高齢化や人口減少を背景に今後ますます需要拡大が見込まれるロボットやAI(人工知能)業界で、清掃ロボットや高速道路のセンサー開発など多様化する顧客ニーズに応えてきた知能技術株式会社。
起業のきっかけは多くの犠牲者を出した阪神淡路大震災と語る大津社長に、起業にかける思いや製品開発にかける思い、今後の事業戦略についてうかがった。
阪神淡路大震災の翌週には起業
ーー起業のきっかけを教えてください。
大津良司:
事業を始める前、私は富士通で仕事をしていました。当時、ソニーの創業者の1人である盛田昭夫さんが「アントレプレナーシップ(企業家精神)を持とう」と話をされていて、「起業」というものに強い関心を抱いていました。サラリーマンの仕事はとても狭い範囲ですし、当然自分に合う仕事は選べません。そのような環境に少し不満があり、「もう少し自由に仕事をしてみたい」と思い起業をしました。
ーー阪神淡路大震災も起業のきっかけとうかがいました。
大津良司:
阪神淡路大震災の時、大好きな故郷で6000人程の人たちが亡くなり大きなショックを受けました。故郷が崩壊したことがとても悲しく、「自分の力で人の命を助けたい」と強く思うようになりました。
人の命を助けるには手段が2つあると思います。1つは医学部に行って医学で人を助けることで、もう1つは自分で会社を作って技術で人を助けることです。私はもともと富士通にいたこともあり、「技術で人の命を助けることができるのではないか?」と考え、「絶対何とかなる」と自分を信じて大震災の翌週には会社を立ち上げました。
ーー会社を立ち上げた後、何か苦労はありましたか。
大津良司:
思いつきで始めた会社でしたので、まず資本金があまりありませんでした。現在と違い当時は1000万円未満の資本金だと有限会社しか作れなかったので、自分の貯金300万円を資本金にして有限会社として事業を開始しました。
しかし、それからほどなくして危機に直面しました。それは妻から「お金が1円もない」と言われたときのことです。家族を幸せにすることは私の最低限の責任と思っていたので「妻にそんな心配をさせていたのか」と猛省し、経営について相談を周囲にもちかけました。するとある会社が1500万円を出資してくれることになり、さらにその会社内に私たちのオフィスも作ってくださるという幸運に巡り会うことができました。
ーー製品開発に関するきっかけを教えてください。
大津良司:
震災時、消防や行政職員など救助に関わる人で、実際に現場に行かない人たちは、テレビ中継を通してしか災害現場の様子が分りませんでした。そこでタブレットなどでテレビ中継のようにリアルタイムで現場の状況が分かる製品があれば、救助作業に大きく役立つだろうと考え、周囲に相談したところ面白い話を聞くことができたのです。
それはF1レースの時にリアルタイムで車の中の様子を見られる仕組みについてでした。詳しく調べてみると、F1ではしっかりとした無線が整備されていることが分かりました。「同じような無線を作ればいいのではないか」と具体的な製品開発を行いました。
その後防衛省に提案に行き、陸海空で1番偉い幕僚長の前で説明をする機会を頂戴しました。ただ一定の評価はいただいたものの、実際の購入にはつながりませんでした。
ーー何か転機はありましたか。
大津良司:
会社を設立してから10ヵ月が経ち、開発した製品の売り先を模索していた頃です。国交省が、長崎県の雲仙普賢岳が噴火し2次災害を防ぐため、世界で初めてラジコンで大きな建機を動かす実験を始めました。実験では、操縦する人と建機が離れると無線が通じなくなるという課題に直面していると聞き、早速参加していた大手のゼネコンにアプローチしました。
何社かには断られましたが、幸い鹿島建設に建設機械の遠隔制御システムの採用、改造や調整といった機会をいただき、現場で製品を使っていただけることになりました。
「多くの人の命を助けたい」という思いがようやく叶ったのです。その後、さまざまな災害の現場で弊社の製品が役に立ち、当時の会社「新社会システム研究所」は社会から認められる企業になりました。
技術課題をロボットで解決
ーー新会社の特徴はどのようなところでしょうか。
大津良司:
2007年に知能技術株式会社を設立した時点で、すでにロボット開発という仕事が決まっていました。お客様は日本を代表する企業ばかりです。そんな企業と弊社はなぜお付き合いいただけるかというと、私たちはお客様の課題を技術課題に置き換えて解決方法を見つけ、ニーズを実現することが出来る幅広い技術力と経験値を活かして提案できる力があるからだと考えています。
最初から「これを買ってください」というのではなく、「ロボットやAIであなたの課題をこのように解決できます」という具体的な提案をするのです。モノありきではなく、課題を解決することが目的だということです。
たとえば、機械のネジが緩んで困っているお客様がいるとします。そのお客様はドライバー(ねじ回し)が欲しいとは思っていません。緩んだネジを締めたいと思っています。ネジが締まれば何でも良いです。
このような課題解決の観点と、提案力から、お客様は「何とかなるだろう」と色々な要望を私たちにくださるようになりました。
ロボットの力で労働力不足に貢献
ーー現在注力している事業は何ですか。
大津良司:
建設業界においてロボットが労働力不足の課題を解決する強力な手段になると思っています。「既存の建設機械をロボットに置き換えられないか」という期待を私は強く持っています。この「期待」を具現化するために、私たちは、建設機械をラジコンで操作し、AIが遠隔地から機械を操縦する実証試験を現在行っています。最終的には「完全自動化」の実現が目標です。
ーー今後の事業展開について教えてください。
大津良司:
最近は海外展開に取り組みを行っており、米国企業などと協力し海外進出の協議を重ね、ここ数年は海外出張にも行き、現地の企業と情報交換を続けています。また、国内外を問わず博士号を取得した優秀な人材の確保もしていきたいと思っています。
ーー起業を考えている人へ何かメッセージはありますか。
大津良司:
1回限りの人生を自分の足で歩んでいくという意味では、社長業は面白い仕事です。自分の考えや判断で何でもできますから。起業するために重要な要素の一つは専門性です。技術力や発想力、アプローチ力など誰にも負けないという強みを持っていないといけません。もし、「誰にも負けない強み」があると思うならば、ぜひ社長業にも挑戦してみていただきたいと思います。
編集後記
起業の原点となった「人の命を助けたい」との強い思いは実現し、現在では災害現場で活躍する救助ロボットなどに同社の技術が活用されている。今では、人命救助の現場だけでなく起業の課題解決など事業規模を拡大しつつある同社。海外展開を見据える次の一手に注目したい。
大津良司(おおつ・りょうじ)/博士(生命医科学)、早稲田大学招へい研究員ほか。大阪大学大学院医学系研究科など大学における研究歴多数。出身地神戸の大震災を契機に人の命を救うことを仕事にすると決意し、株式会社新社会システム研究所を経て知能技術株式会社を設立。電力・鉄道・石油・化学・製鉄・重工業・自動車・医療向けロボットやAIを自社開発している。ACM SIGGRAPH Special Prize、NTT東日本アクセラレータプログラム優秀賞ほか多数受賞。「人工知能を活かす経営戦略としてのテキストマイニング」ほか著書多数。