※本ページ内の情報は2024年1月時点のものです。

工具を使って自分で家具や小物を作ったり、壁紙の張り替えを行ったりするDIY。かつては日曜大工と呼ばれた趣味の世界が、新型コロナウイルス感染拡大に伴う在宅時間の増加を経て更なる人気を博している。

DIY商品のネット通販「DIY FACTORY」で急成長を遂げている大都。その始まりは1937年に開業した、かんなやのみといった利器工匠具の卸問屋だった。

同社社長である山田氏は、株式会社リクルートの人材営業でトップの成績を収める営業マンであったが、学生時代から交際していた妻の実家である大都に、後継者として入社するという経緯を持つ。

リクルートと工具卸の文化の違いや、昨年の2月に新たにオープンした事業者向けECサイト「トラノテ」について、山田社長に話をうかがった。

リクルートで得られた3000人の経営者たちとの出会い

ーー大学卒業後、なぜリクルートに就職しようと思われたのですか?

山田岳人:
大学時代からリクルートでアルバイトをしていました。アルバイトといっても、スーツにネクタイを締め、名刺を持って外回りを行う、社員と変わらない仕事です。いざ就職活動をする際、リクルートから内定をもらっていたのですが、自分試しの意味も込めて、当時株価日本一だったキーエンスを受けてみました。
無事にキーエンスからも内定をもらいましたが、「キーエンスだとクライアントである工場にしか営業に行けない。リクルートなら業種問わずに多くの経営者に会える」と考え、リクルートを選びました。

ーーリクルートで特に学びとなった経験は何でしょう?

山田岳人:
リクルートの営業で3000人程の経営者の方とお話しできたことが、何よりの財産です。急成長を遂げている会社もあれば、業績の苦しい会社もあり、多様な状況の方々と話をする中で、成功する人に共通する考え方や、「こういうのが成功している会社のオフィスだな」など、学ぶことが多くありました。

ビジネスマンから一転、作業着でトラックを転がす日々

ーーリクルートに6年間勤務し、結婚を機に奥様のご実家である大都に転職されました。全く違う業種ですが、どのようなスタートを切られたのでしょうか?

山田岳人:
リクルート時代は、スーツにネクタイでいわゆるビジネスマンという風貌でしたので、その姿のまま出社したら「何でスーツなんて着てきたんだ」と怒られました。当時の大都は、主に小売店などに工具を卸す仕事がメインでしたから場違いな格好だったのでしょう。すぐさま作業着に着替えて、「配達があるからトラックの運転手をしてくれ」と言われましたが、人生でトラックなど運転したこともありません。
トラックの運転に慣れていない上、マニュアル車も久々でしたので、エンストばかり起こして、助手席に座る社員の方にも「情けない奴だ」と呆れられました。数日前までリクルートでナンバーワンの営業マンだったのが嘘のようでした。

現状を見切り、新たなステージへ

ーー従来の工具の卸問屋という形態から、どのようにして現在のネット通販業態に移行されたのでしょうか?

山田岳人:
この会社に来たからには、「とにかく事業を伸ばそう」と最初は思っていました。しかし新規開拓をするにしても、結局小売店は安くないと購入してくれず、「問屋業は規模が大きいところが勝つ」という暗黙のルールがありました。これでは会社が続かないので、違うことをしようと思いました。

「仕入れ先という資産を生かした次のビジネスは何だろう」と考え、これまでホームセンターに工具を卸していたけれど、ホームセンターに来ているお客さんにも直接売ろうと思い立ち、2002年にBtoCのネット通販を始めました。

価格と納期の両方で勝つ、「トラノテ」の戦略

ーー2023年2月に新たに開始された事業者向けサービス「トラノテ」についてお聞かせください。

山田岳人:
本業であるBtoBの工具卸が赤字続きで廃業に追い込まれましたが、2002年に始めたBtoC向けECサイトは堅調でした。

ECサイトで急成長してきましたが、競合が増えてきたことに加えてAmazonが書籍以外の分野にも進出しました。取り扱うDIY用品自体は同じですから、差別化は難しい。Amazonの脅威に対抗するには、Amazonがやっていないことに挑戦するしかないという思いから、積極的に新規事業を立ち上げていきました。

本業であるDIY用品のECサイト「DIY FACTORY」の運営のほかに、プライベートブランド(PB)事業、スマートフォンアプリ開発事業、体験型実店舗経営事業の4つを展開。薄利多売で競合が増加するEC事業だけでは将来が不安だという思いから、多角化しながら売り上げを拡大する経営戦略でした。上場を目指していましたが、多くの困難がありました。そこで2019年には4事業中3事業をたたみ、本来強みを持っているEC事業に集中することにしました。そうした事態を招いたのは、自分たちの実力が足りないまま同時にいくつもの事業を走らせた、完全な経営ミスでした。過去に経験した数々の失敗から「派手なことはしない」と心に決めて、EC事業をさらに固めることに集中してきました。

そして満を持して昨年の2月に「トラノテ」というBtoB向けのECサイトをオープンしたのです。
トラノテは取引先と連携する仕組みになっていて、メーカーやサプライヤーにサイトのIDとパスワードを渡して、彼らが商品を管理します。そのため大都では在庫を持たず、倉庫に大きな投資をしないことでコストを抑えられます。

ーートラノテのサービスの特徴としてダイナミックプライシングを採用されていますが、詳しくお聞かせください。

山田岳人:
自社で開発しているプライシングエンジンにより、需要の変動に応じて商品価格を自動的に調整する「ダイナミックプライシング」という仕組みをとっています。
自社で倉庫を保有し何百億円と投資をするということは、その分利益で回収しなければいけないということです。私たちは取引先が在庫を管理し、倉庫に投資をする必要がないため、その分価格に反映させやすい構造をとっています。比較してみると、大体の商品が他社と比べて安くなっていると思います。トラノテでは単純に価格を「最安」にするのではなく、お届け日数と金額を考慮した「フェアプライス(適正価格)」と呼んでいます。

納期についても、他社より圧倒的に早く納品できます。私たちは昔から大阪の物流センターと取引があり、地元のメーカーとも連携しているため、取り寄せ商品でもスムーズに配送が可能なのです。注文をもらったら、その日のうちに出荷できる仕組みを作っています。

DIYができなくても、欲しい商品が買える世界を作りたい

ーートラノテの次なる構想などはお考えですか?

山田岳人:
次の構想としては、施工業者と購買者のマッチングをしていきたいなと考えています。
現在、トラノテには1万5千社を超える事業者の方に登録していただいているので、どの地域にどのような工事ができる業者がいるのかを私たちは把握できます。一方で、BtoC向けDIY FACTORYのサイトではさまざまなDIY商品を取り扱っていますが、実際には「自分で取り付けができなくて欲しい商品が買えない」というお声をいただくことがあります。

そこで、私たちが商品の購入者に施工業者を紹介し、マッチングさせるサービスを提供していきたいと考えています。DIYの知識や手腕がない方でも、このマッチングサービスがあれば、買うのを諦めていた欲しい商品をためらわずに購入することができます。また施工業者の方にとっても、トラノテで道具だけ提供するのではなく、仕事も提供していくことができます。

編集後記

リクルートのトップ営業から一転、町の工具卸へと職を移した山田社長。場所をいとわず常にベストを尽くし、改革を続け大都を牽引してきた。
「私たちのような創業八十数年で、大阪の下町の会社でも上場できるのだということを、次の世代にも見せていきたい」と上場への意欲を語った。大都のあくなき挑戦はまだまだ続く。

山田 岳人(やまだ・たかひと)/1969年石川県生まれ。京都産業大学経営学部卒業後、株式会社リクルートに入社。6年間人材採用の営業を経て、1997年に妻の実家の後継者として大都に入社。2002年にEC事業を立ち上げる。2011年同社代表取締役社長に就任し、現在に至る。社団法人DIY協会認定の「DIYアドバイザー」の資格を保有している。