※本ページ内の情報は2024年4月時点のものです。

110年以上の長い歴史を持ちながら、今までのやり方にとらわれず成長を続けるボイラメーカーの株式会社ヒラカワ。2004年頃からは、燃焼排ガスに含まれる⽔蒸気の凝縮熱(H₂O)を回収し利⽤する潜熱回収技術を取り入れ、省エネ性の⾼い製品を開発。現在では、貫流ボイラ、炉筒煙管ボイラ、温⽔器でラインアップを揃える。温⽔器の分野では、IoTと潜熱回収で極限まで省エネを追求した⼀括制御システムが⼀般社団法⼈⽇本機械⼯業連合会の「優秀省エネ脱炭素機器・システム表彰」において会⻑賞を、経済産業省近畿経済産業局の「関⻄ものづくり新撰2021」に選定された。

そんな同社の代表取締役会長、平川晋一氏はお客様の声に⽿を傾けることを⼤切にし、顧客に喜ばれる商品をつくるべく、ものづくりに真摯に向き合っている。

ヒラカワがどのようにして業界のトップランナーになったのか、平川氏にこれまでに実施した社内改革や経営者としての考え方を聞いた。

入社後に苦渋の決断

ーーヒラカワへ入社する前、アメリカに留学していたそうですが、帰国を決意したきっかけはありますか。

平川晋一:
MBAを取得するためにビジネススクールに通っていましたが、スクールに通う中で、社会人としての実務経験がないことを強く実感しました。MBAを取得するよりも、まずは社会で働く経験をしなければいけないと感じたのが、帰国のきっかけです。帰国後、ヒラカワに入社する前に他社で3年ほど働きました。

ーーヒラカワへ入社したとき、どういったことを感じましたか。

平川晋一:
当時はオイルショックの影響で、弊社だけでなく、ボイラ産業全体が落ち込んでいる状況でした。それにもかかわらず、弊社では「昔からやっているやり方だから」という理由で、非効率な業務が行われていました。

当時はボイラの小型ブームが起き始めていて、弊社もどうにか時代に合わせて変わらなければいけない瀬戸際にいました。いろいろな葛藤をした結果、長年勤めている人たちに会社を辞めてもらうことを決意しました。

ーーとてもつらい経験だったのではないでしょうか。

平川晋一:
社員の人生設計を狂わせてしまいましたからね。それでも私は、何としてでも会社を変えたかったのです。会社が創業100周年を迎えたとき、当時退職した人たちも呼んで、彼らに謝罪と感謝の気持ちを伝えました。私が頭を下げたら、皆さん泣いていましたね。現在は当時退職した人たちも呼んでOB会を開催するなど、良い関係を築けています。

潜熱回収技術を取り入れて巻き返し

ーー社長に就任後、どのような社内改革をされましたか。

平川晋一:
当時は、ボイラ業界がこの先どうなるのか分からず不安だったので、アメリカやヨーロッパなど海外のボイラ会社をとにかく訪問して話を聞きました。訪問して分かったことの1つが、日本の技術が世界トップだという考えは、井の中の蛙だったということです。

会社を訪問していく中で、これは弊社の負けだなと感じるような素晴らしい技術がいくつかありました。そういった技術力の高い会社とは積極的に提携し、今でも関係を続けています。

ーー海外の技術を取り入れるようになってから、やはりお客様の反応は変わりましたか。

平川晋一:
お客様に、昔からある弊社のボイラと、海外企業との技術提携による省エネ性の⾼い潜熱回収技術を取りいれたボイラを使ってそれぞれのデータを比較してもらったところ、燃料費が全然違うと評価されました。お客様の口コミがほかの会社にも広まり、ヨーロッパの技術を使ったボイラには、こちらが黙っていても発注がくるようになりましたね。
私は、「お客様の声に⽿を傾ける」ということを念頭に置いています。自分のために働くのはもちろんですが、メーカーであるならお客様に気に入ってもらう働き方をして、商品をしっかりと売ることが大切ですから。

資源のない日本にボイラを通じて貢献したい

ーー会社を経営する上で、困難な状況に直面した経験などあれば教えてください。

平川晋一:
ボイラは一度購入すると、15年〜30年、またはそれ以上使えます。頻繁に買い替えるものではないため、多くの企業が営業して競争になります。

性能が同じなら、より安いものを買うのは当然。注文をもらうために値段を下げる必要があり、収益が全然上がらず苦労しました。

ボイラの販売ではどうしても他社と競争になってしまうので、アフターサービスとボイラ更新の提案に力を入れるようにしてから、徐々に収益につながるようになってきました。実際にお客様のお困りごとやそれぞれのニーズに合った問題解決型の提案営業とアフターサービスで、お客様と長期にわたるお付き合いができるようになり、利益率も上がりました。

ーー今後どのように事業を展開していきたいのか、描いている未来などはありますか。

平川晋一:
弊社はボイラ業界で110年以上の歴史がありますが、将来どのように進化させていけば良いのかは、私の長年のテーマです。ただ、創業者の志である「ボイラを通じて、資源のない我が国の発展に貢献したい」という思いは変えず、そのまま引き継いでいきたいと思っています。

また、水素と都市ガス混焼のボイラを産学協同で研究開発し、2024年4⽉に発売となりました。

私は商品を開発するのが好きで、どんな商品がお客様に喜ばれるかを常にイメージしています。私にとっては、会社の将来を考えているときが1番幸せですね。

お客様だけでなく社員にも会社を好きになってもらいたい

ーー最後に、貴社の人材や採用について教えてください。

平川晋一:
弊社の社員の中には、親子で働いている人が何人かいます。親が「子どももヒラカワに入社させたい」と言ってくれるのは、弊社の将来性や職場環境を良いと思ってくれている証しであると、嬉しく感じます。

また、一度弊社を辞めた後、再び戻ってきて働いている社員もいます。さらに、住宅ローンを補助する制度もあり、社員が老後困らないようにサポートしています。

私は「ヒラカワファンづくり」という考え方を大切にしています。この考え方には、お客様だけでなく、社員にも会社を好きになってもらいたいという思いがあります。

編集後記

平川社長の取材では、ものづくりに対する真摯な姿勢、そして顧客や社員を大切にしたいという思いが強く伝わってきた。

110年以上の歴史を持つヒラカワが、今までのやり方にとらわれず、新しい技術を活用して今後も革新的な商品を生み出すことに期待したい。

平川晋一/1955年大阪府生まれ。1977年に同志社大学工学部を卒業し、アメリカのテキサス大学に留学。その後、他社で3年間の勤務を経て1982年4月に株式会社平川鉄工所(現・株式会社ヒラカワ)に入社。1986年に取締役、1989年に常務取締役に就任。1997年4月に第4代目社長、2024年4⽉に会長に就任。