昭和7年(1932年)にこけら落としをした大阪歌舞伎座から始まり90年。株式会社新歌舞伎座となってから65年以上の歴史を持つ、長年大阪の地でエンタメを創造し続けてきた会社だ。
劇場というリアルな場に行くからこそ味わえる感動がある。代表取締役の松村隆志氏は、コンテンツを生み出す立場から、長年その本質に向き合ってきた。生の感動を生み出す楽しさと、劇場ならではの難しさについて、松村社長にうかがった。
大阪の大劇場「新歌舞伎座」とは
ーーまずは新歌舞伎座について教えてください。
松村隆志:
大阪にあるキャパシティー約1,500人の劇場です。大阪上本町駅に直結した商業ビル「上本町YUFURA」の6階から8階にあり、大阪駅からだと電車を乗り継いで約25分の距離です。
歌舞伎という名がついていますが、最近では歌舞伎は上演しておらず、さまざまな演劇やミュージカルやコンサートなど多岐にわたるジャンルの公演に取り組んでいます。
大学で映画評論を学び制作部署へ
ーーどのような経緯で代表取締役に就任されたのでしょうか?
松村隆志:
大学では、映画の歴史を学んだり、評論を書いたりする、映画学科の理論評論コースを専攻していました。映像制作よりも、原稿用紙と向き合う時間が長かったのを覚えています。
卒業後は新歌舞伎座の制作部で長年働きました。代表取締役に就任する前はプロデューサーを務めており、2020年に代表取締役に就任しました。
新歌舞伎座に入社した理由は、芸能界に興味があったことと、親族から紹介されたことです。正確には当時の親会社の日本ドリーム観光に入社し、そこから新歌舞伎座の制作部署に配属されたのです。ほかにも子会社がある中、希望した会社の部署に所属できたのはラッキーだったと思います。
その後は、代表取締役に就任するまでずっと制作部に所属していました。一度も異動がないのは珍しいことなので、制作に必要な人材だったのだろうと自負しています。(笑)
長年制作部署を担った経験から、コンテンツの可能性を探る
ーー代表取締役に抜擢された決め手は何でしょうか?
松村隆志:
長年にわたりコンテンツ制作を専門としてきたことが一因だと思います。
私が代表取締役に就任したのは、ちょうどコロナ禍中のことです。舞台やコンサートといった現場が大打撃を受け、コンテンツ制作のあり方について考え直す必要があった時期でした。
そんな中で白羽の矢が立ったのが、コンテンツ制作の経験が豊富な私でした。世の中が様変わりしていく中、コンテンツにも新たな可能性を模索することを期待して新歌舞伎座を託されたのだと思います。
チャレンジ精神が次世代の価値を生む
ーー新歌舞伎座の業務に携わる中で、印象的だった出来事を教えてください。
松村隆志:
自分がつくった作品が成功したときは、何にも代え難い瞬間です。入社してから数えきれないほどのプロジェクトに携わってきましたが、これはずっと変わりません。
特に印象に残っているプロジェクトが、若手を主役に据えた夏休み特別公演です。私が若いころは大御所が長期間公演するのが主流で、若手を主役に据えるのは珍しいことでした。
それだけに、自分と同世代の方が舞台に立って活躍する姿に驚かされたと同時に、新歌舞伎座が長年の慣習にとらわれずにチャレンジする姿勢にも心を動かされました。
このチャレンジ精神は、今の運営にも受け継がれています。最近ではお客さまが舞台に求めるニーズが変わってきているので、新しいことにどんどんチャレンジして、新しい価値を生み出していきたいと思っています。
他劇場との連携を強化し、公演の幅を広げる
ーー劇場運営という仕事をする中で、難しいと思うことはなんでしょうか?
松村隆志:
大阪の劇場という立ち位置をどう活かすか、また、東京に劇場を持たないハンデをどうカバーするかが難しいところです。
人気の出演者にオファーをかけるにしても、東京公演がないと難しいことが多いのです。東京というブランドの力は強く、出演者やお客さまも「東京でやってほしい」という気持ちを持っています。
これを解決する方法として実践しているのが、他劇場との連携です。東京にある劇場と連携して、東京・大阪の2公演にすればハンデをカバーできます。また、セットを活用する機会が増えるメリットもあります。
大切なのは、コンテンツの本質と向き合うことと、時代の変化に適応すること
ーー今後のビジョンや取り組みたいことはございますか?
松村隆志:
今後の運営で重視しているのは、コンテンツの魅力を磨くことと、新たなニーズへの対応です。
劇場の運営は以前より難しくなってきています。最近はサブスク等の動画配信サービスの充実もあり、自宅で手軽に“エンタメを摂取”できる時代になりました。まずお客さまに外に出てもらうことから大変なのです。
それだけに、本当に魅力があるコンテンツをつくる必要があり、ニーズを先読みして提供することも考えていかなければなりません。
本当に良い公演には多くのお客さまがやってきます。新たな価値観を身に付けつつ、公演の質を向上させ真に育てていく。これが、これからの劇場運営に求められることではないでしょうか。
劇場は自分の才能を発揮できる場所と認識してまずは一歩を踏み出してみよう
ーーこれから社会人になる方たちに向けて、アドバイスやメッセージをお願いします。
松村隆志:
弊社は劇場という性質上、仕事内容は一般的な会社とはまったく違いますし、個性的な社員も多く在籍しています。だからこそ、自分の才能を活かしたいと思う方に合っていると思います。
部署は制作だけでなく、営業やプロモーションなどさまざまですから、自分に合った環境を見つけ、そこで力を発揮していただきたいと思います。アイデア勝負の世界なので、ぜひ自分のアイデアをぶつけてください。
当社では新たな人材を随時募集しています。最初は慣れずに、ときには困難にぶつかることもあると思います。しかし、その困難も一歩引いて見ると些細なことだったりするものです。喜劇王チャップリンの「人生は近くで見ると悲劇だが遠くから見れば喜劇だ」という言葉のように、終われば笑い話になっていることもあります。
幸い、弊社には頼れる社員がたくさん所属しています。先輩社員がサポートしていくので、怖がらずに飛び込んできてほしいと思います。
編集後記
劇場には、エンタメを発表する「場」を持っているからこその可能性がある。その「場」で何を創造するか、誰と協力するか、そして誰に発信するか、取り組み方次第であらゆる可能性が見えてくる。
松村社長には、その楽しさと難しさの両方を語っていただいた。これから新歌舞伎座を舞台にどんなコンテンツが生まれるのか注目していきたい。
松村隆志/1962年、京都府生まれ。日本大学芸術学部卒業後、株式会社新歌舞伎座に入社。演劇部制作係に配属となり長年プロデューサーとして演劇制作に携わる。2020年9月、代表取締役に就任。