
工具を使って家具や小物をつくったり、壁紙の張り替えを行うDIY。かつては日曜大工と呼ばれた趣味の世界だが、コロナ禍の在宅需要をきっかけに裾野を広げ、今や私たちの生活にすっかり定着した。かつてDIY商品のネット通販「DIY FACTORY」で成長を遂げ、現在は事業者向けECサイト「トラノテ」を中核事業として急拡大を続ける株式会社大都。その始まりは1937年に開業した、「かんな(鉋)」や「のみ(鑿)」といった利器工匠具の卸問屋だった。
同社の代表取締役社長、山田岳人氏は、株式会社リクルートの人材営業でトップの成績を収めた営業マンであったが、妻の実家である同社に後継者として入社した経歴を持つ。リクルート時代の経験から、現在急成長を遂げる「トラノテ」の戦略、そして組織づくりやDIYが文化となる未来を見据えた壮大なビジョンまで、山田氏に話を聞いた。
リクルートで得られた3000人の経営者たちとの出会い
ーーファーストキャリアとして、なぜリクルートを選ばれたのですか。
山田岳人:
もともと、大学在学中から株式会社リクルートでアルバイトをしており、スーツにネクタイを締め、名刺を持って外回りを行う、ほとんど正社員と変わらない仕事をしていました。その後、就職活動をする際は、既にリクルートから内定をもらっていたのですが、自分試しの意味も込めて、当時株価日本一だった株式会社キーエンスを受けたのです。結果、無事にキーエンスからも内定をもらえましたが、「キーエンスだとクライアントである工場にしか営業に行けない。リクルートなら業種を問わずに多くの経営者に会える」と考え、最終的にはリクルートを選びました。
ーーリクルートで特に学びとなった経験はありますか。
山田岳人:
リクルートの営業で3000人程の経営者の方とお話しできたことが、何よりの財産です。急成長を遂げている会社もあれば、業績の苦しい会社もあり、多様な状況の方々と話をする中で、成功する人に共通する考え方や、「こういうのが成功している会社のオフィスだな」など、学ぶことが多くありました。
ーー異業種である貴社に転職された際は、どのようなスタートだったのでしょうか。
山田岳人:
リクルート時代は、スーツにネクタイでいわゆるビジネスマンという風貌でした。そのため、弊社に初出勤した日もスーツを着ていたのですが、「何でスーツなんて着てきたんだ」と怒られました。当時の弊社は小売店への工具卸業がメインでしたから、場違いな格好だったのでしょう。
その後すぐさま作業着に着替えると、今度は「配達があるからトラックの運転手をしてくれ」と指示を受けました。しかし、それまでの人生でトラックを運転したことなど一度もありません。その上、マニュアル車の運転も久々でしたので、エンストばかり起こして、助手席に座る社員からも「情けない奴だ」と呆れられていました。数日前までリクルートでナンバーワンの営業マンだったのが嘘のように感じましたね。
現状を見切り、新たなステージへ
ーーどのような流れで現在のEC事業に移行していったのですか。
山田岳人:
入社当初は「この会社に来たからには、とにかく事業を伸ばそう」と思っていました。ただ、新規開拓をするにしても、結局小売店は安くないと購入してくれず、「問屋業は規模が大きいところが勝つ」という暗黙のルールがあり、これでは会社が続けられません。そこで、違うことをしようと「仕入れ先という資産を生かした次のビジネスは何だろう」と考えたのです。これまでホームセンターに工具を卸していたような、ホームセンターに来ているお客さんにも直接売ろうと思い立ち、2002年にBtoCのネット通販を始めました。
ーー事業者向けECサイト「トラノテ」を開始された経緯を教えてください。
山田岳人:
大きな理由としては、新規事業への多角化で失敗を経験し、本来の強みであるEC事業へ集中するためです。2002年に始めたECサイトは堅調でしたが、本業の工具卸は赤字続きで廃業に追い込まれました。その後、ECサイトは急成長したものの、AmazonがDIY分野へ進出したことで差別化が難しくなったのです。
そこで、Amazonが手がけていない領域に挑戦しようと、プライベートブランド(PB)事業やスマートフォンアプリ開発事業など4つの事業を展開しました。しかし、実力が足りないまま多角化を進めたことは完全な経営ミスでした。上場を目指す中で多くの困難に直面し、2019年には3事業から撤退することになります。そんな過去の失敗から「派手なことはしない」と心に決め、強みであるEC事業を固めることに集中してきました。そして満を持して、2023年2月に事業者向けECサイト「トラノテ」をオープンしたのです。
400万点の品揃えと毎月の直接訪問で築く強固な信頼

ーー「トラノテ」の特徴を教えてください。
山田岳人:
お届け日数と金額を考慮した「フェアプライス(適正価格)」と、圧倒的な納期の早さが大きな特徴です。自社で開発しているプライシングエンジンにより、需要の変動に応じて商品価格を自動的に調整する「ダイナミックプライシング」という仕組みを採用しました。単純に価格を最安にするのではなく、お届け日数と金額を考慮して「フェアプライス」として提供しています。自社で倉庫を保有して何百億円と投資をするということは、その分利益で回収しなければいけません。私たちは自社で在庫を持たず、倉庫に大きな投資をしないことでコストを抑え、価格に反映させやすい構造を取っているのです。
また、サイトでは現在400万点以上という、ホームセンター数百店舗分にも相当する圧倒的な品揃えを誇ることも強みの一つです。すべてを自社で在庫することは不可能なため、いかに早く取り寄せて現場にお届けするかという、サプライチェーンの正確性とスピードが命になります。そこで、メーカーやサプライヤー様ご自身で商品を登録・管理していただく、マーケットプレイス型のプラットフォームを構築しました。ご自身で管理していただくことで、「来月発売の新商品をいち早く掲載しよう」といったように、メーカー様が最速のタイミングで情報を発信できるため、スピーディーな商品展開が可能になっています。また、仕入先様にはあらゆる情報をオープンにしており、前日の売上個数などもシステム上で把握可能です。お互いに協力し合いながら現場を止めない、スピーディーな配送を実現しています。
ーーサービスを開始されて3年経ちますが、「トラノテ」の状況はいかがですか。
山田岳人:
成長率で見ても一番伸びている中核事業へと育ちました。お客様には会員登録時に200の業種からご自身の属性を選択していただいていますが、最も多いのは建設業の方です。事業者向けといっても、建設業は個人事業主も多い業種であるため、必然的に個人事業主のお客様がメインとなっています。
経済産業省の発表でも、BtoC市場が緩やかな伸びにとどまる一方で、BtoBのEC市場は大きく拡大しています。実際、全国のホームセンターがプロ向け店舗の展開に力を入れていることからもわかるように、昔ながらの金物屋さんが減少し、業界全体で明確なゲームチェンジが起きている状況です。私たちはこの波を捉え、ECを通じてプロの市場にしっかりと入り込んでいく戦略をとっています。
ーー取引先との関係性を深めるため、システム以外で取り組まれていることはありますか。
山田岳人:
いかにAIやIT技術が発達しても、ビジネスにおいて人と人とのつながりは非常に重要だと考えています。そのため、年に1回は取引先様をお招きして私たちの戦略を発表する場を設けたり、社内にあるバーで懇親会を開いたりしてコミュニケーションを深めています。
さらに「ベストパートナー賞」として、約300社ある取引先様の中から最も貢献してくださった1社を選び、毎月私が直接表彰状を持って訪問する活動を行っています。遠方であっても表彰状だけを持っておうかがいしており、既に10年以上続けています。
高い生産性を生む心理的安全性と中途採用の本格始動
ーーコロナ禍を経て、働き方やオフィス環境に変化はありましたか。
山田岳人:
築54年の元倉庫をリノベーションしたオフィスを活用しつつ、現在は週2日出社を基本とするハイブリッドワークを導入しています。月曜日は全員出社とし、火曜日から金曜日の間でもう1日、各チームで話し合って出社日を決めてもらっています。コロナ禍で一時期完全リモートワークになった際、家族との時間が増えたり子どもの送り迎えができたりと、多くのメリットがあることに気づきました。生産性や合理性だけにこだわらず、社員の幸福度も大切にしようと考え、この働き方を定着させたのです。「通勤に2時間かかっても週2日なら構わない」と、郊外や山の方に引っ越したメンバーも何人もいます。
ーー自由度の高い働き方の中で、生産性を高めるために工夫していることはありますか。
山田岳人:
最も重視しているのは、社員の心理的安全性を高めることです。Googleの実証実験「プロジェクト・アリストテレス」でも示されたように、言いたいことをお互いに言い合える、失敗しても否定されない環境こそが、結果的に最も高い生産性を生み出すと考えています。メンバーから「こんな問題が起こっているのですが、どうしたらいいですか」と相談された時は、すぐに答えを出すのではなく、「あなたはどうしたらいいと思う?」と必ず問いかけるようにしています。言われた通りにやるだけではなく、自分たちで考える癖をつけてもらうことで、当事者意識が芽生え、自発的な行動につながっていくのです。
ーー今後の事業拡大に向けて、どのような人材戦略を描いていらっしゃいますか。
山田岳人:
これまでは企業文化を大切にするため、新卒採用を中心に行ってきました。現在の社員の平均年齢も31歳と若く、29名という少人数で高い生産性を維持しています。しかし、事業が一気に伸びている今、スピード感を持って目の前で戦うための即戦力がどうしても足りません。そのため、今後は中途採用と経営幹部の育成に本格的に注力します。
具体的には「トラノテ」のマーケティング強化やMD(マーチャンダイジング)に長けている方などを求めています。人物像としては、私たちが「グッドパーソン」と呼んでいる、一緒にいて楽しく何でも面白がれる人がいいですね。働く上での大変なことも楽しみに変えられる力や、過去に修羅場をくぐり抜け、悔しい思いをバネにして自分で考えられる逞しさを持った方に来てほしいです。
「自分で直す」が当たり前になる DIYを生活のインフラへ
ーー「トラノテ」の次なる構想などはお考えですか?
山田岳人:
一般の人々が自ら修繕できる状況を支える、インフラとしてのサービス構築です。以前は、商品の購入者に施工業者を紹介するマッチングサービスを提供したいと考えていました。BtoC向けのサイトで「自分で取り付けができなくて買えない」という声があり、「トラノテ」に登録されている1万5千社以上の事業者情報と結びつけられると考えたからです。
しかし最近、現場の深刻な状況を踏まえて発想を転換させました。現在、職人さんがものすごい勢いで減少しており、あと10年もすれば労働力が現在の6~7割にまで減少してしまうのではないかと考えています。そうなると工事の単価は確実に上がり、小さな修繕などはすぐに来てもらえないか、非常に高額になります。その結果、「自分で直す」という選択肢を取らざるを得ない時代が必ずやってくると推測しています。2030年には、DIYが趣味ではなく生活を維持するために必要な手段として、ブームから「文化」へと定着するはずです。昨年末にカインズグループへ参画したのも、全国260店舗のネットワークと連携し、誰もがタイムリーに使えるインフラをいち早く整えるためです。
ーー最後に、会社としての今後の目標をお聞かせください。
山田岳人:
2037年の創業100周年に向けて、「売上高1000億円」という大きな目標を掲げています。 私たちの事業は住まいに関わる仕事であり、世の中の誰もが便利になる、無かったら困るインフラのような事業を行っています。DIYが文化になれば、プロの方々だけでなく一般の消費者の方々にも、タクシー配車アプリのようにピンを打つだけで、買いに行かなくても現場や自宅へ欲しい資材が届く世界を提供できるでしょう。
「業界の圧倒的トップ企業に挑みに行く」という非常にチャレンジングな戦い方をしているので、やりがいは大きいはずです。世の中のインフラとなる誰もが必要とするサービスづくりに、ぜひ一緒にチャレンジしてくれる方をお待ちしています。
編集後記
リクルートのトップ営業から一転、町の工具卸へと職を移した山田氏。場所をいとわず常にベストを尽くし、改革を続け大都を牽引してきた。「私たちのような創業八十数年で、大阪の下町の会社でも社会を変えることができるのだということを、次の世代にも見せていきたい」と語った。心理的安全性を重んじる組織づくりと、DIYが文化となる未来を見据えた同社のあくなき挑戦から、これからも目が離せない。

山田岳人/1969年石川県生まれ。京都産業大学経営学部卒業後、株式会社リクルートに入社。6年間人材採用の営業を経て、1997年に妻の実家の後継者として株式会社大都に入社。2002年にEC事業を立ち上げる。2011年同社代表取締役社長に就任。B2B(プロ向け)ECサイト「トラノテ」、B2C(モール出店)ECサイト「DIY FACTORY」を運営。取引先とのデータ連携システムを自社開発し工具業界のサプライチェーンプラットフォームを構築。「DIYアドバイザー」の資格を保有している。