社会の多様化が進む中で、高齢者や障害者を含むすべての人がいきいきと暮らせる社会の実現が求められている。株式会社松永製作所は、福祉用具の製造から販売までを手がける完成品メーカー。
なかでも車椅子は国内トップクラスのシェアを誇り、競技用車椅子においても高い評価を得ている。「パリ2024パラリンピック競技大会」ではバスケットボール日本代表やイギリス代表などと異例ともいえるサポート契約を結び、選手の活躍を支えていたことも記憶に新しい。そんな同社を率いるのが、創業者の父から2代目としてバトンを受け継いだ代表取締役社長の松永紀之氏。
人々が自分らしく生きられる社会の実現に向け、利用者が本当に必要としている車椅子を生み出し続けてきた同社の強みと展望を聞いた。
「座っている時間の長さ」に注目した技術開発
ーー貴社の車椅子の強みを教えてください。
松永紀之:
強みは「シーティング技術力(※)」の高さです。
車椅子と聞くと、多くの方は「移動手段」というイメージを持つかと思います。私たちを含め多くの車椅子メーカーも、介護者が動かしやすいような車椅子が必要とされていると考えてきました。
しかし、車椅子に乗っている方の様子を観察したところ、移動している時間は思いのほか短く、車椅子に座ってお食事をされたり、リハビリやレクリエーションをされたり、という時間の方がはるかに長いことが分かったんです。
特に高齢者の方は、車椅子に座る姿勢が悪いと「誤嚥(ごえん)性肺炎」などのリスクが高まります。一方で、きちんとした姿勢をとれると食べ物を正しく飲み込みやすくなるんですね。
こうしたことに気づいてから、医者や理学療法士、介護施設の方々からのフィードバックを開発に反映させつつ、シーティング技術を高めてきました。
※車椅子利用者の身体の寸法や状況、認知機能に合わせて車いすを設定する技術
ーー福祉用具の可能性については、どのようにお考えですか?
松永紀之:
福祉用具を使う方の生活の質は、まだまだ高められると思います。
たとえば座面がしっかりとした車椅子に乗ることで、自分だけの力では食事がとれなかった方が箸を持って食事を楽しめるようになった、というケースが見られます。
また、いつでも行きたいときに、行きたい場所に行ける車椅子も利用者から求められています。私たちも「車椅子ユーザーの生活を改善するには座位姿勢を安定させることが大切」といった発信を10年ほど続けてきました。
「車椅子は、自分らしい生活を送れるようになるツール」というメッセージを社会に届けたいという思いもあり、障害者スポーツのプロ選手もサポートさせていただいています。
社長としての信念は「結論を出したら疑問を持たない」
ーー社長に就任された経緯を聞かせてください。
松永紀之:
弊社は50年ほど前の1974年に私の両親が創業しました。
当時の日本は車椅子が一般的ではなく、経営は非常に厳しかったそうです。両親としても子どもには苦労してほしくなかったようで、「好きなことをしていい」と言われてきましたね。
私は大学卒業後に別の会社へと就職しましたが、父親が病気を患ったことをきっかけに家業を継ぐ決心をして、前職を辞めました。
松永製作所に就職後は営業を5年経験して、社長に就任しています。
ーー社長に就任後、どのような考えで経営を担ってきましたか?
松永紀之:
社長に就任した頃は「もう限界だ」と思ったことが何度もありました。これまでさまざまな悩みに直面してきましたが、すべての壁を乗り越えてきたともいえません。
でも私は「あのとき、こうしていたら」と後悔することはなく、むしろ「今があるからいいじゃないか」という考えを持っています。
一度決めたことに疑問を持つと考えがぶれますし、私が迷ったら社員も迷い、結果的に会社全体が揺らいでしまいます。
そもそも私は、自分を完璧な人間とは思っていません。それでも、会社を支えることが私に課された責務であり役割です。
心の中で葛藤を覚えることも正直ありますが、社員からきちんと情報をもらいつつ、「正しくジャッジできる人間であろう」という意識は常に持ち続けてきました。
進展する高齢化に、ものづくりの面から力になる
ーー今後の展望について、どのようにお考えですか。
松永紀之:
国内市場でのシェア拡大を目指しつつ、海外展開も引き続き視野に入れていきたいと考えています。
日本国内でいうと、高齢化に伴い、車椅子の需要は今後も伸びることが予想されます。福祉用具の製造で長年培ってきた技術力やノウハウを活かし、引き続きマーケットリーダーを目指していきたいですね。
一方で、海外に関しては「アジアでニッチトップを目指す」というビジョンを描いています。
というのも、特に先進国には高齢化が進んでいる国が多く、福祉用具の販売ルートもすでに確立されているため新規参入が難しいのです。
その点、アジアの新興国をはじめ、これから高齢化を迎える国は、まだ参入の余地があるため、福祉用具のマーケットがまだ小さいうちに、地域でニッチトップになることを目指しています。
ーー貴社で働く魅力はどのような点にありますか。
松永紀之:
完成品メーカーであるため、自分の仕事が製品として形になり、社会の役に立っている様子を実感しやすいことだと思います。
製造業に勤めていると、自分がつくったものを日常生活で見る機会は多くありません。一方で弊社に関しては、たとえば高齢者の方が車椅子を使って移動している姿を間近で見ることができます。
一生懸命取り組んだことが、世の中をほんの少しだけでも良くしている。
こうした実感を得られるのは、長い仕事人生を送るうえでの大きなモチベーションになるはずです。
「世の中に貢献したい」という思いを持っている方や、チャレンジ精神がある方とともに、これからも健康と福祉の面から社会の力になっていきたいですね。
編集後記
インタビューの中で「貢献」という言葉を何度も強調されていた、松永社長。「お客様の役に立つ」という信念をぶらさず、あくまでも謙虚にものづくりを続けてきたからこそ、松永製作所の福祉用具は多くの利用者に支持されているのだと実感した。
同社がつくる車椅子は、多くの方が自分らしく人生を歩んでいくための“足”として、この先も多くの笑顔を社会に咲かせてくれるに違いない。
松永紀之/1971年生まれ。日本大学卒業。新卒で入社した会社を経て1997年松永製作所に入社。2004年代表取締役社長に就任。