
近年、宿泊業界では、オンライン予約サイトへの手数料依存から脱却し、公式サイトからの直接予約(ダイレクトブッキング)を強化する動きが加速している。その変革を最前線で支援しているのが、tripla株式会社である。同社は宿泊予約エンジンと多言語対応AIチャットボットをワンストップで提供し、ホテルの収益最大化に貢献。多通貨決済の導入や、徹底した現地化による海外展開など、次々と新たな挑戦を続けている。テクノロジーの力で宿泊業界に本質的な価値と温もりをもたらそうと情熱を注ぐ代表取締役CEOの高橋和久氏に話を聞いた。
ダイレクトブッキングに特化した宿泊予約サービスを提供
ーーまずは貴社の事業内容についてご説明いただけますか。
高橋和久:
宿泊予約をする際は、旅行代理店などを経由する方法もありますが、弊社は公式サイトから直接予約できるダイレクトブッキングに特化したサービスを提供していることが特徴です。宿泊予約エンジン「tripla Book」では別のページに遷移せず予約できるため、公式サイトからの予約数の増加につながります。また、お客様の質問にAIが自動で回答するチャットボットサービス「tripla Bot」は、英語や中国語、韓国語など多言語にも対応しているのがポイントです。
さらに、「tripla Book」と「tripla Bot」を連携させ、顧客情報を一元管理できる「tripla Connect」と呼ぶ顧客管理システム(CRM)も提供しています。一般的なCRMサービスだとどうしても高額になりがちなのですが、宿泊施設に特化した機能に絞り込むことで、月に1万円程度でご利用いただけるのがメリットです。
ーー公式サイトからの直販強化の先にある、現在のサービス展開をお聞かせください。
高橋和久:
私たちは1つの宿泊施設でサービスを多層化し、顧客満足度の向上を目指しています。2023年11月には、Web広告の運用代行サービス「tripla Boost」をスタートしました。広告運用をして集客基盤をつくり、ホテルや旅館のファンを増やすためのお手伝いを行っています。
さらに現在は、OTA(※1)への過度な依存から脱却し、公式サイトのCVR(※2)を劇的に向上させることで、宿泊施設のブランド力と利益率を直接的に高める「収益最大化エンジン」へとサービスを進化させています。その一環として、海外の小規模なOTAからの予約も戦略的に取り込み、全体の収益を押し上げるアプローチも開始しました。たとえば、海外の予約サイトと直接システム連携を行う「tripla Nexus」により、大手の仲介サイトを経由せずに予約が入るため、ホテル側は多額の仲介手数料を削減しつつ、インバウンド需要を効率的に取り込めます。
(※1)OTA:Online Travel Agentの略。実店舗を持たず、インターネット上だけで取引を行う旅行会社(旅行予約サイト)のこと。
(※2)CVR:Conversion Rate(コンバージョン率・顧客転換率)の略。Webサイトを訪れたユーザーのうち、宿泊予約や商品購入などの最終的な成果(コンバージョン)に至った割合のこと。
ーー競合他社との差別化となるポイントについて教えていただけますか。
高橋和久:
他社ではシステム開発を外注していることが多いのですが、弊社は社内に専任のエンジニアが在籍し、1度に30種類ほどの新機能をリリースすることが可能です。これが大きな差別化ポイントとなっています。また、機能を追加するごとに料金が加算される他社に対し、弊社は1つのパッケージとして提供しているため、宿泊施設側はコストを大幅に削減できるのも特徴です。
そして何より、競合他社が部分的なSaaS(※3)提供に留まる中、弊社は予約エンジン、AIチャットボット、多通貨決済をワンストップで提供できる「AI×予約×決済」の三位一体モデルを構築しており、これが最大の優位性です。私たちはあえて旅行者向けのBtoC(※4)領域での派手なマーケティング等にはリソースを割かず、ホテルの裏方(黒子)としてBtoB(※5)の支援に徹底してフォーカスしています。リソースを分散させず、「導入したことで前より儲かるようになった」と実感いただけるよう、実利をストイックに追求しているのです。
(※3)SaaS:Software as a Serviceの略。ベンダーが提供するクラウドサーバー上のソフトウェアを、インターネット経由で利用できるサービスのこと。
(※4)BtoC:Business to Consumerの略。企業と一般消費者との間で行われるビジネス(取引)のこと。
(※5)BtoB:Business to Businessの略。企業間で行われるビジネス(取引)のこと。
独自の決済ソリューションとテクノロジーの温もり

ーー直近で最も手応えを感じた事業の成果についてお聞かせください。
高橋和久
約2年半かけて最適化した、34通貨対応の多通貨決済ソリューションです。インバウンド比率が高まる中、日本の決済システムを経由すると、海外カード特有の手数料や為替変動による利ざやの逆転(決済会社の赤字リスク)が起きてしまうという大きな壁がありました。また、旅行者にとっても日本円表示では直感的に金額が分からず予約の離脱に繋がり、通貨が異なると現地の信用枠の問題で決済エラーが頻発していました。
そこでグローバルのクレジットカード会社と提携し、旅行者が自国通貨で直接決済できるようにしたことで、決済通過率が9割に飛躍し、売上高も急増しました。「システムを変えただけでインバウンド予約が入り始めた」とホテル側も効果を実感されています。この決済の壁を突破したことが、競合が容易に踏み込めない弊社の強力な導入フック(参入障壁)になっています。
ーー宿泊業界においてテクノロジーはどこまで踏み込むべきだとお考えですか。
高橋和久
深刻な人手不足の中、定型的な問い合わせ対応をAIチャットボットで代替し、従業員を単純作業から解放することで、スタッフが本来の「おもてなし(人の温もりを感じる業務)」に専念できる環境を提供することが私たちの役割です。その上で、テクノロジー自体にも人の温もりを持たせることが重要です。
たとえば、チェックアウト時間を聞かれた際に一律に「10時です」と返すのではなく、常連のお客様には「12時まで良いですよ」と返答するパーソナライゼーションの追求です。AIを単なるツールではなく「人」として扱い、宿泊データと掛け合わせて旅行者一人ひとりに最適化された体験を創り出します。また、「革新が続いていないとお客様は飽きる」という強い危機感を持ち、ChatGPT連携など時代の変化を先取りする継続的イノベーションが、当社の成長を支える実行力の源泉です。
自営業の人が多い環境で育ち 起業するハードルは低かった
ーー幼少期や学生時代のエピソードをお聞かせいただけますか。
高橋和久:
父は祖父の事業を継いでいますし、私はサラリーマンがほぼいない環境で育ちました。そのため私にとってはむしろ起業をする方がハードルが低く、サラリーマンの方が大変だと思っていました。
工場の隣に実家があったため、学校から帰ってくると祖母に教わりながら帳簿をつけたりしていたので、小学生の頃から自然と簿記の勉強ができていましたね。
私が後を継ぐことを望んでいた祖父に工学部に進むように言われ、その通りに進学し、後を継ぐルートを歩んでいました。しかし、卒業する前年に祖父が亡くなり、父からは、無理に後を継がなくてもいいから好きなように生きなさいと言われたため、卒業後は興味のあったMBA留学を選択しました。
ーー複数の企業でキャリアを積んでいらっしゃいますが、キャリアチェンジをしてきた理由は何でしょうか。
高橋和久:
はじめはフィリップモリスジャパン合同会社に入社しました。オーストラリアのメルボルンに転勤になった際に、タバコの広告が全面的に禁止されていて、パッケージもすべて真っ白だったことには驚きましたね。
商品の特性上どうしても制約が多い状況の中でビジネスを展開しなければいけない場面も多く、もう少し自由度の高い商品を扱い、これから伸びそうな業界に転職したいと思い、アマゾンジャパン合同会社に入りました。しかし、組織が急速に成長するにつれ、自分の仕事の範囲が狭まり、多くの業務の中の一部分だけを担当することになってしまいました。
そこで、次のステップに進むべく、元同僚の鳥生(現CTO)が起業したtriplaの前身である株式会社umamiに参加しました。
現地発を重視するグローバル戦略と今後の展望

ーー海外進出についてはどのような計画を立てていらっしゃるのですか。
高橋和久:
ホテル業界ではアジアが盛り上がってきているので、台湾や韓国、インドネシア、フィリピン、タイなどの観光地を中心に進出していきます。ホテルの予約システムのうちおよそ75%は同じシステムなので、他社と弊社のシステムを統合する作業は比較的簡単にできます。弊社のシステムを導入すれば、システム管理にかかっていた人件費をカットでき、利益効率を上げられる、というメリットをアピールし、積極的に海外進出を行っていく予定です。
外資系の高級ホテルでは、各国で広くサービスを展開していることがシステムの採用基準になっているので、海外展開を進めて提案の土俵に乗せていきたいですね。
ーー海外拠点の運営において特に重要視されているポイントをお聞かせください。
高橋和久:
日本発ではなく「現地発」を重視した徹底的なローカライズです。現在、海外拠点には日本人の駐在員を置かず、すべて現地採用のローカル人材に任せています。日本から人を送り込んでも、現地の深い商習慣や本当のニーズを的確に捉えるのは困難です。現地の文化を熟知した人間が営業を行うことで、即座に適応できるスピード感を生み出しています。
また、M&A(※6)による知見の逆輸入も当社の特徴です。台湾やインドネシアなどの企業買収を経て、現地のアイデアから先ほどの新サービス「tripla Nexus」が生まれました。現地のアイデアを取り入れ日本にも展開するような、双方向のイノベーション体制がグローバル戦略の大きな強みです。
(※6)M&A:Mergers and Acquisitionsの略。企業の合併および買収のこと。
多国籍な組織の企業文化と次世代へのメッセージ
ーー採用や組織づくりに関してはどのようにお考えでしょうか。
高橋和久:
現在、約200名の従業員のうち日本人は2割程度で、約80%が外国籍の方々です。台湾に多くのエンジニアが在籍していますが、より多様性の向上を進めるためにもインドネシアやその他の国々にてエンジニアの採用を進めています。また、弊社ではそれぞれが目的を持って働ける組織をつくることを目標としているため、1つの職務に特化したジョブ型を進めています。
多国籍なため、無駄なコミュニケーションが削ぎ落とされた非常にフラットな文化が根付いており、互いに干渉しすぎず仕事に向き合う姿勢を持っています。文化の違いは当たり前という前提で、それぞれが業務に集中できる環境です。
ーーこれから就職活動をする学生の方々にメッセージをお願いします。
高橋和久:
今の学生さんたちは私たちのときと比べると優秀な方が多いと感じています。ただ、効率ばかりを追い求めるのではなく、情熱や興味を持って仕事に打ち込んでくれる人がいいなと思っています。なぜなら、1ヶ所だけを掘り進めるのではなく、遠回りでもその周りも掘っていくことで核心にたどり着けると思っているからです。たとえば営業にしても、お客様から求められたことだけに対応するのではなく、その会社の損益計算書や貸借対照表を確認することで、本当の課題が見つかることもあります。そのため、仕事以外のことでも好奇心を持っていろいろなことに取り組んでほしいと思っています。
編集後記
これから成長が見込まれる市場でチャレンジしていきたいと、さまざまな業界を渡り歩いてきた高橋氏。そんなときに元同僚の鳥生氏が始めたインバウンド向けの観光事業に興味を持ち、今に至る。宿泊業に特化したIT支援を一貫して行う数少ない企業として、AI技術や決済の最適化を武器に、同社は今後も日本や世界の宿泊業界を盛り立てていくことだろう。

高橋和久(たかはし・かずひさ)/栃木県出身。北海道大学大学院工学研究科(当時)卒業。株式会社TKK入社後、Wake Forest UniversityにてMBAを取得。フィリップモリスジャパン合同会社、A.T.カーニー株式会社にてコンサル業・国内外の営業・マネジメント業務を経験。アマゾンジャパン合同会社のファッション事業部長、日本コカ・コーラ株式会社のEC事業部長を経て、2015年に株式会社umami(現・tripla株式会社)に取締役として入社。2016年に代表取締役CEOに就任。