※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

1927年に京都で魚の塩干物卸売業者として創業した株式会社京都やま六。現在は西京漬けの製造、販売にとどまらず、飲食店を展開し、食文化を通じて年齢や国籍を問わず多くの人に感動を与えている。2027年に創業100周年を迎える同社は、長年培ってきた伝統の味を守りつつ、時代の変化に合わせた柔軟な戦略でファンを魅了し続けている。2025年6月には、親族外から食のプロフェッショナルを新社長として迎え入れ、大胆な事業承継と組織の若返りを実現した。常に新たな価値創造に挑む同社の代表取締役会長、秦健二氏に、これまでの歩みと次世代へ向けた大改革の裏側を聞いた。

経営について右も左も分からないまま3代目社長へ

ーーまずは、3代目として家業を継いだときのことをお聞かせいただけますか。

秦健二:
大学卒業後、神戸市中央卸売市場で1年ほど働いていましたが、先代である父が急逝し、私は何の引き継ぎもないまま社長に就任することになりました。「会社を潰してはいけない」と必死で経営する中で、心の支えになったのは叔父の存在でした。叔父は、父の急逝後すぐに当時勤めていた税理士事務所を辞め、弊社に入社して数字の管理を担当してくれました。そのおかげで、私は営業や製造の仕事に専念することができたのです。

ーー西京漬けメーカーへと事業転換した経緯を教えてください。

秦健二:
弊社は創業当初から中央卸売市場で魚屋に塩干物を卸していました。しかし、時代の流れとともに魚屋が減っていき、量販店が増えました。メーカーからの直接購入や産地直送の取引が主流になり、卸売業だけで事業を継続することが難しくなったのです。そこで、BtoB領域の西京漬けメーカーとして「京都やま六」を設立し、スーパーや百貨店への販売を始めることにしました。

ーーBtoC領域に進出されたのはなぜでしょうか。

秦健二:
バブル崩壊以降、原材料の輸入価格が高騰する一方で、国内ではデフレの影響により販売価格を下げなければモノが売れないという状況に追い込まれてしまったのです。そこで、弊社の適正な価格に納得していただくために、原材料を選ぶ過程や私たちの思いを直接お客様に伝えようと決心し、「京都一の傳」を立ち上げて西京漬けの通信販売を始めました。

設立と同時期にサービスが開始された楽天市場では、私がEC責任者を務め、モールのイベントに合わせたキャンペーンや限定的な商品を売り出すなど、様々な販促施策を行い、初年度で2億5000万円の売上高を達成しました。さらに、旗艦店として設けた「京都一の傳 本店」では、レストラン事業も始めました。さまざまなタッチポイントでお客様と直接関わりを持つことで、経営理念に掲げる“食文化を通じた感動”を届けていきたいと考えています。

親族外承継で実現した若返りと組織風土の変革

ーー新しく社長を迎え入れ、現在の体制を構築したのはどういった理由があるのでしょうか。

秦健二:
2027年の創業100周年という大きな節目を見据え、親族外から食のプロフェッショナルである中尾氏を新社長として迎え入れ、私は2025年6月に会長に退きました。中尾氏は自身で会社を経営されていた経験を持つプロフェッショナルです。弊社は通信販売の信頼を高めるために本店を構え、レストラン事業を展開してきましたが、やはり畑違いで苦労することも多くありました。

そこで同氏に弊社のレストラン部門の社長として手伝ってもらったのが出会いのきっかけです。事業を非常にうまく改善してくれた手腕を見て、これからの時代は血縁にこだわらず、適任の若い方に任せるのが一番だと決断しました。会社の寿命は30年サイクルで事業承継の壁にぶつかるといわれますが、若い世代にバトンを渡すことで、新しい時代への答えが出たと感じています。

ーー中尾氏へバトンを渡したことで、社内の雰囲気はどのように変化しましたか。

秦健二:
これまでのトップダウンの体制から、若手社員たちが新社長を支え、ともに会社の将来を考える組織風土へと大きく変革しました。私が一歩引いたことで、皆が当事者意識を持ち始めたのを感じます。大きな変化としては、新社長の主導でDXも進み、グループウェアを活用してリアルタイムで情報を共有するなど、業務効率化が飛躍的に進んでいます。さらに人事制度も刷新され、従業員がやりがいを感じて働ける素晴らしい環境が整ってきました。

ーー新体制のもとで、今後も守り続けたい伝統の根幹は何ですか。

秦健二:
商品を通して食卓に幸せを与えることです。スーパーにはもっと手頃な商品がある中で、なぜ私たちの西京漬けが選ばれるのか。それは味や品質への絶対的な自信があるからです。私たちは、主婦の方が弊社の商品を買って帰り、ご家族でテーブルを囲む時にどんな温かい会話が生まれるかを想像しています。感動を提供する仕事は絶対に崩してはいけません。中尾社長もこの思いを深く理解しており、伝統を守りつつも、製法や制度など変えるべきところは変えるという絶妙なバランスを新体制で実現してくれています。

伝統を守りながら幅広いニーズに応える挑戦


ーー飲食ブランドを多角的に展開されているようですが、その狙いは何ですか。

秦健二:
現在「京都一の傳」をご利用いただくお客様は50代から70代の方が中心です。弊社が創業時から自信をもって作り続けている西京漬けをもっと幅広い年代の方へ広めるため、京都髙島屋S.C.に物販・デリ・飲食の3業態を集約した店舗を構えています。

また、社内にある塩干仲卸の経験を活かし、京都を想起させる出汁とお茶漬けをかけ合わせた京だし茶漬けの専門店「京都おぶや」をJR京都駅改札近くに展開しています。約15分で京都らしさを感じられる点や華やかな見た目が話題となり、SNSで注目されて順調に売上高を伸ばしています。お茶漬けの店舗は競合がたくさんありますが、魚屋としての強みを活かしたシナジー効果もあり、単価が少し高めでも毎日行列ができるほどの人気と、12.9坪の店舗で平均坪月商65万円という高い実績を誇っています。

ーー直近で、新たに取り組まれていることはありますか。

秦健二:
「一口で京都を旅する」ような情緒や特別な体験を提供することをコンセプトとした、新店舗「京都一の傳 祇園ハナレ」を2026年5月にオープンしました。旧本店は、もともと弊社の通信販売をご利用いただくお客様に対して、「実在する店舗がある」という安心感や信頼性を高める役割を担っていました。しかし、その役割を十分に果たし終えたと判断し、今回はブランドイメージを大きく一新して祇園の地へ店を構えました。

その店舗ではあえて席数を限定し、一人ひとりのお客様に丁寧に向き合えるゆとりのある空間をつくっています。日本人の観光客の方を中心に、「京都ならではの素晴らしい思い出」の象徴となるような、ブランドの顔としてじっくりと大切に育てていきたいと考えています。

一方で、駅直結の店舗では、お弁当など利便性を重視した展開をしています。ゆっくりと京都の情緒を味わいたい時は「祇園の新店舗(祇園ハナレ)」へ、手軽に美味しいものを楽しみたい時は「駅直結の店舗」へといったように、お客様のニーズや利用シーンに応じた明確な使い分けをご提案しています。

選択と集中による販売戦略とブランディングの強化

ーー貴社独自の販売戦略についてもお聞かせください。

秦健二:
これまでの割引戦略から脱却し、商品の本当の価値を理解してくださるお客様に適正な価格で提供する方針へと舵を切りました。選択と集中を徹底し、中央卸売市場での一部の業務を整理するなど、時代の波に合わせた運営を行っています。

この方針転換が功を奏し、商品の価値がしっかり伝わるようになった結果、テレビ取材なども増えました。特に新社長が仕掛けた取り組みにより、ふるさと納税での売上高が飛躍的に伸びており、京都市の食品ジャンルで1位という成果を出しています。普段は少し手が出にくいと感じていた方々にも、ふるさと納税を通じて商品の魅力を知っていただける素晴らしい機会となっています。

ーー通信販売においてはどのような手法をとっていますか。

秦健二:
ECサイトの展開も進めていますが、弊社の注文はほとんどがはがきや電話による紙媒体なんです。ECと違って紙の通信販売は在庫以上の注文が入らないように制御することができず、在庫管理の難しさもありますが、徹底した統計分析を行うことで高いレスポンス率を維持しています。

また、お客様からのご要望に丁寧にお応えするため、コールセンターの対応も一新しました。交通の便が良い場所に拠点を移したことで、優秀な人材の採用にも良い影響が出ています。デジタルとアナログの両軸を回しながら、ペーパーの強みを最大限に活かしていくことが、私たちのビジネスの肝になっています。

変化を恐れず創造を止めない長く愛される企業へ

ーー創業100周年に向けて、経営において大切にしていることは何ですか。

秦健二:
社長に就任した当初から「ベストセラーよりロングセラー」という言葉を大切にして、お客様に何度も買っていただくにはどうすべきかを常に考えています。先代から受け継いだ自社の強みを活かし、“お客様に感動を提供し続けること”で、急激な売上高増を狙うのではなく、何十年も愛される商品やサービスを提供していきたいと思っています。

また、会社を長く続けるためには、若い人の意見を取り入れて変化させていくことも大切です。年功序列の給与体系から年齢や勤務期間にとらわれない能力に合わせた給与体系に変更するなど、組織体制を見直しています。

ーー原価高騰が続く中、今後のブランディングについてはどのようにお考えですか。

秦健二:
原料や資材、人件費などが上がる中で、単なる値上げで終わらせず、お客様が心から納得してくださるブランド価値の強化が不可欠です。「京都のお土産といえば西京焼き」、そして「西京焼きといえば京都やま六だよね」と全国の皆様に知っていただけるよう、100周年に向けてさらにブランドを磨き上げていきたいと考えています。

ーー最後に次世代を担う若手人材へ向けてメッセージをお願いします。

秦健二:
良い仕事をするために必要なことは、やらされている感覚ではなく主体性を持って楽しむことです。そのためには、明確な目標を持つことが大切だと考えています。弊社では、今後も20代や30代向けのブランドの拡大を予定しており、新規獲得のための営業施策を若手社員に任せたり、部署や役職の垣根を越えたブレストを行ったりと、若手社員の意見を広くとり入れる機会を積極的に設けています。私たちと一緒に楽しみながら仕事ができる人材を求めています。

編集後記

時代の激しい波の中で、「新しい意見をとり入れて変わっていくことが必要だ」と語る秦氏。親族外の若きプロフェッショナルへ社長のバトンを渡した大胆な事業承継や、商品本来の価値を問う適正価格への転換など、伝統に安住せず自ら変革を起こす姿勢には深く感銘を受けた。古き良きアナログの強みと最新のデジタル技術を融合させ、食文化を通じた感動を世界へと広げるべく、挑戦を続ける同社の未来が楽しみだ。

秦健二/1959年、京都府生まれ。立命館大学卒業後、神戸市中央卸売市場で働き始めるが、先代の急逝により1983年に株式会社京都やま六の代表取締役社長に就任。2025年、代表取締役会長に就任。西京漬けの製造、販売にとどまらず、国内外にさまざまな飲食店を展開している。