京で箱詰めしてまた地方へ送っています。これは社会に対するモデルとしては少しいびつです。例えば福岡の人には、福岡周辺で作られた野菜や加工品が届くのがふさわしい。そして、足りないものをネットワークを使って全国から届ける。そうできる拠点を全国に作りたいですね。


-地産地消の実現に必要なものは何でしょうか。

藤田 和芳:
やはり会員の確保です。約3,000人の会員が集まれば、年間10億円の売上げとなり、ビジネスモデルとして成り立ちます。そうすればその拠点の周辺で生産者を育てることができ、その地域の人がその地域で生産されるものが買えるという、顔の見える関係になることができます。新しい仕事を作ることにもなり、地域の空洞化を防ぐことも可能になります。目指せ3,000人、ですね。

10人の中で1人は異質な人がいてほしい

-社長がお考えになる優秀なビジネスパーソンの特徴とはどのようなものですか。

藤田 和芳:
大勢の組織の中では、人間をまとめていく力が必要です。そして困難な状況になったときに逃げたり人のせいにしたりしない方が優秀だと思います。また、自分の力ではできないことがあっても、3人寄れば1人の力より大きい力が出てきます。他の人を信頼して、その人たちの能力を100%出せる雰囲気を出していける方ですね。上に立つ方なら、社会の動静や数字に対する素養も最低限必要になります。


-御社に今後必要な人材についてはどのようにお考えですか?

藤田 和芳:
私が望むのは嘘をついたり、人の悪口を言ったりしない人であってほしいということ。あとは、小さなスーパーマーケットを経営していた方や、拠点を立ち上げるまで歯を食いしばって取組むという気概を持つ若者など、多様性があるといいですね。様々な特徴を持った方が、地域で頑張ってくれたらと思います。

私は、例えば10人いたら1人くらい異質な人がいてほしいのです。生産力が低くても、周りを明るくしてくれたり士気を高めてくれたりする人がいると、他の9人の生産力が上がり、組織全体ではプラスになります。生産力が低い人も自分のポジションが得られますし、みんなが気持ちよく働けます。実際にはそういう採用はなかなか難しいですけどね(笑)。

-御社への転職を考えている方にメッセージをお願いします。

藤田 和芳:
それぞれの人間の個性や能力は別々です。当社では、その人が持っている個性を存分に生かせるような環境を作りたいと思います。例え当社の色がグリーンだとしても、あなたの色が黄色ならばただ組織の色に染まるのではなく、黄色を自己主張してもらいたい。もしかしたら、将来グリーンが黄色に変わるかもしれません。そういう気持ちで来て頂きたいですね。

編集後記

起業に至るまでの心の動きや、社長の考える組織における人材構成。語られたそれらの話からは、藤田社長の常に自分を見つめ直す姿勢と、人間に対する深い洞察が感じられた。団地の青空市から始まった『大地を守る会』の販売網は、今やインターネットの普及も手伝い全国に広がる。自社自らを“社会的企業”と宣言する通り、安全な食材で消費者の健康を守るだけでなく、生産者の育成による地域社会の発展をも視野に入れ、今後の活動を続けていく。