※本ページ内の情報は2024年2月時点のものです。

真空成形金型の製造業とは、たとえばお祭りで見かけるお面や、スーパーやコンビニで一般的に見かけるプラスチック製の食品容器、弁当や惣菜の入れ物などの金型をつくる事業だ。

工業用途としては、自動車部品を運搬するロボットのトレー、医療器具を収容するためのプラスチックトレーなどがある。その業界でトップのシェアを誇るのが、バキュームモールド工業株式会社だ。

1度使用したら廃棄されてしまう商品だけでなく、コンビニの大型看板や、プラモデルのボディなど、多岐にわたるプラスチックなどの成形品を製造するための金型を作り続け、2023年に65周年を迎えた。今回は、代表取締役社長の北澤正起氏から、社長就任の経緯や新しいものづくりへの取り組み、今後の目標について伺った。

業界をリードする企業であり続けるには

ーー会社継承までの経緯を教えてください。

北澤正起:
2014年に社会人として別の会社に就職し、北海道で食品製造業に従事していましたが、2015年に急きょ東京に戻ることを決めました。というのも私は一家の長男だったため、会社を創業した祖父が亡くなる直前に、家族や会社に対する責任を強く意識したからです。

もともと会社を継ぐつもりはなかったのですが、大きな存在である祖父が亡くなる直前に、祖父への恩義や家族の為に何かしたいという想い、会社があったから自分は存在しており、会社に育ててもらった事への感謝を忘れてはいけないと強く感じ「このままではダメだ。物理的に離れていても、会社の事は切っても切れない、家族の為、会社の為になることをしたい」という自分の想いにようやく気が付き、最終的に北海道での職を辞して2015年にバキュームモールド工業株式会社に入社しました。

入社後は、約5年の研修プログラムを通じてさまざまな現場を経験し、会社の業務や文化について学びました。当初は真空成形や金型に関する知識がほとんどなかったのですが、研修を経て専門的な知識を学ぶと共に、会社で働く従業員の方々を知ることができ、会社の事を深く理解できました。その過程で研修後、短い期間ですが管理職としての経験も積ませて頂きました。

やがて3代目社長が退任する際に、4代目社長の候補として指名され、最初は「自分に社長職などできない、無理だ」とも思いました。しかし、初心に立ち返り、会社に対する想いと自分の立場や役割を再確認し、経営者としての立場に立つことを決めました。2021年に4代目に就任し、2代目、3代目のアドバイスを受けながら、共に経営している役員の方々に支えられ、会社の経営にあたっています。

ーー社長就任後の沿革について教えてください。

北澤正起:
社長になってから、今までの自分ではできなかったことが出来る立場になったので、皆の幸せの為に自分のできること、やれることを片っ端からやろうと決めました。旧体制については根本から大きく変えることは考えていませんでした。そこで、まず私が1年目に取り組んだことは老朽化した設備の更新と事業を支える基盤の強化でした。これらの改善は現代的な手法も加えつつ進めていきました。

また、人事制度が30年変わっていなかったので、会社の存続の為にも、従業員の方々が成長を感じ、定着していただけるよう、新しい人事制度の構築をはじめました。生産性の向上につなげるべく人と物の効率的な配置も重要視しています。新人事制度については、すぐに結果を生むのが難しく、現在も試行錯誤しています。

若手の社員には、入社後に弊社独自のさまざまな研修を通して事業を理解してもらうようにしています。これは単なる座学のような既存の研修プログラムではなく、彼らが実際に各工程を体験することで、より自然に学び、組織に馴染むことを目指すものです。

「できない」というよりも「できる方法を考える」対応力が実現するもの

ーー社長就任以降の苦労について教えてください。

北澤正起:
2022年、コロナショックで大赤字となり、そのさなかにロシアとウクライナの戦争が始まり、供給の問題が生じました。最も打撃となったのは原油価格の高騰でした。私たちのプラスチック製品の原料は原油に依存しているため、コスト増を強いられ、お客様も価格の上昇に対応する必要がありました。これにより新規の開発案件が停滞し、売上にも影響が出て、私たちは創業以来2度目の赤字に直面しました。

この状況を打開するために、何か新しい取り組みができないかと模索しました。設備を停止させることなく、多様な材料を加工できる強みを活かそうと考えました。

そんな時、ある経営塾に参加してスタートアップ企業やデザイナーなど異業種の人たちと出会い、新しい事業の種を見つけたのです。

この出会いをきっかけに2022年10月、私たちは自社商品の開発プロジェクトやDX推進プロジェクトを立ち上げ、外部とも協業しながら新しいものづくりに取り組み始めました。この経験は、私たちが持っている潜在能力に気づき、社員たちの可能性を再確認することができたブレイクスルーでした。

「できない」というよりも「できる方法を考える」というのが、先代からの教えであり、私たちの社風なのです。

ーー貴社のそういった対応力が新たに生み出したものはありますか。

北澤正起:
先述の通り自社製品を持たなかった私たちは、外部との協業を通して、自社製品の製造にも未来があると考えました。

友人の経営者と共に、「江戸前樹脂工芸」という新ブランドを立ち上げ、職人の技で樹脂製品を「工芸」に高めたインテリアライトを製造、販売しました。

これまで私たちの業界は、真空成形技術によって金型づくりの歴史をつくってきましたが、今後は他業界にも知ってもらうことで、新しい市場を生み出すチャンスを広げていきたいと思っています。プラスチックへの逆風が吹く中でも、その良さや、真空成形の魅力を伝える商品をつくることで、付加価値を提供できると考えています。

業界の通例にとらわれない、新しい町工場の形

ーー今取り組まれている社内改革はありますか。

北澤正起:
経営塾で詳しい方と出会い、最近DX推進に取り組み始めました。その方には、アプリケーション開発のノウハウなどを教えていただき、具体的なツールの使用方法やアプリケーションの開発方法についても理解を深めることができました。

今では小中学生もプログラミングなどDX関連のスキルを学んだりして、非常に未来を感じています。

DXの実証実験にあたっては、地方自治体から予算をいただきました。小規模で進めようと考えていましたが、墨田区が実証実験の機会を下さったので大きく展開し実証実験の効果が出るように、各部門から1名ずつ計10名の社員をDX人材として育成することに決めました。

この取り組みを通じて、中小企業がどのように変化するのか、実際に体験しているところです。社員たちが独自にアプリケーション開発を行い、積極的に技術を身につけたことは、企業としては初めてといえる事例であったため、企画した私自身驚きを隠せませんでした。

DX推進はまさに私たちの会社が、新たなチャレンジに挑んだ記念すべきプロジェクトの一つです。実験は2023年3月に区切りを迎えましたが、プロジェクトの旗振り役を私からプロジェクトに参加した従業員の方をリーダーに選出し任せ、週に一度の現場主体の活動を続けています。

社内における目標は、生産性の向上や問題解決、利益率の増加ですが、社会的にもDXの需要は高く、同様の悩みを抱える経営者が多く存在することを知りました。そこで、私たちは墨田区から支援を受けた恩返しとして、外部にもDXの進め方を伝えていきたいと思っています。

ーー対外的な展望についてお考えのことはありますか。

北澤正起:
自社ブランドの活動やDX推進の活動で業界の知名度が上がれば、採用の強化につながるでしょう。また、自社ブランドである「江戸前樹脂工芸」のインテリアライトは将来的には海外の展示会に出展したいと思っています。従業員にとっても新鮮で興味深い経験になることを願っています。

また、これまで裏方だった私たちの現場に光を当てたことで、従業員が自社の製品に誇りを持ち、事業の新しい柱として社外に発信するなどモチベーションの向上につながることを期待しています。これからも、能力を存分に発揮できるような環境づくりに注力していき、ひいては業界全体が良い方向に進めるように貢献し、先導していきたいと思っています。

編集後記

環境保護の視点では、プラスチック素材は避けられやすくなりつつある一方、私たちの生活にはプラスチック製品が溢れており、多大な恩恵を受けていることも事実である。

機能性をかねた魅力あるブランドの自社商品は長く使えてサステナブルであるとも言える。

このように、これまでの特性をいかに時代に適応させていくのか、バキュームモールド工業株式会社の今後の動向からも目が離せない。

北澤正起(きたざわ・まさき)/1994年東京都生まれ。北海道で食品製造業に携わった後、バキュームモールド工業株式会社に入社。2021年に27歳で代表取締役社長に就任。