五感のひとつである「嗅覚」は、人間にとって重要な機能である。
アロマなどの良い香りは心身にリラックス効果を与え、悪臭といわれる嫌なにおいは不快感をもたらす。
株式会社レボーンは「におい×AI」というこれまでにないユニークな事業に取り組んでいる企業だ。
においを周波数で見える化する独自の「においセンサー」を開発し、においの測定や香りに関するコンサルティングなどを行っている。
これまで漠然としたものであったにおいを定義付けすることで、新たな文化や産業を起こし社会的課題の解決を目指す、創業者である松岡広明氏の思いを聞いた。
ロボットに鼻がないことに疑問を感じ、「におい」研究の道へ
ーー貴社は香りとAIをかけ合わせたユニークな事業を展開されていますが、この事業を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
松岡広明:
小学生の頃、レゴブロックを動かしてストーリーを作るレゴムービーの制作に夢中でした。そこで、私が住んでいた北九州市がロボット産業が盛んなこともあり、北九州市のロボカップ会に入ってみないかと誘われ、ロボット作りを始めました。
ある時、ロボカップの世界大会に出場し、災害時に被災者を探し出すロボカップレスキューを見学していた際に、人間の目と耳の代わりになるカメラやマイクはついているのに、鼻がないことが気になったんですね。
それから人間とロボットの違いが気になり考える中で、目と耳は脳の中では「理性」でコントロールされているのですが、鼻だけは「感情」でコントロールされているということを知り、においを検知する仕組みを解明したいと思ったのです。
ーー起業されたきっかけについてお聞かせいただけますか。
松岡広明:
においの研究を続けるために必要に駆られて起業したという感じですね。現段階では、人間がにおいを感じるメカニズムを解明することは難しいため、地球上に存在するあらゆるデータを集める必要があります。ただ、誰かが研究費用を援助してくれるわけではないので、自分でにおいを感知するセンサーを開発してデータを収集するしかないと思い、起業に至ったわけです。
ーーこれまでに香りに関するビジネスをしようと思われた方はいらっしゃったと思いますが、実際に事業化した例は貴社以外にないようですね。
松岡広明:
そもそもにおいを検知するセンサー自体が世の中になかったため、センサーの機械部品を作るところからのスタートでした。
物理学や宇宙工学の知識も取り入れながら装置を開発し、さらに人が香りを嗅いだ際の評価を予測するAI機能を搭載するため、完成まで20年かかりました。
私がロボット制作で培ったスキルがあり、長い年月をかけたからこそ実用化にまで至ったものの、イチから事業を始める場合は開発費用として何十億も投資しなければならないでしょう。
開発のハードルがとても高いため、現在でもにおいセンサーを販売している会社は世界で数社しかありません。その中で商業化に注力している企業が弊社になります。
においにスポットを当てた商品開発・開発現場の改善をサポート
ーー貴社はにおい×AIをテーマにされていますが、具体的にどのような事業を行っているのでしょうか。
松岡広明:
例えば、鼻をつまんで食べ物を口にするとあまり味がしないように、料理の味の8割〜9割は香りが影響していると言われています。
そこで弊社では、香りの傾向を地図化した「香りマッピング」を作成し、フレーバーを可視化した香りのコンサルティングを行っています。また、商品を出荷する際の最終検査で異臭のチェックをする際に、においセンサーを活用いただいています。
芳香剤を製造している各メーカーさんでは、例えば、同じパイプで複数の香料を作る際に、香りが混ざっていないか1日に何十回、何百回とにおいを嗅いでチェックしなければいけないことがあるようです。
しかし、弊社のにおいセンサーを使用すれば香りを可視化することが可能なため、開発担当者の負担軽減につながります。
ーーさまざまな企業様が貴社の製品やサービスを利用されていますが、積極的に提案活動を行われているのでしょうか。
松岡広明:
いえ、こちらから営業することは基本的になく、お客様からお問い合わせをいただいている状況です。
そのため先方から「こういうことに貴社の製品やサービスを使わせてほしい」と提案を受け、そういった使い方もあるのかと私自身が驚くことも多いですね。
においセンサーが社会にもたらす無限の可能性
ーー今後はどの分野に注力していきたいとお考えですか。
松岡広明:
お客様が抱えている悩みや問題を解決に導くことにフォーカスするため、食品や科学、化粧品、自動車分野をターゲットにしています。
化学分野を例にすると、ペンキ塗料の中に入っているひとつの原料から異臭がすると、購入者からクレームが出てしまうんですよね。そこでひとつひとつにおいセンサーで調べることで異常がないか確認し、問題を未然に防ぎます。
自動車でいうと、特に中国の方々は、納品されたばかりの新車特有のケミカル臭が苦手なことが多いそうです。一方で、ある自動車メーカーで車体のにおいをチェックする検査技師の方は、自動車関係のグループ会社のうち大多数の企業はそのような専門家が所属しておりません。
そこで弊社のにおいセンサーを導入いただき、少人数でも検査ができるようサポートしていきたいと考えています。
ーーにおいセンサーはどのような場面での活用が期待されるのでしょうか。
松岡広明:
においを計測する機器のひとつに、ドライバーが飲酒運転をしていないか調べるアルコールチェッカーがあります。ただ、これは味噌汁やエナジードリンクに反応したり、口内洗浄液を使った際でもアルコールが検出されたりするケースがあるそうです。
このように正確性に欠ける点が指摘されているのですが、弊社のにおいセンサーでドライバーの呼気を測定すれば、アルコールが含まれているかどうかを科学的に判定できます。
また、医学の分野で癌を発症しているかどうか、においで判断する嗅診(きゅうしん)という診察法があるのですが、科学的根拠がないため診断には使えないといったデメリットがあります。
そこでにおいセンサーを活用することによって、データベースをもとに癌の有無を判別できるような研究が行われています。
この他にも、マリファナなどの麻薬検知にも活用できるので、麻薬探知犬が出動しなくても麻薬を所持しているかどうか判断が可能となります。
普段フォーカスされる機会が少ないにおいについて理解を広めていき、弊社のにおいセンサーをもっと多くの方に活用していただければと思っています。
編集後記
ロボット作りに熱中していた頃にロボットに鼻がないことを疑問に感じ、20年という長いスパンでにおいについて研究を続けてきた松岡社長。その成果が実り、世界でも例を見ないにおいの分野の事業化に至った。株式会社レボーンは「におい×AI」という新しい切り口で価値を生み出し、さまざまな社会課題を解決していくことだろう。
松岡広明(まつおか・ひろあき)/1990年生まれ。2004年ポルトガルで行われた第8回RoboCup世界大会に参加し、わずか13歳で準優勝。長崎大学工学研究科へ進学後、主にドローンなどを使った災害時におけるシステムの研究・開発を行う。大学院在学中に、株式会社レボーンを創業。IoTやハードウェア領域における研究開発や、ソリューション開発を行う。