少子高齢化、価格高騰、移ろいやすい流行。現代社会には、私たちを揺るがすファクターが多種多様に存在する。1877年に衣料品卸業として創業した古荘本店はアパレルショップやブランド展開事業をはじめ、通信事業やIT機器販売代理店事業、建築販売事業など、多角的に事業を展開している。
そんな同社が2024年に新たなチャレンジとして立ち上げたのが「ubusuna」という服ブランドだ。そこに込められた思いや展望とは。株式会社古荘本店の6代目代表取締役社長、古荘貴敏氏に話をうかがった。
他社の大手営業職で実績を残し、家業を継ぐために古荘本店へ
ーー古荘本店に入社以前の経歴をお聞かせください。
古荘貴敏:
弊社には「他社の仕事を1度は経験する」という事業承継のメソッドのようなものが根づいています。そのなかで私が大学卒業後、富士ゼロックス株式会社(現・富士フイルムビジネスイノベーション株式会社)に就職したのは「自由度の高い会社で営業力を鍛えたい」と思ったからです。
同社では当時、実験的な試みもあって、私は新人の頃からトップ営業社員の集まる部署で働く機会に恵まれました。在職した5年間で、大手企業の営業担当を務めたり競合他社から大手ユーザーを勝ちとったりするなど、非常に濃密な実務経験を積みました。
ーー同社を退職し、古荘本店への入社を決めたのはなぜですか?
古荘貴敏:
もちろん、転職せずにそのまま上を目指す道を考えたこともありました。しかし、弊社3代目社長を務めた祖母が他界したとき、市長や県知事などのそうそうたる面々が葬儀に参列しているのを見て、「うちは、簡単に『継がない』と言える会社ではない」と気づいたんです。また、地元に帰ってさまざまな経験を積むほうが、私にとって意味深く、成長が望めると感じたことも大きな理由です。
知人経営者の志をヒントに「ubusuna」ブランドを立ち上げ
ーー新しいアパレルブランドを立ち上げたのは、どのような思いからだったのでしょうか。
古荘貴敏:
衣料品の卸業として創業し、150年近くの歴史を持つ弊社ですが、国内の人口が減っていくなかで、今後事業をどう存続していくのかという危機感がありました。
そんなときに旧知の仲である花の香酒造(熊本県和水町)の神田社長に、同社が大ヒットさせている日本酒「産土(うぶすな)」のブランディングについてうかがう機会があったんです。「産土」とは日本に昔から伝わる、産まれた土地や土地の神々を意味する言葉です。
神田社長は、産土という言葉に秘められた「土着」の大切さや価値、可能性をお酒だけでなくさまざまな世界に広めていきたいと考えています。その志に惹かれて、私たちも服の世界で産土の世界を実現してみようと立ち上げたのが、2024年1月に店舗をオープンし、販売を開始した「ubusuna」ブランドです。
魅力的な商品を発信して地元熊本の活性化にも貢献
ーー「ubusuna」のマーケットや今後の展開についてはいかがお考えですか?
古荘貴敏:
「ubusuna」の服には、熊本土着の技術や素材を生かした伝統的な手仕事を織りまぜているため、日本ならではの要素や繊細さ、日本のものづくりに魅力を感じる海外の方にはぜひ知っていただきたいですね。また、外国人と接する機会の多い日本人や文化人の方々にも、着物やタキシードとは異なる、“ほどよいラグジュアリー感”が喜ばれています。
さらに、今年の4月に開催されたファッションイベント「TGC(東京ガールズコレクション)熊本 2024」では著名なモデルの方々によって「ubusuna」のスタイルを表現していただきました。実際に身にまとっていただいたモデルの方からは「伝統工芸品を身につけている感じがして、着心地もよい」と好評でした。
今後は海外にも積極的に「ubusuna」の情報を発信し、外国人富裕層向けのビジネスも行っていきたいと考えています。日本国内では本社前のブランドギャラリーを拠点にしながら、全国の百貨店やセレクトショップなどでもブランドを展開していく予定です。
ーー今後の展開が熊本の活性化にもつながりそうですね。
古荘貴敏:
このたび、私が会長を務めるくまもとファッション協会で「MADE IN KUMAMOTO SELECTION」プロジェクトを立ち上げました。熊本の独創的でスタイルのあるアイテムを認定し、情報を世界に発信していく取り組みです。外貨を稼いで熊本に投資することは、社会貢献のひとつだと思っていますので、今後も一企業として、地域の一員として、熊本の魅力発信に力を入れていきます。
努力が報われ能力を発揮できる会社を目指して
ーー6代目社長としての取り組みやビジョンをお聞かせください。
古荘貴敏:
私が社長就任後に行った最も大きな変革は、社員一人ひとりのがんばりや成果がきちんと報われる評価制度の導入です。弊社にも老舗特有の年功序列の体制が染みついていましたが、それをガラリと一新しました。
「上司に気に入られるかどうかで評価基準が左右される」ことは、会社の雰囲気を最も悪くする要素なので、そうなり得る内容は排除し、客観的な基準で評価できる形に変えました。毎年アップデートしながら、評価の精度を上げています。
弊社では、営業も一層強化したいと考えており、優秀な営業パーソンを呼び込むためにさまざまな制度を整えています。また、海外の富裕層向けの接客体制をつくるためにも、インテリジェンスの部分を担える外国人人材も積極的に採用していきたいですね。私たちの事業に興味を持たれている方にとっても、新ブランドの展開が本格始動した今が、力を発揮できる絶好のチャンスであると言えます。
編集後記
時代の流れに合わせて、魅力的かつ求められるものを生み、発信し続ける社長。社員それぞれが能力や個性を発揮できる職場の環境づくりに努める心意気もまた魅力的だ。「夢は生きているうちにパリのシャンゼリゼ通りに『ubusuna』の店を出すこと」という社長の活動に今後も大いに注目したい。
古荘貴敏/1977年熊本県生まれ。慶應義塾大学卒。2000年富士ゼロックス株式会社(現・富士フイルムビジネスイノベーション株式会社)に入社し、5年間法人営業として従事。2005年株式会社古荘本店に入社し、開発事業部にて新規事業開発および法人営業を担当。2017年同社6代目代表取締役社長に就任。熊本商工会議所副会頭として地域経済の発展にも注力している。