※本ページ内の情報は2024年6月時点のものです。

1927年に京都で魚の塩干物卸売業者として創業した株式会社京都やま六。現在は西京漬の製造、販売だけでなく、国内と香港に飲食店を展開し、食文化を通じて年齢や国籍を問わず多くの人に感動を与えている。

同社の代表取締役社長、秦健二氏に、社長就任時のエピソードやさまざまなブランドが生まれたきっかけ、長く会社を続けるための考え方についてうかがった。

経営について右も左も分からないまま3代目社長へ

ーー3代目として家業を継ぐにあたって苦労したことや、印象的なエピソードを教えてください。

秦健二:
大学卒業後、神戸市中央卸売市場で1年ほど働いていましたが、先代である父が急逝し何の引き継ぎもないまま社長に就任することになりました。「会社を潰してはいけない」と思いながら必死で経営する中で、心の支えになったのは叔父の存在でした。叔父は、父の急逝後すぐに当時勤めていた税理士事務所を辞め、弊社に入社して数字の管理を担当してくれました。そのおかげで、私は営業や製造の仕事に専念することができたのです。

ーーなぜ、塩干物卸売業者から西京漬メーカーに事業転換したのでしょうか?

秦健二:
弊社は創業当初から中央卸売市場で魚屋に塩干物を卸していました。しかし、時代の流れとともに魚屋が減っていき、量販店が増えました。メーカーからの直接購入や、産地直送での取引が主流になり、卸売業だけで事業を継続することが難しくなったのです。

そこで、BtoB領域の西京漬メーカーとして「京都やま六」を設立し、スーパーや百貨店への販売を始めることにしました。

ーー「京都やま六」が売上を伸ばす中、「京都一の傳」を立ち上げBtoC領域に進出したのはなぜですか?

秦健二:
バブル崩壊以降、原材料の輸入価格が高騰する一方で、国内ではデフレの影響により販売価格を下げなければモノが売れないという状況に追い込まれてしまったのです。そのような状況の中で、弊社の価格に納得してもらうために「原材料を選ぶ過程や私たちの思いを直接お客様に伝えよう」と思い、「京都一の傳」を立ち上げ、西京漬の通信販売を始めました。

設立と同時期にサービスが開始された楽天市場では、私がEC責任者を務め、モールのイベントに合わせたキャンペーンや限定的な商品を売り出すなど、様々な販促施策を行い、初年度で2億5000万円の売上を達成しました。

さらに、旗艦店として設けた「京都一の傳 本店」では、西京漬の販売だけでなく、レストラン事業も始めました。さまざまなタッチポイントでお客さまと直接関わりを持つことで、経営理念でも掲げている“食文化を通じた感動”を届けていきたいですね。

伝統を守りながら幅広いニーズに応えるために挑戦を続ける

ーー「京都一の傳」以外にも、様々な飲食ブランドを展開されていますが、その経緯をお聞かせください。

秦健二:
現在、「京都一の傳」のお客様は50代から70代の方が中心です。弊社が創業時より自信をもって作り続けている西京漬をもっと幅広い年代の方へ広めていくため、若年層に向けたブランドとしてカフェ形態の「Haccomachi」を立ち上げました。そこでは西京漬をはじめとした、発酵食品を使ったメニューを提供しています。「Haccomachi」は、このブランドのターゲットである20代から40代のメンバーで立ち上げました。

また、社内にある塩干仲卸の経験を活かしていけないかということで、京都を想起させる出汁とお茶漬けをかけ合わせ、具材を海鮮や塩干物で華やかに仕上げた京だし茶漬けの専門店「京都おぶや」をJR京都駅改札近くに立ち上げました。約15分で京都らしさを感じられることや、今までのお茶漬けにない華やかな見た目が話題になり、SNSで注目され、順調に売上を伸ばしています。

今後は「京都おぶや」をそのまま展開するだけでなく、他のブランドとのコラボレーションも考えていきたいですね。さらに、BtoBを展開する「京都やま六」でも、2023年に最終顧客に向けた飲食店をオープンしました。スーパーや百貨店に並ぶ西京漬の味を先に食べることで知っていただき、店頭での購入につなげていきたいと考えています。

ーー香港ではどのような事業を展開していますか?

秦健二:
香港は外食文化が発達しているため、それに合わせ、「京都一の傳」をはじめ、焼肉店やムール貝のバーなどの飲食店を展開しています。

変化を恐れず創造を止めないことで長く愛される企業へ

ーーまもなく創業100周年を迎える貴社の舵をとるうえで、どのようなことを大切にしていますか?

秦健二:
社長に就任した当初から「ベストセラーよりロングセラー」という言葉を大切にして、ロングセラーの商品をつくるために「お客様に何度も買っていただくにはどうすべきか」ということを常に考えています。

弊社は、創業時より塩干物や西京漬の製造・販売をしてきましたが、先代・先々代より受け継いだ自社の強みを活かし、“お客様に感動を提供し続けること”で、急激な売上増を狙うのではなく、何十年も愛される商品やサービスを提供していきたいと思っています。

また、会社を長く続けるためには、若い人の意見を取り入れて変化させていくことも大切ですよね。弊社は現在、若手の従業員が働きやすい会社にするために、年功序列の給与体系から年齢や勤務期間にとらわれない能力に合わせた給与体系に変更するなど、組織体制を見直しているところです。

ーー「ベストセラーよりロングセラー」の実現のために工夫していることはありますか?

秦健二:
7年前に創業90周年を迎えた際、創業100周年に向けて会社のあるべき姿を社内で話し合い、コンセプトブックをつくりました。新入社員への研修ではコンセプトブックの内容を私から説明しています。「自分がどのように貢献していくのか」を理解してもらうことで、一人ひとりが主体的に仕事をする環境をつくりたいですね。

ーー若手人材へ向けてメッセージをお願いします。

秦健二:
良い仕事をするために必要なことは、やらされている感覚ではなく主体性を持って楽しむことです。そのためには、明確な目標を持つことが大切だと考えています。

弊社では、今後も20代や30代向けのブランドの拡大を予定しており、新規獲得のための営業施策を若手社員に任せたり、部署や役職の垣根を超えたブレストを行ったりと、若手社員の意見を広く取り入れる機会を積極的に設けています。私たちと一緒に楽しみながら仕事ができる人材を求めています。

編集後記

景気の流れによって老舗企業が次々と倒産していく中で、「キャリアや経験を重要視するのではなく、新しい意見を取り入れて変わっていくことが必要だ」と語る秦社長。常に変化する時代のニーズを捉え、困難な局面でも新たな挑戦によって道を切り拓く秦社長からは、従来の方法にとらわれず柔軟な発想を持つことの大切さを学ぶことができた。

ロングセラー商品を作り続けながら、自社の強みを活かし、さらに幅広いターゲット層へ向けてブランドを展開するなど、食文化を通じた感動を世界へ広げるべく挑戦を続ける株式会社京都やま六は今後もさらなる進化を遂げていくだろう。

秦健二/1959年京都府生まれ。立命館大学卒業後、神戸市中央卸売市場で働き始めるが、先代の急逝により1983年に株式会社京都やま六の代表取締役社長に就任。西京漬の製造、販売にとどまらず、国内外にさまざまな飲食店を展開している。