※本ページ内の情報は2024年6月時点のものです。

高齢化に伴い医療費の増大が深刻な社会課題となっている。日本の将来のためにより一層健康に気を配る必要性が高まる中、人々の健康を支え、暮らしを豊かにする商品やサービスを開発しているのが株式会社タニタだ。現在社長を務めるのは創業家で3代目となる谷田千里氏で、今年で社長就任から15年目となる。これまでに実施した社内改革やものづくりへの思いを聞いた。

ビジネスに大転換をもたらした経営戦略

ーー就任後、商品だけでなくサービスへと事業領域を広げています。社長就任時からサービスを強化する予定だったのでしょうか。

谷田千里:
現在は「タニタ」と言えば「タニタ食堂」や監修したコラボ食品をイメージしていただくことも多いですが、私が社長に就任した時はタニタといえば体重計・体脂肪計の会社で、今よりも知名度は低い状態でした。

さらに、当時はこの体脂肪計の特許が切れて競合が参入してきたことによりシェアが低下して売り上げも低迷。そんな状況にもかかわらず、体脂肪計のヒットの成功体験から社員の危機感は低い状態でした。こうした危機感の低さや仕事のやり方などを改革していく必要性を感じていました。

特に問題だっていたのは、通信タイプの体組成計や歩数計、血圧計のデータを赤外線とUSBでパソコンを経由してインターネット上で管理する個人向けのサービスでした。機器の使い勝手の悪さから会員数が伸びず、赤字に陥っており、社内からは「いつ事業を終了するのか」といった声が私に寄せられていました。

「私が開発したサービスではないのに……」という思いもありましたが、「今は売れていなくても、今後成長する可能性がある事業だ」と考え、この通信タイプの歩数計を社員全員に配り、実際に使ってみて改良することにしました。

実際に使ってみると、社員の歩数が伸び、体重も減少傾向にあることが分かりました。そこで所属する健康保険組合から医療費のデータを取り寄せてみると、機器の使用前後で社員全体の医療費が9%減少していることが分かりました。しかも、健保全体では医療費は増加傾向にあったので、組合との比較では医療費を18%も削減できていたのです。

からだの状態の変化を「見える化」することで、社員が自らの健康課題に気づき、行動変容が促進された結果だったので、社員の健康を経営的な視点で考える「健康経営」のための仕組みになると確信しました。医療費の適正化を最大のポイントとして、これまで個人向けに展開していたものを、「タニタ健康プログラム」としてB to Bのビジネスモデルへと転換し、自治体や企業への提供を始めました。

ちょうどレシピ本「体脂肪計タニタの社員食堂」(大和書房刊)の発売や社員食堂のメニューを忠実に再現したレストラン「タニタ食堂」のオープンでタニタが有名になった頃で、厚生労働省から社員食堂への取材がありました。その際、社員食堂について説明するとともに、社内で実施した健康プログラムの話をしました。その結果、健康プログラムの成果は『厚生労働白書』に掲載されて、これをきっかけに事業は黒字化していきました。

今では加入する企業には公開することになっていますが、当時は健保組合の医療費データを入手するためにかなり苦労をしました。また、「使いにくい」と不満が多かった機器は、実際に使う中でFelicaチップを搭載した活動量計を中心にした仕組みに改良し、ストレスなく使えるようにしました。

私自身が健保組合に医療費データを提供してもらえるように交渉したり、機器を使ってアイデアを出したりして、率先垂範で現状を変えていく姿勢を見せていきました。

ターゲットを広げるマーケティングとささやかな心遣いで他社と差別化

ーーものづくりで意識していることはありますか。

谷田千里:
この数年、アニメやゲームなどのコンテンツとコラボレーションした商品を多く発売しています。健康関連の商品は、健康が気になるようになってから購入されることが多いのですが、健康を損ねる前に使っていただければ、病気を防ぐきっかけとなります。

そこで、アニメやゲームとコラボした歩数計や体組成計を発売することで、まずは好きなキャラクターのグッズとして使ってみてもらって、その中で歩数や体脂肪率を見ることで健康を気にするきっかけにしてもらえるようにしました。

タニタでは視覚に障害がある方に向けて音声機能付きの体組成計を発売しているのですが、これを転用してキャラクターやアイドルの声で、計測結果を読んだり、褒めてくれたりする商品にしました。とても好評です。

こうした健康無関心層へのアプローチに注力する一方、メーカーですので、基盤となる技術開発も重視しています。昨年は世界最薄となる厚さ8mmのポケッタブルスケール「GRAMIL」を発売しました。経験豊富な技術者が若手を指導して、重さをはかるセンサーから開発したプロジェクトです。

この商品に関しては、たとえ大きな売り上げにならなくても、開発した技術はほかの商品に応用できると思っていました。できるだけ小さく、薄くすることに挑戦し、電源も乾電池ではなく充電式の二次電池に変更しています。細部までこだわったところ、商品としてとても満足度の高いものに仕上がりました。

ーーものづくりへのこだわりについて聞かせてください。

谷田千里:
目に見て分かりやすい機能だけでなく、使いやすさにもこだわっています。デジタルクッキングスケールの新商品では、計量皿にかぶせて使うシリコーンカバーを同梱しています。洗って清潔に使えるだけではなく、裏返えすと両サイドにくぼみがあり、転がりやすいパスタなどの計量に使えるようにしています。

このくぼみの形状にもこだわりました。これらの商品は、実際に料理をする方の目線を意識しています。社内のメンバーで話し合って、ささやかな心遣いや使いやすさを盛り込むことで他社と差別化しています。

デジタルクッキングスケール KJ-222

限界の少し上に挑戦するから成長できる

ーー貴社で行われている新たな働き方の仕組み「日本活性化プロジェクト」について教えてください。

谷田千里:
「日本活性化プロジェクト」は希望する社員がタニタを退職して、業務委託契約を結んだ上で個人事業主として働いてもらう仕組みです。主体性を発揮できるようにするとともに、会社に貢献する人の「報われ感」を最大化して、やる気を引き出すことを目的としています。

この仕組みに着手したのは2016年で、ちょうど残業規制などをはじめとした「働き方改革」が注目され始めた時期でした。精神疾患になるような過重労働はもちろんよくないのですが、仕事ができるようになるには時間をかけて経験を積む必要があります。

たとえば筋トレをするとき、自分が最大限持てる重さよりも少しだけ重いバーベルを持って負荷をかけないと、筋肉は大きくなりませんよね。仕事や精神も一緒で、成長するためには自分の限界より少し上に挑戦することが大切だと思います。

個人事業主であれば、自分の働き方を自分で決められます。ここ一番という踏ん張りどころでがんばって、力をつけることも、成果を出すこともできます。さらに、その成果に見合った報酬も得られます。

ーー求める人材について教えてください。

谷田千里:
成長意欲がある人ですね。そして自立して動ける人です。

さまざまな仕事がAIに置き換わっていく中、単純作業しかできない人が今後生き残るのは難しくなるでしょう。そういった意味では、効率化が大切である一方で、コツコツと努力を重ねて働き、自身の強みとなる能力を磨いていくことも今後は求められるようになると思います。

編集後記

同社の組織づくりについて谷田社長は「大切なのは率先垂範。知識をバージョンアップするために、人に指示するだけではなく、プレイングマネージャーとなって自ら動くことも大切」と語った。

体組成計やクッキングスケール、歩数計など、高い技術力で多くの商品を開発してきたタニタ。これらの商品はどれも消費者目線に立って開発されたものであり、使いやすさだけでなく、人々の健康を気遣う思いやりが感じられた。

谷田千里/1972年生まれ。株式会社船井総合研究所などを経て2001年株式会社タニタに入社。2005年にタニタアメリカ取締役に就任。2008年から代表取締役社長(現職)。レシピ本で話題となった社員食堂のメニューを提供する「タニタ食堂」事業や、企業や自治体の健康づくりを支援する「タニタ健康プログラム」などを展開し、タニタを「健康をはかる」だけでなく「健康をつくる」健康総合企業へと変貌させた。著書に『タニタの働き方革命』(日本経済新聞出版社)がある。