※本ページ内の情報は2024年6月時点のものです。

株式会社東京興業貿易商会は創業100周年を迎えた歴史ある企業だ。建築素材の輸入から始まり、商社でありながら日本で初めて国会議事堂の防水工事を手がけた。今では広く普及している珪藻土(けいそうど)の輸入を他社に先駆けて行ったのも同社である。

家業を受け継ぎ、組織改革に勤しむこと20年。さらに創業100周年を機に新たな改革に踏み切った代表取締役社長の武藤尚近氏に、これまでの歩みと未来についてうかがった。

営業の能力に魅了されて異業種・未経験から経営改革に挑む

ーーご経歴をお聞かせください。

武藤尚近:
もともと住宅設計にとても興味を持っていたので、現在の東京都市大学の前身である武蔵工業大学で建築を学びました。父も私の進路に理解を示し、「自分の道は自分で決めなさい」と言ってくれました。

卒業後は三井ホーム株式会社に入社して設計部門に配属されました。好きな仕事であり、役職への昇進も視野に入れ、そこに骨を埋めるつもりでいました。ところが入社8年目を過ぎた頃に、父から家業の後継者として「とにかく入社して実状を見てほしい」との話があったのです。突然のことに私は悩み、父には「1年待ってほしい」と伝えました。

株式会社東京興業貿易商会に入社して、前職とは異なる環境に驚きました。まず商社の特長である個人のノウハウと行動力について特に優れていることに感銘を受けました。しかし、その反面、組織力には不安要素が多くありました。

大手ハウスメーカーとは根本的に何もかもが違うので、最初の3年間は黙って様子を見ることに徹しました。その結果、「私の違和感は業種の差から生じるものではなく、改善すべき課題が存在するためである」との結論に至ったのです。そこから経営改革に着手して、今に至ります。

ーー商社という業界自体も、経営も未経験という厳しい状況で、改革を推し進める原動力は何ですか。

武藤尚近:
社員を大事にしたいという想いですね。

「受け継いだからには会社を成長させたい」という気持ちはありました。そして、その動機の元をたどると、それが社員に行き着きました。仕事にやりがいを感じてもらうために、唯一心を砕いていると言っても過言ではありません。

会社の経営状態に苦心することもありますが、そのこと以上に最大の関心事は「どれだけ社員に利益を還元できるか」ということです。その結果として、最後に会社や私に「恩恵」が回ってくるのでしょう。

「日本初」と「個人のスキル」が強み

ーー東京興業について詳しく教えてください。

武藤尚近:
弊社は商材として輸入した建築材料を用いて施工も手掛けていたことがあります。そして、日本で初めてアスファルト防水を導入し、国会議事堂に防水を施したのも弊社です。小規模ながら、このような日本初の試みは、先代の偉業ですね。

また、戦後すぐの頃、米国のジョンズマンビルと結んだ代理店契約を機に、珪藻土などの輸入を他社に先駆けて始めました。それは、高度経済成長期に弊社の成長を急速に促したと聞いています。

ーー長年にわたる存続につながる強みは何ですか。

武藤尚近:
やはり顧客の要望をお聞きし、それに対して具体的な提案ができる個人のスキルが重要ですね。大手を含め、同じような商材を扱う商社が多くある中で、営業の能力が威力を発揮します。

汎用品では賄えない需要にカスタマイズで対応するなど、他社では対応が難しい案件を扱うことで、替えがきかない存在となるのです。

また、万能性を持つことが圧倒的に有益で重要なことですね。お客様のニーズは常に私たちの予測を上回りますが、それに応えられることが弊社の強みです。

創業100周年は未来に向けた出発点

ーー創業100周年を迎えて、今のお気持ちはいかがですか。

武藤尚近:
会社の長い歴史から見れば私が在籍しているのはほんの20年間であり、たまたま節目の100年目に居合わせたのだと思っています。

もちろん、これまでの歴史を後世に伝えることは大切です。その上で、高度経済成長期と現在では情勢が大きく異なり、先代たちの信念をそのまま継承することは不可能に等しいでしょう。時代に適応して、今を共にする社員が、今後も長く働ける会社であり続けることが大事です。

過去をリスペクトしつつ、次の世代の未来のために方向性を見直すべき転換期がまさに今なのだと感じています。

さらなる高みを目指して、強みである「専門性」の殻を脱ぎ捨てる

ーー今後、取り組む予定のテーマはありますか。

武藤尚近:
今年に入って、営業の体制を大幅に変更しました。具体的には、商材ではなくマーケットに焦点を当てて、産業ごとに担当部門を割り振る組織体制に移行しました。

新しい方針としては、自分の担当する企業のニーズがあれば、専門に縛られず、弊社の扱える商材である限り、どのような商材でも積極的に販売することにしています。この新体制は、会社と社員に大きな成長をもたらす、最初の一歩となるでしょう。

もう1つ、社員の働く場を増やす方策の一環として、アジアに拠点を増やしたいと考えています。今、東南アジアは工業製品の品質が確実に向上していく成長期にあるので、今後の成熟のタイミングに立ち会いたいという気持ちもありますね。

すでに中国の北京に1つ拠点があり、そのメリットを生かして、日本と中国と東南アジアの三国間貿易を自社で完結できる仕組みの実現を目指しています。

ーー貴社にマッチすると思うのはどのような人ですか。

武藤尚近:
「あれもこれもしたい」と何にでも興味を注げる人ですね。浅くても広い知識を持つことがより重要だと考えています。そして、行動力も欠かせません。「必要があれば入手する」「要望があれば駆けつける」と貪欲に、足を使うことを厭わない人材が長続きするでしょう。

弊社では、そのような人材が育ち、長く勤続してもらえるように、在宅勤務を導入するなど、働きやすい環境づくりにも尽力しています。

編集後記

「偶然は必然」と言われることがある。武藤尚近社長が乗り越えてきた困難は計り知れないが、異業種からの社長就任、そして常に社員を思う心が、武藤社長の強みであると感じた。先代の社長が家業を継いでほしいと願ったのも、その資質を信じたからだろう。

人が人を思う気持ちは人を動かす。社員がお客様を、そして社長が社員を思う気持ちが、東京興業貿易商会が望む未来へと同社を導いてくれることを願っている。

武藤尚近/1970年、東京都生まれ。武蔵工業大学卒、三井ホーム株式会社へ入社。約10年間、設計業務に携わり、2002年に株式会社東京興業貿易商会へ入社。2009年、代表取締役社長に就任。