※本ページ内の情報は2024年2月時点のものです。

洋服やカーテン、テーブルクロスなどに使われる生地のことをテキスタイルと呼ぶ。川越政株式会社(本社:大阪市)はウールや綿、麻や合成繊維など多種多様なテキスタイルを扱うとともに、衣料OEM生産でも業績を上げている。

企業は事業を広げて売上を伸ばすことが重要ではあるが、川越政では「不拡大方針」を掲げる。安易な拡大は将来性を損なうとして、規模拡大を求めていないのだ。しかし、社員1人当たりの売上高と利益は業界屈指を誇っている。

幾多の危機を乗り越え、業績好調を維持する秘訣や、社員から愛される経営手法について、会社をけん引する代表取締役社長の川越浩治氏にうかがった。

焦った拡大で大ピンチ

ーー家業を継ぐつもりで入社されたのでしょうか?

川越浩治:
そんなつもりはまったくありませんでした。もともと弊社は、小さな雑居ビルの1室で、戦争から復員した祖父が祖母と2人で始めたものです。

そして父の代になりましたが、社員が数人で売上5億円前後という小さな規模でしたので、安定した大企業に入ろうと決めました。小さい頃から家業を手伝っていたのでテキスタイルに興味があり、大手紡績会社に就職しました。

営業は性に合っていたようです。大学時代にアルバイトで学んだ営業のコツが活かされたのだと思います。何より、仕入れ先や社内、そして得意先の方に喜んでもらえることが嬉しかったのです。そして結婚し、家庭を持ちました。人生で一番楽しい時期だったかもしれません。

そんなある日、父から「大病を患って、もう長くない」という連絡がありました。見舞いに行くと「家業を継いでほしい」と言われたので、紡績会社を退社し弊社に入りました。

不思議なことに、大病だったはずの父は次第に元気を取り戻していきました。あれが芝居だったのかどうか、もう鬼籍に入ったので聞くことはできません。

ーー入社してすぐ社長になられたのでしょうか?

川越浩治:
営業として勤務していました。入社してみて課題が見えたので、商品を産地からの直接仕入れに変更したり、得意先を新規開拓したり社内改革を進めました。東京に支店を設けたのもこの頃です。

社内の体制が整ってきたかなと思っていた頃、主要顧客であったアパレル企業が倒産しました。振り返れば、これが災難の始まりでした。営業責任者になっていた私は甚大な被害を少しでも補てんしようと、自称経験者を何人か中途採用して売上拡大に走りました。

結果入社した社員はうまく機能せず成果が出ないまま退職する社員が続出し、更に退職した社員が起こした不祥事で訴訟に発展したり、無理な商売による新たな倒産がもとで不良債権が発生したり、大きなトラブルが何件も発生しました。

それらのトラブルは私が招いたも同然です。「私が引き受けるべきだ」と感じ、そのとき父に代わって社長に就任しました。38歳でした。営業時代に比べて経営者となると責任は広がり、祖父、父と続いた会社を存続させなければというプレッシャーが強くかかりました。

昼は新規顧客開拓、夜はトラブル対策の日々。精神的にも肉体的にもつらくてうつ病になりましたが、薬を服用して、1日も休まず出勤しました。状況が好転したのは、社員の努力があったからです。当時奮闘して共に危機を乗り越えてくれた社員も、現在は幹部や役職者となり、会社の中核で頼りになる存在です。

同業他社からの転職が増えた、働きやすさの秘訣

ーー人生最大のピンチを乗り越えて得た教訓などをお聞かせください。

川越浩治:
「人間はもともと弱いものだ」ということです。理不尽な職場環境や無理な成果をもとめられると、焦って力が発揮できないばかりか不正に手を染めることもあります。会社として、社員が常にそれぞれの個性である長所を発揮できるような環境を整えることが重要だと考えました。

社員各自のスキルと希望に応じた仕事を分配し、自由に業務に取り組める環境を整えました。社員間のゆるやかな意思疎通を大事にし、出社時間も選択制にしました。社員の自主性に任せ、対話を重んじた結果、離職率が極端に低くなりました。

欠員が出ないので弊社は求人サイトなどで社員募集をしていません。「入社希望はご相談ください」というスタイルですが、社員の半数以上が同業他社からの転職者です。

ノウハウを持っている彼らとたたき上げの社員がよい相乗効果を生み、社員1人当たりの売上高と利益は業界屈指となりました。

業務効率化を図り労働生産性を上げるため、弊社では会議を年4回しか行いません。社内の気配り心配りの雰囲気づくりのため、レクリエーションの社員旅行や宴会イベントは積極開催します。

あとは年に2回、私が社員全員と個人面談をしてコミュニケーションを密に取っていることが、定着率や啓発に影響していると思います。また、考えを伝える場として、週末に社員向けブログを発信しています。コメントをくれる社員が多く、とても嬉しく感じています。

社員が能力を最大限に発揮できる環境を整え、全員で同じ目標に向かって進んでいくための方法を常に模索しています。

社員の「やりたい」を形にして海外展開へ

ーー業績が拡大していますね。

川越浩治:
正社員数は私が入社した時の13人から倍の26人になりましたが、売上は6億強から今期過去最高の約32億とおよそ5倍になりました。ベトナム・ホーチミンに法人を、中国・上海と英国・ロンドンには支店を置いています。この規模の会社にしては海外拠点戦略を充実させているつもりです。

それぞれ、中国は中国全土、ロンドンは米国とヨーロッパ全体、ベトナムはインドやインドネシア、シンガポールを含むアジア圏を担当して、それぞれがハブとなって海外展開をめざしています。私も海外拠点の代表とは月1回以上のリモートミーティングは欠かしません。距離が離れてるだけにモチベーションを高く維持できるように国内社員以上に大事にしてます。

この海外拠点は、場所を先に決めたのではなく、「やりたい」と手を挙げたスタッフがいたから作ったのです。たとえばベトナム法人の代表者は、弊社に海外人材インターンとして来日しました。一度帰国しましたが、入社し再度来日して研修のうえ、今はベトナムの法人を任せています。

ロンドンにも、「ロンドンに行きたい」という人材が入った時に支店を作りました。やる気がある人に任せるため、主体的で活発な働きにつながっていると思います。

国内市場は少子高齢化で成長があまり見込めませんが、世界人口は増加傾向にあり、それにともない衣料品の需要も増加しています。海外市場への進出は重要だと思います。

ーー若手の皆さんへメッセージをいただけますか。

川越浩治:
「直面した課題は、責任を持ってやり遂げること」が大切だと思います。私は「なんとかなるだろう」と思ってやってきましたが、実際なんとかなるものです。

かっこよく聞こえるかもしれませんが、若いうちはとにかく、やるべきことをしっかりとやり遂げることが大切です。型にはまったやり方にこだわらず、自分なりにとことん考えて行動すれば、それなりの道が開けると思います。

編集後記

定着率の高さと幅広い年代の社員を強みとしている川越政株式会社。「うちはゆるい会社だから」とことあるごとに語る川越社長だが、社員の自主性に任せる広い度量があるからこそ、社員も安心して業務に向き合えるのでは、と感じた。

「規模拡大よりも中身の充実を心がけている」という川越浩治社長の挑戦に、これからも注目していきたい。

川越浩治(かわごし・こうじ)/1968年大阪府生まれ、東海大学卒。上場紡績企業を経て現職。