デザインをコスト削減の対象にする慣習を打ち破り、「私らしい暮らし」をユーザーと共有する会社へと変化を遂げた平安伸銅工業。
耐久消費財業界を変革し、発信力の高い経営者としてもその名を知られる竹内香予子社長に、その挑戦と冒険の道のりをうかがった。
新聞社勤務で気づいた「私のルーツ」
ーー新卒で新聞社に入社されたそうですが、家業を継いだ経緯をお聞かせください。
竹内香予子:
祖父が創業し、父が経営していた平安伸銅工業という会社が当たり前のように私のバックボーンとして存在していました。経済的に豊かだったとか、やりたいことを応援してもらえたとか、環境には恵まれていたと思います。
しかし、お金を儲けるということ自体には、ポジティブなイメージは持てませんでした。20代になり新聞社に入社したのは、お金を儲けるということではなく「正義」を軸に働きたかったことが大きな要因です。
ところが、新聞社で働いたことで少し考えが変わりました。会社に勤めれば組織のビジョンに貢献することになり、それが収益やサービス、製品を通じ、社会貢献にも繋がっていくわけですが、ある時から「それでいいのか?」と思うようになったのです。
それより事業を行って、こうありたいと思う姿を描いて旗を振ってそれぞれの強みを生かしたチームをまとめていく方が私にとっては得意ですし、やりがいがありそうだと感じるようになりました。家業がそこにあったおかげで、自分の得意なことを改めて意識し理解することができたのです。
段階的に会社を改革
ーー入社してからどのように会社を変えていったのでしょうか。
竹内香予子:
入社してから段階を踏んで会社を変えていきました。第1ステージでは仕事が属人的だったので、組織やワークフローなど、メンバーが連携して仕事をする枠を整えました。
その次の第2ステージでは新しいことにチャレンジしていきました。夫と私が社員を牽引し、強みを生かしつつも新しい売上を立てていくような製品開発、新プロジェクトの推進を行いました。夫(竹内一紘常務取締役)はデザイナーとして、現場と一緒に各種課題を解決する役割を担ってくれていました。
今は、第3ステージです。
「誰かが牽引したり、発案したりしないとできない」という状態を脱却し、組織が自走し「再現性」がある状態を目指していくようにしています。ステージごとに、新しい仲間が加わることで、それまでいた仲間とのいい融合が生まれて、会社全体の基準が上がっていっているのを肌で感じることができるようにまでなりました。
耐久消費財業界にユーザー目線で一石を投じる
ーーデザインや、マーケティングへの取り組みを始めた経緯をお聞かせください。
竹内香予子:
もともと弊社は価格と機能で商品を売る会社でした。情緒的な価値はコストになるとして、デザインなどにはあえて取り組まないというスタイルをとっていました。
しかし、時代も変わりましたので、私の代ではむしろ情緒的なことをするようシフトチェンジをしました。エンドユーザーに私たちの商品の良さを伝え「使ってみたい」という気持ちを持っていただきたいと思い、いろいろな媒体での発信を試みるようにしたのです。
ユーザーに発信するためには、クリエイティブな内容を作成する必要があります。パッケージデザインにも取り組み、グラフィックデザイナーも採用しました。製品開発では製品コンセプトから練りこみを行い、プロダクトデザインの専門家に担当してもらうことにしました。
また、戦略を実行していくには組織づくり・風土づくりをやっていかないと目的達成につながらないので、組織開発チームを置いて制度設計をする攻めの人事チームや、SNSチーム・情報発信の部署を独立させました。
耐久消費財の分野では、デザインやユーザーを巻き込むマーケティング施策はまだ根付いてなかったと思います。デフレで「価格競争のみ」という業界に異質な情緒的要素を持ち込んだことで、一石を投じることができたかな、とは思っています。
平安伸銅工業のミッション「暮らすがえ」の真意とは?
ーー「暮らすがえ」についてご紹介いただけますでしょうか。
竹内香予子:
「暮らすがえ」というミッションを掲げ始めましたが、これが弊社の強みを表していると思います。
もともと私たちはつっぱり棒を作り、その技術を応用してカスタマイズ性とか可変性が高い製品をお届けして、お客様がご自身で家をカスタマイズできるよう手助けをさせて頂いていました。ですがそこで止まることなく、さらにお客様目線で「その先はどんな状態になっているか」を考えるようにしたのです。
つっぱり棒を手に入れたその先に「空間や暮らしを変えられるチャンスがある」ということをより積極的に発信し、実際に体験できる場を広げていく試みを行っています。たとえば大手のホームセンターの売り場づくりをご提案させていただいたり、DIYのワークショップを開催して集客したり。
ユーザー向けの大規模調査を行ったところ、まだ認知度などに改善の余地があることがわかりました。多くのユーザーによりよい暮らしを体験していただくには、私たちのブランドを強くすることが大事だと思っています。
「暮らしを変える道具」としてつっぱり棒を使える、提案できるという弊社の強みを言語化したのが「暮らすがえ」の真意です。
働く場所としての平安伸銅工業の魅力に迫る
ーー平安伸銅工業の職場としての魅力はどういう点にあるのでしょうか。
竹内香予子:
多様な価値観があるなかで、ビジョン達成のためにメンバー(社員)が集まってつながっている意識ができる状態をつくることを目指しています。
年2回全社総会を行うほか、年1度中期的な方針を洗い替えして公開し、最終合意をするプロセスを踏み、それぞれの目標に落としこんでいます。メンバー自ら制度設計をできる場を設けていたりもします。ボトムアップとトップダウンの融合で一体感を出しています。
一体感という意味では、うちの業績賞与は等級が同じなら同じ額を出すようにしています。利益の一定割合を原資にして等級が同じなら皆同じ額です。Aさんがたとえたくさん売ったとしても、同じ等級のBさんとは一緒。一人が業績を上げたというのではなく「皆の出した結果」というような捉え方を弊社の方針としています。
一方、多様性も大事にしています。"ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)"のアワード大賞も受賞していますが、多様な人材が活躍できる場をつくることは、会社のビジョン達成に必要だと考えています。実際に制度も一つ一つ整えています。
中途採用で入社したシニアの方も経営の幹部として活躍されています。だから20代と70代が同じ席で仕事しているようなことも起こりますし、国籍も多様です。ジェンダー比率も半々です。
ーー貴社にフィット感のある人材とは?
竹内香予子:
採用時には候補者が我々の企業文化に合致するかを重視しています。私たちに共感してくださる方であると同時に、エンドユーザーに届ける商品をつくっているので、その方自身がどれだけ暮らしにこだわりを持っているか、というのは採用時に徹底的にチェックします。
『アイデアと技術で 「私らしい暮らし」 を世界へ』というビジョンを実現するためには、弊社のメンバーからまず実践していくことが必要です。
メンバーとユーザーに相関関係があると考えるならば、メンバーの「私らしい暮らし」へのこだわりは、ビジネスモデルを実現するための必要な要素だと思っています。生活と仕事が融合するような状態をサポートすることは、ビジネスモデルの推進に寄与すると考えています。
――人材育成にも注力されているということですが、具体的な取り組みを教えてください。
竹内香予子:
人材育成も大事で、メンバーの成長が会社の成長につながると思っています。挑戦・冒険をしていくことを弊社のテーマに掲げています。環境づくりも大事で、たとえば直近ではMBAを取りたいので、補助が欲しいという話もありました。
パイロットケースを通じて会社の制度として落とし込めそうなら、制度化して社内にリリースすることを繰り返しています。
私たちは例外を生もうとする人に対して耳を傾けて、必要なら会社の制度に落とし込んでいくことにしています。それが弊社の人材育成のユニークなところだと思っています。
編集後記
「会社には、例外をつくる人がいることが結構重要です。」と語る竹内社長。社長自身、デザインや情報発信を耐久消費財の世界に持ち込んだことも「例外を作った」と言えるだろう。ユーザーに寄り添い、暮らしをよくするビジョンとその背景に深く共感を覚えたインタビューだった。
竹内香予子(たけうち・かよこ)/1982年兵庫県生まれ。大学卒業後、新聞社で記者として警察・行政の取材を担当。2009年に退職し翌年父親が経営する平安伸銅工業に入社、2015年に32歳で代表取締役に就任。つっぱり棒の企画開発で培ったノウハウを活かし、伝統と革新を併せ持つ「老舗ベンチャー」として、時代に合わせた商品開発を続けている。