フレーバーという言葉はスイーツショップなどでよく見かける。甘く魅惑的な香りに心を躍らせ「ああ、いい匂い」と胸いっぱいに吸い込むこともあるだろう。
株式会社サンアロマは、食品に添加するフレーバーや、化粧品に使用するフレグランスなど、私たちの日常に溶け込んでいるさまざまな香りを開発・製造している会社である。
同社は代表取締役会長の杉山保氏が創業し、現在は息子である代表取締役社長の杉山勲氏がけん引している。創業家のエピソードや事業の継承について、杉山勲社長にうかがった。
大企業での修業後は、受注ゼロのスタート
ーー子どもの頃から家業を継ぐと思っていましたか?
杉山勲:
父が会社の経営者であることを漠然と認識し始めたのは10歳ごろでした。高校までは野球に没頭していたので、家業を継ぐことは意識していませんでしたが、大学生になり進路に関して検討する中で、家業のことを意識しだしました。
当社に入社する前、会長(父)の紹介で、同業他社で日本最大手の香料会社に、3年の約束で修行させてもらいました。
最初の半年間は工場で勤務し、残りの2年半は営業をしました。2年目が過ぎた頃、ようやく得意先に1人でアプローチできる程度のヒヨっ子となりましたが、上司から「まだ何も教えてない」と言われました。当時の上司に「あと2年ほど、うちで働いてみたらどうか」と言っていただき、トータルで5年間勤務しました。それは、私の人生で最も濃密な期間でしたね。
印象に残っているのは、大企業の営業マン同士が、時には口論をしながらも意見を交換していたことです。会社の規模に関係なく、会社の現状・未来に対して泥臭く議論しているのはどこの会社も同じなんだなと、本当に勉強になりました。
また、工場や研究所など、さまざまな部署の人たちと知り合いになりました。今も変わらずコミュニケーションを取っており、これだけの人脈を築けたことは大きな財産です。
ーー貴社入社当時のエピソードをお聞かせください。
杉山勲:
私は日本最大手の香料会社の経験を踏まえ、家業へと戻ってきた翌日から、東京営業所を立ち上げました。本社から営業が1人派遣されて2人で働きましたが、2年間ほどは1キロの注文もありませんでした。何をすればいいのかを2人で話し合い、サンプル準備などいろいろと行いましたが、電話はまったく鳴らず、これほど寂しいものはありませんでした。その後、サンプルの依頼が入った時、私たちは大変喜び、2人で急いで対応しました。その1本の依頼が、仕事がなかったからこそ、とても嬉しかったのを覚えています。
社内の統制と、危機を乗り越えた教訓
ーー社長就任前での取り組みで印象に残っているものは何ですか?
杉山勲:
私が経営企画室で働いていたとき、家業から企業へと変化させるために組織を構築したことです。当時、当社は会長の強いリーダーシップのもと、長年発展を続けてきました。しかし、トップダウン式の経営方針で、責任の所在が曖昧な部分がありました。そのため、問題が発生した場合の責任者や部下の報告先などの指揮系統を明確にしたのです。
責任を明確にし、一人ひとりが自ら考え行動することが未来につながります。会長が不在でも会社が継続できるよう、次世代のリーダーを育成しなければいけません。それぞれが自分の役割を理解し行動することで、会社は持続的な成長と安定を図れるのではないでしょうか。
ーー社長就任後で、印象に残っているものを教えてください。
杉山勲:
業界を震撼させるような事件があり、当社も大変大きな損害を被りました。そのダメージを回復させることや、お客様への理解を得ることに非常に力を割きました。
社長に就任する前のことでしたが、会社が存続の危機に瀕していることを感じました。この時の従業員数は60名ほどで、さらに家族を含めると200名以上でした。「この人たちを路頭に迷わすことはできない」と意を決し「這いつくばってでも倒産はさせない」という気持ちで乗り越えました。お客様には事情を繰り返し説明し、ご理解をいただき現在に至っています。
当時の業界の商慣習が曖昧だったことが原因で、問題が拡大してしまいました。
「だからこそ、業界の基準ではなく、我々が理想とする基準で物事を判断するように、厳しくあらゆる物事を見るように会社としても意識を変えていきました。」
素早いニーズ対応で市場を切り開く
ーー同業他社と比べて、貴社の強みを教えてください。
杉山勲:
香料会社にとって大きな市場である、オレンジ、グレープフルーツ、レモン等のシトラス系の香りは人気で、競争が非常に激しい市場となっています。
中小企業である当社は市場の大きさではなく、自社の得意な分野はなにかを考え、「ミルク」「バター」「チーズ」の香りで勝負することにしました。時代が変わり、缶コーヒーやミルクコーヒーの市場が拡大し、アイスクリームや焼き菓子の種類も増え、当社にとって追い風となりました。
また当社は、レスポンスの速さと訪問回数は他社に負けません。依頼を受けたらできるだけ早く、品質もしっかりと担保しながら良いサンプルを持って行きます。そして、相手先へ朝一番に訪問します。これは会長の教えでもあり、「早起きは三文の徳」ということわざどおり、朝を有効に使うことは大事だと実感しているからです。
お客様は「この香りが欲しい」と思ったら、お客様は香りを評価し、メーカーの規模にこだわらず購入します。大手企業は多彩な手法で香りを分析していますが、その数字で表せない部分を努力することで、当社のような中小企業でも勝負ができます。相手先のニーズにいち早く応えることで、良い評価をいただいているのではないかと思っています。
ーー貴社はどのような人材を採用されていますか?
杉山勲:
私が野球経験者ということもあり、元球児やスポーツ経験者を採用することが多くあります。
なぜなら、新入社員に教える時に苦労することの一つとして「挨拶の大切さ」が挙げられますが、元球児たちはすでに大切さを熟知しているからです。チームスポーツを経験しているので、コミュニケーション能力も高い。やはり仕事をしていく上で、コミュニケーションは大事ですから。
甲子園やプロに行けなかった悔しさは私もわかりますので、「勝てなかった悔しさを仕事にぶつけろ」と言っています。彼らは今、各部署のリーダーとして活躍しています。
明るく楽しく元気よく、ということを良く言いますが、会社と一緒に個人も成長してもらいたいと考えています。
編集後記
父親である会長を尊敬し、その経営哲学を受け継ぐ杉山勲社長。顧客のニーズに合わせた香りを追求するなど、さまざまな施策を打つ姿に、強いリーダーシップを見た。
「香り」という形がないものだからこそ「大企業と同じ土俵で勝負ができる」と胸を張る杉山勲社長の挑戦に、これからも注目していきたい。
杉山勲(すぎやま・いさお)/1966年東京都生まれ。1995年株式会社サンアロマに入社。1999年取締役経営企画室長、2004年代表取締役副社長を歴任し、2006年に代表取締役社長就任。現在に至る。