麻婆豆腐や回鍋肉、青椒肉絲など、今や当たり前のように日本で親しまれている四川料理。この四川料理を日本で広めたとされるレストランが、民権企業株式会社が運営する四川飯店だ。
三代目代表取締役の陳建太郎氏は、父の姿を見て料理人になることを決めたそう。「四川飯店の味は、弊社のヒストリーから生まれている」と話す同氏に、その真意を聞くとともに、同社が国内外で愛される理由に迫った。
父がテレビで活躍する姿を見て料理人を目指す
ーー料理人を目指したきっかけを教えてください。
陳建太郎:
もともと「絶対に料理人になる」という強い気持ちはありませんでした。ただ、高校生のときに近所のイタリアンレストランでアルバイトをしていて、自分が提供したものでお客様が喜んでくれることが嬉しかったのを覚えています。
料理人を目指したきっかけは、大学生のときに父が料理対決のテレビ番組『料理の鉄人』に出演したのを観たことです。対決には負けましたが、父の姿は本当にかっこよく、父の下で働きたいと思って料理人を目指しました。
ーー実際に貴社へ入社してみて、最初はどうでしたか。
陳建太郎:
今まで包丁を握ったこともなければ、中華鍋を持ったこともないのに、入社すれば周囲からは「三代目」という目で見られますから。そういった面はやはり大変でしたね。
ただ、同期の仲間や先輩たちに恵まれて、三代目だからといって特別扱いされることがなかったことについては、とてもありがたく思いました。二代目の父も「仲間を大切にする」という企業理念を大切にしており、まさにそれが社内に浸透していることを実感しました。
社長に就任したのは34歳のときで、父が現役のうちに代表の座を譲り受けました。
創業者からつながるヒストリーが四川飯店の味になっている
ーー貴社の強みを教えてください。
陳建太郎:
弊社は国内外にフランチャイズを展開していますが、どの店舗も祖父の代から調味料などもすべて手作りすることにこだわっています。材料費が高騰する中、なぜ手作りにこだわっているかというと、創業者の祖父から二代目の父、そして私へと紡がれている思いがあるからです。
たとえば弊社では、父が祖父から「国交が回復したらこれを使いなさい」といわれた豆板醤を使っているなど、調味料一つにも特別なヒストリーがあります。このヒストリーが四川飯店の味になっているので、私はその味を変えるつもりはありません。
社員を幸せにするための社内改革を実施
ーー社長就任後の取り組みについて教えてください。
陳建太郎:
私は、社員のモチベーションの一つとなるのが「労働環境」だと思っています。私自身は残業が苦ではありませんでしたが、時代の流れとともに考え方が変わる中、労働環境の改革は重要だと考えました。そこで、全社員に会社への満足度を測るためのアンケートをとったところ、会社の「健康状態」が非常に良くないことがわかったのです。
当時は何もわからないままに会社を経営していたので、アンケート結果を見て、大きなプレッシャーを感じましたね。それから、社内のメンバーと合宿をして会社を良くするために徹底的に話し合ったり、会社の問題を全部書き出して総会で所信表明をしたりしました。
ーーどのような思いでそういった取り組みをしていたのでしょうか。
陳建太郎:
私も父のように社員へ技術や知識を身につけさせ、人として育てたいという思いがあります。そのために必要な労働環境の改善は今でももちろん続けていますし、ほかにも社員が成長できるような評価制度の整備も行っています。
信念を変えず、国内外で活躍できる人材を育てていく
ーー今後、四川飯店をどのようにしていきたいですか。
陳建太郎:
代々続く味を残しながら、「また帰ってきたい」と思えるようなお店をつくりたいと考えています。その中で、時代の変化に対応する必要はありますが、時代が変わっても代々続く「信念」の部分を変える気はありません。
大切なことは、定期的に軌道修正を図りながら会社をより良いものにし、技術を継承できる組織にすることだと思っています。従業員たちが同じ目標に向かって走っていけるよう、私は経営者として旗振りをしていきたいですね。
ーーどのような人と一緒に働くことを望んでいますか。
陳建太郎:
四川飯店で何をしたいのかというビジョンを描き、目標に向かって走れる人と一緒に働きたいですね。祖父や父のお弟子さんが日本に限らず世界で活躍しているのですが、今後も弊社では、人を大切に育てて輩出していきたいと強く思っています。社員に成長の機会を積極的に与えて、人が育ちやすい環境をつくることに、よりいっそう力を入れて取り組んでいきます。
編集後記
陳社長は取材の最後、若手に向けて「言いづらいことを内に抱え込む必要はない。失敗することを恐れなくて良い。最初の一歩が大きな勇気につながるし、目標に向かって突き進み、幸せになってほしい」と話した。
創業者から紡がれる思いを現在にまで継承し、国内外で愛される四川飯店。時代が変わってもこの「思い」から生まれる味は変わらず、これからも多くの人を魅了していくだろう。
陳建太郎/1979年、東京都生まれ。日本に四川料理を広めた四川料理の父・陳建民を祖父に、中華の「鉄人」陳建一を父に持つ。「四川飯店グループ(運営:民権企業株式会社)」に入社後、2005年に四川省成都市の「菜根香素食館」にて、本場の四川料理を学ぶ。帰国後は「赤坂四川飯店」オーナーシェフを務める。2014年、シンガポールに初の海外店舗 「Shisen Hanten by Chen Kentaro」を出店。2015年に民権企業の社長に就任し、「四川飯店」3代目としてメディアやイベントへの出演など、幅広く活動している。2016年から7年連続、シンガポール版ミシュランガイドで星を獲得。