1951年の創業以来、主に自動車産業をはじめとする工業用・産業資材用のフエルトを製造販売してきた愛知フエルト株式会社。
製造工場では深刻な人手不足が問題となっており、外国人労働者の雇用も進んでいる中、同社では日本人若年層の人手が潤沢だという。人が集まる理由は何なのか。代表取締役の河原康人氏に同社の魅力についてインタビューをおこなった。
人が人を呼び、素晴らしい人材が集まる。社員との距離が近い活気づいた社内
ーー4代目社長に就任した当時のことを教えてください。
河原康人:
実家の目の前に工場があったため幼い頃から製造工程を目にしてきました。愛知フエルトに入社後は製造から加工までひと通りの業務を経験したため、比較的スムーズに社長職を引き継ぐことができました。特に社長就任直後は、ベテランの社員がほとんどでしたが、ある程度のものづくりの理解があったからこそ信頼してもらえたのだと思います。
ーー現在は若年層の社員も多いとお聞きしました。
河原康人:
同業者を含め、工場勤務というのは若年層の人材がなかなか確保しづらい問題があります。しかし、弊社ではベテランの方にフォローしてもらいつつも、比較的フレッシュな人材が中心になって活躍しているため、社内は非常に活気づいています。
僕も現在41歳で、比較的早い段階で社長就任したこともあって社員との距離も近いですし、ベテラン社員のおかげで若手の人材も頼もしく育っているため、採用の面では魅力的に映っていたのかもしれません。
代々引き継がれる社長の思いーー顧客と長く付き合う秘訣とは
ーー実際の業務について、愛知フエルトならではの強みや優位性は何ですか?
河原康人:
弊社の製品は、主に自動車用の内装材として使われる「フエルト」です。もともとは洋服や、洋服を裁縫する際の生地のはぎれからできているのですが、その原料を年間約4000トン仕入れており、業界の中でもトップクラスの量を誇っています。豊富な原料で安定的に供給ができることがまず大きな強みになっていると思います。
さらに、製造だけでなく販売も自社でおこなっており、商社を介さないので打ち合わせ時に技術的な内容を説明することもでき、スピード感や価格での優位性からお客様に選ばれているのではないでしょうか。
製造の技術や設備保全の知識、販売までトータルの流れを全てわかっている存在は同業他社でも希少なため、「愛知フエルトさんに頼めば、入り口から出口まで全部やってくれるので頼りになる」とお褒めの言葉をいただくことが多いです。購入を決めてくださったお客様には、メンテナンスなどで実際に僕が出向き、直接顔を合わせるように意識しています。
ーー実際にお客様と関わる中で、意識していることはありますか?
河原康人:
創業時から代々言われていることですが、「一度付き合い始めた会社とは長く商売をする」ということを心がけています。
自動車内装の業界では、ある程度限られたお客様の中でシェアを取り合っている状況ですので、既存のお客様を大切にし、パイプを太くしていくことが重要です。良いときも悪いときも含めて「付き合いを辞めない」ことを意識してきた結果、50年、60年と贔屓(ひいき)にしていただいている会社もあります。
ーー顧客と長く付き合う中で、「良かったな」と思えるエピソードがあれば教えてください。
河原康人:
お客様が本当に困ったときに頼りにしてもらえることこそ信頼の証だと思っているので、納品後のトラブルなどのイレギュラーは基本的に断らないようにしています。
以前、800キロほど離れた遠方のお客様で夜8時にトラブルが起きてしまい、「今から来てほしい」と言われたことがありました。遅い時間でしたので新幹線の終電も過ぎていましたが、「お客様が困っている今そのときに僕ができる最大限のことをしたい」と思い、自ら車で何時間もかけて向かったのです。
大変な思いをしつつも、「愛知フエルトさんと付き合っていて良かった」と思ってもらえることは、僕にとってお金には変えられないほどの価値があるとつくづく実感したできごとでした。
社員が長く健やかに働ける環境づくり
ーー社員のために取り組んでいることを教えて下さい。
河原康人:
福利厚生で確定拠出年金の補助金を出したり、物価高騰に伴う特別支援金として10万円を支給するなど、社員のために会社としてできることは率先して取り組むようにしてきました。2022年には経済産業省が制度設計をしている「健康経営優良法人」を取得し、社員が心身ともに健やかに働けるように、健康管理にも引き続き留意していく所存です。
弊社独自のもので特に喜ばれているのが、毎年クリスマスケーキを社員全員分用意していることですね。お子さんなど家族が多い方には大きめのホールケーキにするなど、家族構成に合わせて楽しんでもらえるようにしています。その他、メンバー同士のつながりを深めるために定期的に行事をおこなうなど、業務以外の部分でも充実を図ってきたことが、人材不足解消にもつながっているのではないでしょうか。
ーー今後はどのような事業に注力していきますか?
河原康人:
弊社の製品は防音を目的として使用することが基本です。その「音」というテーマを活かし、まだできることが残っているのではないかと考え、コロナ禍で新たに始めたのが防音室用の資材です。
コロナ禍になりリモートワークが増え、ユーチューバ―などが夜中に配信をすることも多くなってきたことから、自宅を防音設備にしたいという需要が出てきました。そこで弊社では、賃貸などでも自分でDIYできる防音資材を製造し、専門メーカーとタッグを組み大手家電量販店や生活雑貨専門店などに納入しています。
引き続き自動車部品のお客様と大切にお付き合いさせていただきつつ、防音分野での新たな取り組みで新規顧客の開拓にも励んでいきたいと考えています。
編集後記
「お金よりも思い」を大切にしている河原社長。話の端々から、自らの損得を考えずに単純に人のためを思って行動できる温かい人柄が感じられた。
仕事やプライベートの付き合いはもちろん、自ら勉強会やセミナーに赴くなどして、積極的に年配者の話を聞いて日々勉強し、自らの考えに昇華する中で身についた考え方であるようだ。社内に人材が豊富に集まっているのも、勤勉で柔和な社長が会社を支えているからこそだろう。同社の末永い繁栄に期待したい。
河原康人/1982年、愛知県生まれ。2003年に曾祖父から続く愛知フエルト株式会社に入社。配送から製造まで社業を一通り修業し、のちに取締役、専務取締役を経て、2018年に4代目代表取締役に就任。大手の設備メーカーの存在しないニッチな業界において、製造ライン3ラインの計画から据え付け、条件出しまでを行った経験から、メンテナンスや設備関連業務も新規事業として立ち上げた。古衣料や工業繊維端材のリサイクル活動にも注力している。2023年度、経済社会構造の変化に対応して事業変革や新規事業に挑戦し、地域経済や日本経済の成長への貢献が期待できる中小企業として中小企業庁より「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選定される。(写真)