
建設業界が直面する労働力不足や従事者の高齢化、そして地球温暖化に伴い激甚化する自然災害という現代の難局。これらの複雑な課題に対し、単なる自動化ツールの導入にとどまらず「現場の構造改革」という俯瞰的な視点からソリューションを提供する企業がある。それが知能技術株式会社、通称「CHINOU Robotics」である。同社を率いる代表取締役社長の大津良司氏は、30年にわたるロボット開発の経験を持つこの分野のフロントランナーだ。大津氏の言葉には、最新の技術トレンドの枠を超え、技術者として「人の命を救いたい」という純粋で揺るぎない信念が貫かれている。現在は自社のコア技術である「フィジカルAI」と、既存資産を活かす「レトロフィット(後付け)」という独自の戦略を武器に、世界最大の市場であるアメリカを射程に入れた本格進出を果たそうとしている。その挑戦の軌跡と、同氏が描き出す未来の核心について話を聞いた。
阪神・淡路大震災の無力感から始まった命を守る技術への執念
ーー起業の原点、「技術で人の命を救う」という思いが生まれた背景をお聞かせください。
大津良司:
私の根底には、1995年に発生した阪神・淡路大震災で感じた深い無力感と、技術者として社会の役に立ちたいという強い使命感があります。大好きだった故郷の街が一瞬にして崩壊し、数千人もの尊い命が失われた光景を前に、私は無力感に打ちのめされました。「自分の手で直接人の命を救いたい、二度とこのような悲しい思いを多くの人にさせてはならない」という痛切な思いが転換点となり、これからの人生を人の命を守ることに捧げようと心に決めました。この原点は30年経った今も弊社の開発の根底に深く刻まれています。私たちにとってロボット開発は単なる技術の誇示ではなく、命を守るための具体的な実装そのものなのです。
ーー大企業から独立し、自らリスクを取って起業の道を選んだ理由を教えてください。
大津良司:
サラリーマンという組織の枠組みでは、「命を救う仕事」を自ら選び取ることは困難だと考えたからです。震災前、私は富士通株式会社を経てソニーグループに在籍しており、ソニー創業者である盛田昭夫氏の「アントレプレナーシップ(企業家精神)を持とう」というメッセージに鼓舞されました。大企業で決められたプロジェクトをこなすだけでなく、自ら会社を立ち上げ、技術で人の命を救うビジネスを展開することに迷いはなく、震災の翌週には事業を開始したのです。自分の人生をハンドリングする最高に面白い「社長業」というゲームへの挑戦は、私の誇りでもあります。
既存の重機を生まれ変わらせる後付け戦略とフィジカルAIとの融合
ーー現在、貴社が最も注力している「フィジカルAI」とはどのような技術でしょうか。
大津良司:
AIを画面の中のソフトウェアだけに閉じ込めるのではなく、現実世界の形ある物理的な機械を直接自律制御する技術のことです。一般的なAIは過去の膨大なデータから最適解を選ぶものですが、実際の建設現場や災害現場は常に予測不可能な未知の事象にあふれています。私たちは、AIが物理的な機械を動かして現実世界に働きかける「フィジカルAI」こそが、人が担う過酷な労働環境を変革する鍵だと確信しています。たとえば、工事現場でよく目にするショベルカーなどの建設機械を、AIが自ら周囲の状況を見て考えて自動的に動かすシステムを開発しています。
ーー既存の建設機械を自動化する「レトロフィット」についてお聞かせください。
大津良司:
市場に存在する膨大な数の既存建機を対象にすることで、メーカーとの競合を避け、短期間での社会実装を圧倒的なコストパフォーマンスで加速させる意図があります。新しい重機を開発・製造するのは大手の建設機械メーカーの仕事であり、私たちがそこへ参入してもビジネスをスケールさせることはできません。私たちの役割は、顧客がすでに保有している既存の建設機械を改造し、「いかに自律的に動かし現場を安全にするか」という知能化の領域において価値を最大化すること。顧客が持つ資産を活用するべく、導入ハードルとコストを劇的に下げ、社会全体のデジタル化をスピーディーに進める緻密な合理性が組み込まれています。
ーー貴社の遠隔操作の技術は、建設業界にとってどのようなメリットを発揮するのですか。
大津良司:
過酷で危険な現場をオフィスや自宅から遠隔操作できるようにすること、さらにAIの自律制御によるサポートを組み合わせることで、若者や女性、障がい者までもが参画しやすい環境へと業界構造そのものを変革します。現在の建設業界は29歳以下の従事者が全体の約10%しかおらず、50歳以上が大きな割合を占めるなど、担い手不足と高齢化が深刻です。地方の建設会社はかつての4分の1に減少し、現場を支えるのは外国人労働者という現実があります。「きつい、汚い、危険」というイメージが先行しがちですが、私たちの技術を用いれば「若い世代が慣れ親しんだデジタル操作感覚」でリアルの重機を自宅から安全に動かせます。次世代が興味を持つ魅力的な業界へとイメージを刷新することが、私たちの目指す本質的な構造改革です。
答えのない課題に挑む博士2名の少数精鋭集団と残業ゼロの環境

ーー貴社のエンジニアの強みについてお聞かせください。
大津良司:
弊社は正社員エンジニアが私を含めて2名という非常にコンパクトな体制ですが、全員が博士号(Ph.D.)を保持し、答えのない漠然とした問いに対峙し続ける思考力を持っている点にあります。大手企業の研究所でも解決できない、仕様書もない複雑な課題は多数存在します。私たちの強みは、こうしたお客様の曖昧な課題を具体的な技術課題へと正確に翻訳し、ゼロから解決策を検索・構築して実装までやり遂げる「本質的なコンサルティング力と実装力」です。博士課程で培った「悩み抜きながら道を切り拓く訓練」をしてきた人材だからこそ、誰も見たことのない先端技術の社会実装を成し遂げることができるのです。
ーー「本質的コンサルティング」を体現した具体的なエピソードを教えてください。
大津良司:
お客様が真に求めている成果から逆算して、ときには自社開発をあえて行わず「市販の既製品を使うのが一番の近道です」と進言したエピソードがあります。ある大手の製鉄会社様から「非常に危険な場所で稼働する特殊ロボットを開発したい」とご相談を受けました。技術的には開発可能でしたが莫大なコストと時間がかかるため、市販されている既存製品を組み合わせた低コストな解決策をそのままアドバイスしたのです。お客様が本当にほしいのは「AIやロボット」ではなく「現場の危険排除と生産性向上」という結果です。この手段に固執しない誠実なスタンスが、日本の代表的な大手企業様から一番に相談される強固な信頼関係を生み出しています。
ーー少数精鋭でありながら世界規模の開発ネットワークを構築できている秘訣は何ですか。
大津良司:
大阪大学などのネットワークを通じて、海外のトップクラスの大学から毎週のように優秀なインターン生が自発的に集まる「バーチャルな開発体制」を構築している点です。全世界の学生と数ヶ月間、実際のプロジェクトで働き、技術力や人間性を深く理解し合った上で信頼関係を築いています。彼らが母国に戻った後も開発をサポートしてくれるエコシステムがあり、圧倒的な開発スピードを維持することが可能です。また、弊社は「残業ゼロ」を徹底し、9時から18時の8時間労働で最大限のパフォーマンスを発揮するルールを敷いています。この心身のゆとりこそが、エンジニアが高いモチベーションを維持できる健康的な土壌となっています。
200万台のアメリカ市場から日本の中小企業へ 変革を逆輸入する構想
ーービジネスをスケールさせる舞台として、アメリカ市場を選んだのはなぜですか。
大津良司:
日本市場は個別仕様が多く横展開が難しいのに対し、アメリカ市場は標準化が進んでおり圧倒的な規模感で一気にビジネスをスケールできるからです。現在、弊社は米国有数の建設機械レンタル企業との共同プロジェクトを進めています。全米に広がるネットワークを通じて、自社技術を大規模展開できる可能性があります。アメリカ東海岸のパートナーとは15時間もの時差があるため、連日夜中から英語で激しい協議を行っていますが、世界基準で私たちの技術が認められる手応えを非常に強く感じています。
ーーグローバルな認知度を一気に高めるきっかけとなったエピソードをお聞かせください。
大津良司:
世界最大級のスタートアップ支援機関であるPlug and Playが運営するシリコンバレーのスタートアップコンテストで優勝しました。その後、中国・深圳で開催された国際コンテストでも高い評価を受け、グローバル市場で当社のPhysical AI技術が評価されるきっかけとなりました。独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)の支援でシリコンバレーを訪れた繋がりから応募を勧められ、2025年夏の北米・カナダ地区予選を勝ち抜き、本選で見事に優勝を果たしたのです。ソフトウェア単体のスタートアップが多い中、フィジカルAIと重機をかけ合わせたハードウェアの提案は非常に稀有であり、審査員から驚きをもって迎えられました。
ーー将来的に見据えている日本市場への「逆輸入」構想について教えてください。
大津良司:
アメリカの圧倒的なスケールメリットによって量産効果を高め、安価で高性能になったAIパッケージを日本へ持ち帰ることで、地方の中堅・中小建設会社の底上げを実現する構想です。国内だけで普及させようとしても開発コストが高止まりし、資金力のない地方の建設会社には到底手が届きません。そこで私たちは、まず市場の大きいアメリカで大量導入を成功させ、ロボット化パッケージの製造単価を劇的に引き下げる戦略をとっています。世界規模で量産され高品質になったパッケージを逆輸入すれば、日本の地方に数多く存在する建設会社でも容易に最先端のAI自動化技術を導入できるようになります。
年間7万件の山火事に挑む 防災分野への多角的展開とユニコーンへの飛躍
ーー建設業界以外で、貴社の自律駆動技術やAIが応用されている領域はありますか。
大津良司:
「技術で人の命を救う」という大原則に基づき、激甚化する災害から人々を守る「防災・安全」の分野へ技術を多角的に応用しています。たとえばアメリカでは地球温暖化の影響により、年間約7万件もの深刻な山火事(ワイルドファイア)が発生しており、多くの人命や自然が失われています。また日本国内でも冬場の大雪や近年の猛烈な酷暑など、現場の危険性が増しています。弊社はすでに国内の9府県で6年間にわたり稼働している消防ロボットのノウハウを持っています。この自律駆動技術を進化させ、人間が立ち入ることができない危険な災害現場での消火活動や人命救助にロボットを役立てる取り組みをグローバルに開始しています。
ーーハードウェアだけでなく、ソフトウェア単体ではどのような成果を上げていますか。
大津良司:
現場の映像から危険な行動を自動で検知するAIアプリケーションを開発し、食品業界や建設業界向けに提供を開始しています。ロボットの制御だけでなく、基盤となるAI技術の一部を切り出し、パソコン上で動作する実用的なアプリとしての提供も行っています。労働災害を防ぐ「危険行動検知AIアプリ」は、監視カメラ映像をリアルタイムで解析し、作業員の危険な動きを瞬時に見つけ出してアラートを出します。すでに大手メーカーの製造ラインなどに導入され、投資回収期間を6か月に設定するビジネスの高い収益性と社会貢献性の両立を証明しています。
ーー創業19期目を迎え、貴社は今後どのような企業へと進化していきますか。
大津良司:
受託型の中小企業に甘んじることなく、独自の先端技術を武器に世界中の現場を安全に変え、急成長を遂げる「ユニコーン企業」への飛躍を目指します。弊社は今、これまでの長い研究開発と信頼構築の期間を経て、一気に世界へとスケールする最高のタイミングを迎えています。既存の枠組みにとどまるつもりはありません。世界最大のアメリカ市場、そして巨大なグローバル市場において、私たちのフィジカルAIとレトロフィット技術を世界規模で普及を加速させ、社会に圧倒的な変革をもたらす先端技術の成長体へと進化を遂げます。ロボットの力強い駆動音とともに、世界中の過酷な現場を安全で快適な場所へと変えていくことが私たちの新しい挑戦です。
職人の暗黙知を拡張し次世代の技術者へ “面白いゲーム”を遺す視座
ーーテクノロジーの社会実装において、最も重要視している視座を教えてください。
大津良司:
AIで人間を完全に置き換えるのではなく、現場の熟練職人が持つ「暗黙知」とAIの正確性を融合させる「人間中心(ハイブリッド型)」の制御にこだわっています。厳しい現場で培われた職人の感覚は簡単にデータ化できるものではありません。AIはあくまで過去データの集積に過ぎず、それだけで現場のすべてをコントロールしようとすれば予期せぬトラブルに対応できずかえって危険を招きます。だからこそ私たちのフィジカルAIは職人の腕を奪うものではなく、卓越した能力を拡張し危険な作業から身を守る最高の「パートナー」として設計されています。この人間に対する深いリスペクトがあるからこそ、現場からの抵抗感を払拭してスムーズな社会実装が可能になると考えています。
ーー次世代の若手技術者や未来の仲間へ向けたメッセージをお願いします。
大津良司:
「人生は1回限り」。誰にも負けない専門性や発想という武器を磨き、何事にも恐れずに自ら手を挙げて挑戦する、ワクワクする人生を歩んでください。私は早稲田大学での招聘研究員としての活動を通じ、次世代の若手技術者の育成にも力を注いでいます。オフィスに集まるインターン生たちには、技術の習得だけでなく、答えのない問題にどう立ち向かうかという考え方を伝えています。「私がやります」と主体的に手を挙げ、たとえ失敗してもそこから得られる経験値は計り知れません。起業や社長業は、自分の人生を自ら切り拓く最も挑戦しがいのある仕事です。弊社には日々新しい発見があり、世界基準の最先端技術に触れられる最高の環境が整っています。ともに世界を変える大きな挑戦へ飛び込んでくれる仲間を待っています。
編集後記
同社が掲げる「技術で人の命を救う」という信念と、それを実現に導く合理的なビジネス戦略との融合。単に最新のテクノロジーを追い求めるのではなく、現場の職人への深いリスペクトを忘れない人間中心の視座があるからこそ、社会に受け入れられる。グローバルな巨大市場への本格進出と、そこで量産されたパッケージの逆輸入という野心的な構想は、慢性的な労働力不足に悩む国内の建設業界にとって救世主となり得る。世界を動かす次世代のユニコーン企業に輝く同社の未来が見えた。

大津良司/1957年、兵庫県神戸市生まれ。大阪大学大学院医学系研究科を単位取得退学、博士(生命医科学)。早稲田大学招聘研究員。富士通株式会社を経て、阪神・淡路大震災を契機に人の命を守るロボットの研究開発に従事。知能技術株式会社を創業し、代表取締役に就任。AI・ロボット技術を用い、建設・防災分野や社会課題の解決に努めている。総務省・国土交通省などの委員を歴任し、海外で技術普及にも取り組む。国内外で多数の受賞歴を有する。