日本の不動産業界はかつて、賃貸契約の保証人を2人立てなければならず、そもそも保証人を立てなければ家を借りられない時代があった。その制度に疑問を抱き、一念発起して起業。保証人を法人として引き受け、入居者の安心をサポートするさまざまな仕組みづくりに取り組んできた。創業者でJID GROUP会長である井坂泰志氏に話をうかがった。
家賃が払えるのに保証人が必要な理不尽さ
ーー起業のきっかけを教えてください。
井坂泰志:
日本では昔、賃貸住宅の契約時に保証人を2人立てる商習慣がありました。家賃はきちんと払えるのに、親がいない、頼める親族が周りにいない、いても頼みにくいなどの理由で保証人を立てるのが難しい人は多く、この制度には問題があると感じていました。
1985年のプラザ合意以降、日本は対米貿易黒字の削減のため、変動相場制に変わるなど、社会構造の転換によりグローバル化を余儀なくされていました。
その中で多くの外国人が就労や留学で日本を訪れるようになりました。ところが、海外から来た人にとっては保証人制度自体が理解しにくく、日本人以上に保証人を立てることが困難でした。私は、「いよいよ不動産業界において保証人制度の変革が必要だ」と感じました。
私自身は大学を中退した後、宅建(宅地建物取引士)資格を取得。20代前半で工務店を創業して、バブル期には不動産売買にも事業を広げたのですが、バブル崩壊で築き上げた財産をすべて失いました。
そのような状況で、「この業界で残された最後の仕事は保証人を法人で引き受けることだ」と思い、起業を決意しました。
ーー起業にあたっては反対する方も多かったのでは?
井坂泰志:
当初、周りの友人からは反対されました。「そもそも知らない人の保証人になるものではない」と何度も言われてきました。さらに法人化となれば、不特定多数の人が対象となります。友人たちには、「保証人も立てられない人は家賃を滞納するに違いない」という先入観があります。「家賃を滞納するような人を保証してどうして商売が成り立つのだ」と心配されました。そのような中で、賛成してくれたのは妻だけでした。
しかし、私がきちんと仕事をする人間だとわかってくれていた友人たちは最終的に理解を示して資金提供してくれたため、1995年に日本賃貸保証株式会社を立ち上げることができました。
利益が出るまでに7年かかりましたが、徐々にビジネスとして形になっていきました。そのうちに、保証人が立てられる人でも身内に迷惑をかけたくないという理由から「保証会社を使って入居したい」と希望する人が増えてきました。今や個人保証はほとんどなくなり、賃貸保証会社がメジャーな産業になりました。
家賃だけではなく、安心できる生活を保証すること
ーー事業の拡大と本社移転についてお聞かせください。
井坂泰志:
当初は横浜で事業を始めましたが、賃貸保証会社には社会的信頼が必要だと思ったため、銀座、日本橋へと本社を移しました。
賃貸保証を続けていくと、借主が亡くなられたり、夜逃げしたりなどで部屋に遺骨が残されていることもあります。そこで、共同墓地(永代供養墓)の建立を決めました。お墓の問題が絡むと都心で事業を展開することは厳しいので、都心から1時間圏内で場所を探し、千葉県の木更津市に本社を移転しました。
入居者の残置物の輸送・保管は当初、運送会社に頼んでいましたが、倉庫業から運送業まで、徐々に弊社の事業にシフトしました。
ーー入居者に寄り添うことを重視しているそうですね。
井坂泰志:
「Standard Opinion Society(SOS)」というNPO法人を立ち上げ、家賃滞納者に弊社グループでの就業や行政と連携し就労サポートすることで、彼らが立ち直る機会を作っています。
ここで働いて家賃を完済して巣立つ人もいれば、完済後もそのまま働いている人もいます。
また、全国に「一定期間無料で住むことのできるアパート」を確保しています。その名の通り、一時リセットして立ち直る期間を与える場所です。
私たちの業務は、入居者の債務だけを保証しているのではなく、入居者が安心して生活できる仕組みを含めて保証することを目的としています。もちろん、家賃をきちんと払うのが前提ですが、「たとえ払えなくなっても救える方法があれば救おう」という考え方が根底にあります。行政機関と話をしたり、生活保護の受給手続きをしたり、「弊社でできることはやっていこう」というのが本当の保証会社だと思います。
弊社では「あらゆる人々のために、公平で公正な社会づくりに貢献していくこと。」という理念のもとで全社員が働いています。
ーーご自身が大切にしている思いは、どのようなものですか?
井坂泰志:
どんな逆境に置かれても曲げない正直さです。中途半端に正直だと騙されます。真っ正直に生きていれば人を騙すような奴も近寄ってきません。それぐらいのつもりで生きていかないといけないと思います。
与えられるだけではなく変えていくー現代の若者に伝えたいこと
ーーこれからどのような人に入社してほしいですか?
井坂泰志:
今の若者は与えられることを覚えすぎています。自分にとって心地のいい仕事、自分の欲望にかなっているものを与えられたら喜びますが、自分が求めていないものが与えられたり、求めているものが与えられなかったりすると不満に感じます。「なぜ、そうなってしまったのか?」と疑問に思います。
自分の思った通りの仕事など初めからありません。時間をかけて頑張って、与えられた環境で自らを成長させながら変えていく努力をするべきです。
どのような会社なのかを全部きちんと理解して、その会社を将来大きくする手段を考えてほしいと思います。私自身もそのような人間でありたいと思っており、経営者としてはそのような人に来てもらいたいですね。
ーーお客様にもメッセージをお願いします。
井坂泰志:
弊社を使って入居したら、安心して暮らせます。私たちは、「何かあっても助けられる、入居者のよき相談相手になれる最高の保証会社でありたい」と思っています。「これが、あなたの幸せの原点になりますよ」とお伝えしたいですね。
私たちの事業は、消費者に直接働きかけるビジネスではありません。お客様が不動産会社に行って、そこで初めて私たちの存在を知ることになります。
実際は、不動産会社ごとに保証会社が決まっていることがほとんどで、お客様自身が選択できないことは、これから解決すべき課題です。将来的には、どのようなお店でも、クレジットカードでいうならVISAやUCやAMEXが使えるように、お客様が賃貸保証会社を選べるようになることが理想です。
これからもお客様のために、より良いサービスを提供する事業を目指していきたいと思います。
編集後記
業界の「あたりまえ」が生み出すデメリットにいち早く気づき、賃貸保証の法人化という新たなビジネスモデルを作り上げた井坂会長。ときに厳しい口調の中にも、不動産業界の浮き沈みを身をもって体験したからこその「真っ正直さ」を感じた。
井坂泰志/1951年、長崎県生まれ。大学中退後、宅建資格を取得し、不動産業界へ。20代前半で井坂工務店を開業。静岡県・神奈川県を中心に不動産業に従事するも、バブルの波に翻弄される。1995年、業界のパイオニアとして日本賃貸保証株式会社を立ち上げ、「賃貸保証業」という新たなビジネスモデルを確立。現在は5つの企業とNPO法人で構成されるJID GROUPの会長を務める。