有機合成薬品工業株式会社は、有機化合物の研究・開発・製品供給を行っている会社だ。同社はアミノ酸のハイグレード品で、世界トップシェアを誇っている。
松本清一郎氏は、研究所とマーケティング部門を経験し、2019年に代表取締役社長執行役員に就任した。同氏の故郷である福島県への思いや、今後のビジョンについてうかがった。
ハイグレードなアミノ酸製品のトップシェアメーカー
ーーはじめに事業内容をご説明いただけますか。
松本清一郎:
弊社は有機化合物の研究開発から製造・販売を行っている会社です。年間で9500tの製品を製造し、食品、医薬品、工業製品の各分野で事業を展開しています。
食品関係ではグリシンとβ-アラニンの2種類を中心に製造しており、ハイグレードなアミノ酸の分野では世界トップシェアを維持しています。医薬品関係では原薬と呼ばれる医薬品の有効成分をつくっており、がんや結核の治療薬に使われています。3つ目が半導体や自動車関係、船底塗料、電池の材料などをカバーする化成品関係です。
このように当社製品はあらゆる分野で活用されており、人々の生活を支える重要な役割を担っています。特にニッチな領域でグローバルトップシェアを持っている製品を数多く保有しているため、安定供給への責任を感じながら、日々業務にあたっています。
ーー競合他社との差別化ポイントをお聞かせください。
松本清一郎:
当社は大手化学メーカーから原材料を仕入れて付加価値の高い商品に変換しています。自社技術の専門性を活かせると判断すれば、例え市場規模が小さな製品でも、市況や将来性を見据えて開発することによって、他社との差別化を図っております。マーケットの皆様からの評価という面では、高品質で安心安全な商品を長年供給させていただいている実績が、お客様からの信頼に繋がっているのではないでしょうか。
ーー会社の信頼性を高めるために具体的に取り組んでいることは何ですか。
松本清一郎:
「クオリティーカルチャーの醸成」を経営目標とし、品質システムに対する社員の意識向上をうながしています。その一貫として、社員教育にはしっかりと投資をし、教育中に立てた目標への取組みを定期的に発表したりしています。クオリティーカルチャーの醸成には、コンプライアンス意識の向上も含まれており、全社的な受講教育では、社員だけではなく私を含めた経営者も横並びで外部講師による教育を受講いたします。
また、労働と人権、倫理に特化した教育も取り入れるなど、社員のエンゲージメント強化にも注力しています。自分達の信念に基づく謙虚な企業風土こそが、品質を支えると考えているからです。
ーー今後の方針を教えていただけますか。
松本清一郎:
新たな中期経営計画の基本方針を「激変する経済環境の中、主要製品の売上を拡大しながら、新製品を継続的に導入し、以て向こう10年間の成長に資する礎を築く」としました。
“向こう10年間”としたのは、そこから先は、私に10年以上先まで考える才能が無いことと、「社員である君たちが考える番だよ」というメッセージを込めています。また、今年に入ってから基本方針の中に「新たな業務への挑戦」という項目を追記しました。保守的な企業風土にならないよう、あえて「挑戦」というワードを選びました。
故郷のいわき市の復興のために会社の雇用を守る
ーー松本社長のご経歴をお話いただけますか。
松本清一郎:
大学卒業後、福島県庁での職務を経て弊社に入社しました。研究開発に14年間携わった後、新製品マーケティングを行う開発営業部門に異動になりました。新社会人としての教育は公務員として受けた為、会社員になった後も影響を受けていると思います。
ーーこれまでのキャリアの中で、考え方が変わるような出来事はありましたか。
松本清一郎:
研究から開発営業部門に異動してから、自分なりに考えたマーケティング論を基に活動しておりました。
そんなときに東日本大震災が起き、福島県いわき市にある弊社の工場は3ヶ月間、稼働を停止することになりました。その後も原発の放射線の影響を心配する風評被害など、売上・利益ともに厳しい数年間をすごしました。私自身も、会社を立て直すことが、すなわち被災地の雇用を守る事に繋がると感じ、それを人生の目標にして、その後のモチベーションに繋がっています。
グローバル展開の可能性!未来への新たな一歩
ーー今後の課題をお聞かせいただけますか。
松本清一郎:
売上高を伸ばしていくには、新製品を生み出し続けることが必要です。そのため、研究や経営企画部門に対しては「新製品の種が枯渇しないように、仕掛けをたくさんつくっておかないといけないよ」と言い続けています。
しかし機会や仕組みがなければ、なかなか人は動けないのも事実ですので、経営からの取り組みとして、研究所の若手や中堅社員を中心に、中長期の戦略プロジェクトチームを4つ立ち上げました。会社もこのプロジェクトを支援し、若手の育成にも注力しています。
ーー今後のビジョンを教えてください。
松本清一郎:
3つの事業分野それぞれに目標を持っています。
アミノ酸分野では、グリシンとβアラニンのトップシェア維持拡大を狙って、現在、大型の設備投資の真っ只中です。これら投資をこれから回収し、さらなる事業拡大に努めてまいります。
化成品分野ではニッチな領域でのリーディングカンパニーとして、海外販売を拡大させることが私たちの目指すゴールです。新たに電子材料分野に進出することができましたので、今後の成長領域として育成する予定です。
医薬品分野では、グローバル市場に原薬を届ける先端CDMO(※)になることを目指しています。COVID19によるパンデミックは、世の中において核酸医薬品(mRNAワクチン)の新たな地平を切り開きました。我々も製薬会社からの要望に的確に応えられるよう、絶え間なく新たな分野への挑戦を続けていきたいと考えています。
※CDMO(医薬品開発製造受託機関):医薬品の開発と製造において、製薬会社や創薬ベンチャーなどからの委託を受け、高品質かつ大量に医薬品を製造する機関のこと
ーー社内改革についてはどのようにお考えですか。
松本清一郎:
日本では、約束された未来として、2040年に就労人口が2割減少します(人口統計)。近い将来の人手不足は深刻な問題と想定しており、当社では社員のエンゲージメントの向上に力を入れております。すでに男性社員の育休取得率は100%、有給休暇取得率も90%であり、男女共に活躍できる環境を整えることで来るべき危機に備えています。
ーー最後に読者の方々にメッセージをお願いします。
松本清一郎:
当社は、若い世代の方々が、自ら手掛けた事業の成果が少しでも出れば、それを実感できる規模感・環境です。そういった環境で働きたいという方には、楽しくやりがいを持って仕事ができる企業なのではないでしょうか。
編集後記
自分のキャリアを通じて様々なチャレンジをしてきた、という松本社長。東日本大震災をきっかけに、被災地支援として会社の雇用を守ることが目標になったという。震災を乗り越え、活躍の場を広げる有機合成薬品工業株式会社は、復興から成長に向け、新たな時代をを見据える福島県の希望となるだろう。
松本清一郎/1966年生まれ。福島県いわき市出身。茨城大学卒。1991年に有機合成薬品工業株式会社に入社し、研究開発職を14年、新製品のマーケティングを14年経験して、2019年に代表取締役社長執行役員に就任。