※本ページ内の情報は2026年7月時点のものです。

洋服やカーテン、テーブルクロスなどに使われる生地のことをテキスタイルと呼ぶ。川越政株式会社は、ウールや綿、麻や合成繊維をはじめ多種多様なテキスタイルを扱うとともに、衣料品のOEM生産でも業績を上げている。企業は事業を広げて売上高を伸ばすことが重要とされがちだが、同社は「不拡大方針」を掲げている。安易な拡大は将来性を損なうとして、規模拡大を求めていないのだ。しかし、テキスタイルとOEMによる戦略的両輪体制を構築し、社員1人当たりの売上高と利益は業界屈指を誇っている。正社員20数名の規模で約45億円の売上高を支える高い労働生産性の裏には、個性を活かす独自のチームビルディングと、世界を見据えた国際商流の循環という大きなビジョンがあった。幾多の危機を乗り越え、業績好調を維持する秘訣や、社員から愛される経営手法について、会社をけん引する代表取締役社長の川越浩治氏に話を聞いた。

焦った事業拡大で直面した大ピンチと社長就任

ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされましたか。

川越浩治:
最初は家業を継ぐつもりはまったくありませんでした。もともと弊社は、小さな雑居ビルの1室で、戦争から復員した祖父が祖母と2人で始めたものです。そして父の代になりましたが、社員が数人で売上高5億円前後という小さな規模でしたので、安定した大企業に入ろうと決めました。小さい頃から家業を手伝っていたので繊維産業に興味があり、大手紡績会社に就職しました。

営業は性に合っていたようです。大学時代にアルバイトで学んだ営業のコツが活かされたのだと思います。何より、仕入れ先や社内、そして得意先の方に喜んでいただけることが嬉しかったのです。そして結婚し、家庭を持ちました。人生で一番楽しい時期だったかもしれません。

そんなある日、父から「大病を患って、もう長くない」という連絡がありました。見舞いに行くと「家業を継いでほしい」と言われたので、紡績会社を退社し弊社に入りました。不思議なことに、大病だったはずの父は次第に元気を取り戻していきました。あれが芝居だったのかどうか、もう鬼籍に入ったので聞くことはできません。

ーー入社後、どのような経緯で社長に就任されたのでしょうか。

川越浩治:
最初は営業として勤務していました。入社してみて課題が見えたので、商品を産地からの直接仕入れに変更したり、得意先を新規開拓したりと社内改革を進めました。東京に支店を設けたのもこの頃です。

社内の体制が整ってきたかと思っていた頃、主要顧客であったアパレル企業が倒産しました。振り返れば、これが災難の始まりでした。営業責任者になっていた私は甚大な被害を少しでも補てんしようと、自称経験者を何人か中途採用して売上高拡大に走りました。結果として入社した社員はうまく機能せず、成果が出ないまま退職する社員が続出し、さらに退職した社員が起こした不祥事で訴訟に発展したり、無理な商売による新たな倒産がもとで不良債権が発生したりと、大きなトラブルが何件も発生しました。

それらのトラブルは私が招いたも同然です。「私が引き受けるべきだ」と感じ、そのとき父に代わって社長に就任しました。38歳でした。営業時代に比べて経営者となると責任は広がり、祖父、父と続いた会社を存続させなければというプレッシャーが強くかかりました。

昼は新規顧客開拓、夜はトラブル対策の日々。精神的にも肉体的にもつらくてうつ病になりましたが、薬を服用して1日も休まず出勤しました。状況が好転したのは、社員の努力があったからです。当時奮闘して共に危機を乗り越えてくれた社員も、現在は幹部や役職者となり、会社の中核で頼りになる存在です。

ーー過去のピンチを乗り越えたご経験から、どのような教訓を得ましたか。

川越浩治:
「人間はもともと弱いものだ」ということです。理不尽な職場環境や無理な成果を求められると、焦って力が発揮できないばかりか、不正に手を染めることもあります。この教訓から、会社として、社員が常にそれぞれの個性である長所を最大限に発揮できる環境を整えることが最も重要だと考えました。

弊社ではマニュアル通りの画一的な育成は行いません。社員個々の得意分野を自由に伸ばし、できない部分は他の社員が補い合うというチームビルディングを実践しています。得意分野が全く違う人間が集まることで、多岐にわたる専門スキルを組織内で結集させることができ、それが総合的な組織力へとつながっています。

両輪体制と「適正価格」がもたらす事業の優位性

ーー現在の事業における強みや、優位性についてお聞かせください。

川越浩治:
事業の大きな優位性は、テキスタイルと製品OEMという二つの事業を両輪で展開している点です。主にテキスタイルは日本の生地を輸出したり国内で販売したりしていますが、逆にOEMは海外で生産したものを輸入して販売しています。それぞれを収入と仕入れにしているため、輸入と輸出の相関関係が生まれ、円安になっても円高になっても為替変動の影響を緩和できる「相殺効果」を生み出しているのです。この両輪事業が偏らず均等に成長できていることが強みです。

また、売上高拡大の要因としては、むやみに新規開拓を追うのではなく、既存顧客を深掘りしていることが挙げられます。既存のお客様にターゲットを絞り込み、集中して取り組むことで関係性を高めています。業界では積極的に新規開拓するのがトレンドですが、弊社はその逆をいき、既存のお取引先との深耕の関係を築くことに注力しています。

ーーお客様にはどのような視点で製品をご提案なさっていますか。

川越浩治:
ただ単に「つくって売る」だけでは、今の業界で生き残っていくことはできません。お客様のもとで売れるものを企画し、提案するマーケティング視点に基づいた事業展開を行っています。

最近非常に増えているのが、弊社から生地をご提案し、アパレル企業様から最終製品の製造まで任せていただくケースです。素材の調達から最終製品の納品、さらには物流まで一貫して支援する垂直連携を実現しています。たとえば、SNS等で影響力を持つインフルエンサーを活用してブランドを宣伝するケースが増えていますが、彼らがつくりたいものを私たちが最終製品まで仕上げ、納品する体制が整っているため、非常に喜ばれました。こうした「考え、提案する」姿勢が、クライアントや関わる方々の期待に応え、強固な関係構築に繋がっています。

ーー製品づくりにおいて、最も大切にしているポリシーは何ですか。

川越浩治:
コストを下げるのも大事ですが、価格だけで勝負する売り方は求めていません。値段をくぐる商売をしても、経験上決して長続きしないからです。私たちが追求しているのは、弊社のクライアントが販売したその先の「エンドユーザー」が心から支持し、リピートしたくなる価値ある商品づくりです。

適正価格を維持しつつ、お客様や生産地と共に、いかに良いものをつくっていくかという「エンドユーザー志向」のポリシーを大切にしています。弊社の商材は、服が好きな方はもちろんアウトドアやスポーツを好む方が手に取ることが多く、機能性は標準装備として、さらに上のファッション性や着心地が求められます。そのためには営業担当者が自ら販売の現場に足を運び、消費者のリアルなニーズを深く知ることが欠かせません。

同業他社からの転職が増えた 働きやすさの秘訣

ーー採用や人材育成で特に注力しているポイントを教えてください。

川越浩治:
性別、国籍、年齢、学歴を一切問わず、純粋に「意欲」を重視した採用を行っています。後天的に能力が伸びるかどうかは、結局のところ本人の意欲次第だと考えているからです。

育成においては、社員一人ひとりの個性や段階に合わせた個別の育成計画を作成し、OJTやメンター制度を通じて、進捗状況をお互いに確認しながら丁寧に育てています。また、年に2回、期中と期末には必ず私が全社員と個別面談を行い、対話を通じてその人に合わせた仕事を作るよう心がけています。こうした取り組みの結果、離職率が非常に低い状態を保てており、現在では社員の半数が他社からの転職者という状況です。

ーー労働生産性を高めるために、どのような工夫をされていますか。

川越浩治:
弊社は正社員20数名の規模ですが、数十億円の売上高を支える高い労働生産性を実現しています。これを可能にしているのは、定着率の高さと、徹底した業務の効率化です。いかに少ない人数で効率よく業務を回すかという「省人化」をテーマに、「計画的な廃棄」を続けています。

たとえば、営業の月次予算や無駄な会議とその資料作成は一切廃止し、全体会議は就任当初から年に4回しか行っていません。また、販売管理システムをはじめとするITツールへの設備投資を惜しまず行い、事務作業の効率化を図ったことで、残業時間を大幅に削減できました。働きやすさの面では、「女性活躍推進企業」のえるぼし認定も取得しています。社内の気配り心配りの雰囲気を作るため、現在も週末に社員向けの経営者ブログを発信し続けており、社員からのコメントを通じて良いコミュニケーションが図れています。

社員の「やりたい」を形にして海外展開・業界課題への挑戦へ

ーー現在の海外展開の状況はいかがでしょうか。

川越浩治:
売上高は私が入社した当時の6億円弱から、2024年頃には約32億円に達し、今期は過去最高となる45億円の規模まで成長しました。国内市場は少子高齢化によって縮小傾向にありますが、海外マーケットは継続的に拡大しています。そのため、海外へ積極的にシフトしていく姿勢を強めています。

現在、ロンドンをヨーロッパのハブ拠点、中国を中国全土のハブ拠点、ベトナムを東アジアのハブ拠点として展開しています。海外展開を進めるにあたり、特にアジア圏では「現地の人が現地の人を信頼する」という傾向が強いため、ベトナム法人では日本本社で育成したベトナム人スタッフに拠点の代表を任せています。このように現地人材を積極的に登用することで、国民性や信頼関係の壁を突破し、効率的に事業を拡大しています。彼らのモチベーションを高く維持できるよう、月に1回以上は必ず私とリモートミーティングを行い、国内社員以上に密なコミュニケーションを心がけています。

ーー業界全体が抱える課題や、今後実現したい未来像についてお聞かせください。

川越浩治:
「国際商流をいかに効率的に循環させるか」ということが、業界全体が直面している最大の課題だと捉えています。日本のテキスタイル産地は高齢化が進み、後継者不足により衰退しつつありますが、メイド・イン・ジャパンのクオリティは世界でもトップクラスです。一方で、原材料は海外からの輸入が主体で価格も高騰しています。

だからこそ、私たちは日本の産地をしっかりと支えつつ、いかに海外の優れた生産拠点と橋渡しをしていくかを考えなければなりません。日本の素晴らしい生地を海外へ輸出し、海外で生産した安定した品質の製品を日本へ輸入する。そして、海外と日本の人材も国境を越えて躍動させる。このような国際的な商流と人材の循環を効率的に回して続けることが、業界の活性化につながると確信しています。

ーー最後に、若手の皆さんへメッセージをお願いします。

川越浩治:
「直面した課題は、責任を持ってやり遂げること」が大切だと思います。私はこれまで「なんとかなるだろう」と思って挑み続けてきましたが、実際なんとかなるものです。

かっこよく聞こえるかもしれませんが、若いうちはとにかく、やるべきことをしっかりとやり遂げることが大切です。型にはまったやり方にこだわらず、自分なりにとことん考えて行動すれば、それなりの道が開けると思います。

編集後記

驚異的な定着率の高さと、一人ひとりの長所を伸ばす人材育成を強みとしている同社。「うちは自由な会社だから」と語る川越氏だが、社員の自主性を重んじ、各人に寄り添う深い愛情があるからこそ、誰もが安心して業務に向き合い、高いパフォーマンスを発揮できるのだろう。売上高規模のみを追うのではなく、本質的な価値の提供を追求し、国内外の橋渡し役として業界の未来を切り拓く同氏。社員の意欲を原動力に躍進を続ける同社の今後に、これからも注目していきたい。

川越浩治/1968年、大阪府生まれ。東海大学卒業。上場(紡績)企業への勤務を経て、1998年、川越政株式会社に入社。2007年から現職。