※本ページ内の情報は2023年11月時点のものです。

水産庁によると、魚介類の1人当たり年間消費量は20年前から減少傾向で、2019年には’01年ピーク時の6割以下に減少。世界的な増加に対し、日本の消費量はこの20年で急速な下降線をたどっている。

その一方で「魚が好き」という声は多く、健康志向も追い風となり魚を求めるニーズは根強く続いている。

首都圏を中心に鮮魚小売店を展開する創業70周年余りの東信水産株式会社(東京都・杉並区)は、ここへきて「魚好きがもっと増えるように」独自の取り組みを強化している。

その原動力となっているのは代表取締役社長の織茂信尋氏。同氏が入社してからはIT化や刺身の生産集約、未開販路の開拓など他に例を見ない改革を推進している。

斬新なアイデアを携えた同氏がどんな考えを持った人物か、今後の方向性を含めて話を聞いた。

販売環境を構築する使命感

ーー入社の動機について教えてください。

織茂信尋:
大学院を出て商社に入社後、マグロの養殖などの水産を含めていろんな仕事を経験させてもらいました。本格的に水産に身を置いていくにあたって、お客様に魚を食べてもらいたい気持ちが強かったからです。

特に最近は魚離れが顕著に出ていますが、食生活の多様化をはじめ様々な要因による米離れも追い打ちをかけています。お米を食べる文化が減ってきて、魚離れが進んできたとも言えます。

魚を食べる生活をもっと提案していくことで、魚離れを解決できると思い水産の小売り業へ転じました。

鮮魚店にとってタブレットの登場は大きかった

ーー売り場の課題解決に向けてデジタル化を進められたと聞いています。
 
織茂信尋:
お客様においしい魚を届けたいというのは大前提でしたが、それ以前に、働いている人の環境が改善されなければ、CS(Customer Satisfaction:顧客満足度)は行えないと考えました。

象徴的な例は、「店長が店頭にいない」という問題でした。扱う魚が250〜300種ありますから、伝票の行数は相当です。店長はその日仕入れた膨大な伝票をバックヤードでチェックしてサインしないといけない。

その時間のせいで店頭に出られなかったわけです。店長は仕入れた魚の事やその地域のお客様をよく把握している接客のプロですから「店長が店頭に出て接客をする時間を増やそう」と、CSの前にES(Employee Satisfaction:従業員満足度)に着手し、自動化やIT化を進めてきました。

最初はデスクトップPCを検討しましたが、鮮魚加工スペースでは発熱をする事で害虫を呼んでしまう。また、有線が削られ断線する事やキーボードの隙間に異物が入り異物混入の可能性があるなどを示唆されました。

検討をしている中で、タブレット端末が登場して、タッチパネルでホコリは出ないし、充電のコードだけなので電源を切れば熱量も少なく衛生的なデバイスであり、2013年頃にこれを採用しました。これにより管理業務の精度が上がり、働く環境が改善できました。

ーー人材教育や採用についてはどのような考えをお持ちですか?

織茂信尋:
現世代には、従来型の教育からタスクワークで育っていく社員へと、人材教育を変えていかなければならないと思います。

ましてやこの先、人材教育に通常10年以上かける時間はありません。最初はタスク型でレールを敷いて、とくに現場では非言語化している「見て体感的に覚える」ではなく教育そのものを言語化していく必要があると思います。

そして新規採用については、タスク的な中途採用や実際に講師を務める学校でインターンシップを行い検討しております。

魚を食べて幸せになってもらうこと

ーー生産面で斬新な戦略をとっていますが、今後の重点項目は何でしょうか?

織茂信尋:
生産面では、1つの加工場に集約してセントラルキッチン化し、「出店」ではなく「出品」する形式をとっていきます。目の前でさばいた刺身と比べて、鮮度メーターで測っても遜色のない鮮度のものを提供できていますので、今後もこれを推進していきます。

販売品目として1つは冷凍品に注力していきます。魚といえば鮮魚のイメージが強いですが、マグロ、カニ、エビを代表例に冷凍品もかなりのシェアがあります。

昨今、多様化される食卓で即食品と冷凍品の需要が高まっています。当社技術によって鮮度の良い状態で素材を冷凍した刺身、寿司の『Toshin Frozen』は、アニサキス食中毒に恐れず、遠方にも届ける事ができる商品として開発しました。


ーー鮮魚小売業として市場ニーズの開拓をどのように進めていきますか?

織茂信尋:
私は商品設定を売れ筋・儲け筋・育て筋・見せ筋という4つに分けて考えています。売れ筋の固定化も大事ですが、新しい育て筋を作っていく事も大事だと思います。各産地の地元消費されている水産品を首都圏で販売する新しいチャレンジも必要だと思います。また、「見せ筋」においては1尾何十万円もする魚を店頭に置いて「買う人はいるのだろうか?」と疑問を持たれるでしょうが、実際に購入される方もいるのです。

東信水産として何をしていきたいかというと、皆様が魚を食べて幸せな人生を送ってもらうっていうことが大きい目的ですけど、東信水産という会社の社長としては、できる幅でしか物事は語れないので、お客様が求めている商品価値の高いものも選定しながら対応していく事。今一度、私達のお客様とはどこにあるのかというのを見直しながら進んでいきたいと思います。

編集後記

織茂社長の著書に『魚屋は真夜中に刺身を引き始める』があり、「筆者の熱量とチャレンジ精神に感動した」と好評だ。

生産集中により刺身の販路をミニスーパーにまで広げるといった戦略の持ち主。今回の談話でもユニークな持論で魚流通の革命児の片りんを見ることができた。

理路整然と、しかし熱く語る同氏は、鮮魚だけでなく水産業界において大きな役割と期待を背負っている。

織茂信尋(おりも・のぶつね)/1984年生まれ、東京工科大学バイオニクス学部(現応用生物学部)にて有機化学を学び、同大学院修了。総合商社勤務を経て2010年に東信水産株式会社に入社。2017年1月、代表取締役社長に就任。実践女子大学の講師も務め、2021年に著書『魚屋は真夜中に刺身を引き始める』(ダイヤモンド社)出版。2022年に日本フードサービス学会年報に水産即食商品(刺身、寿司)向けセントラルキッチンの開発と有用性についての研究論文を発表。